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北原中学校吹奏楽部  作者: 星野 美織
2度目のコンクールに向けて
314/423

セクションとソロ

「「合格しましたー!」」

教室に飛び出してきたのはトランペット1年生の3人組だった。

「えええ、3人とも合格?」

「よかったねぇー!」

そう、コンクールメンバーは1年生はオーディションで決まったのだ。

「すごーい! ね、カナ」

「……そう、だよね。おめでと!」

「よっしゃー! 全員で出れるぞ!」

と、早苗が乃愛の頭をわしゃわしゃと撫でる。

乃愛は尻尾を振る犬のようだが、はたして内心早苗はどう思っているのか。

「パートは聞いてきたの?」

パートリーダーが話す。

3人の手には新しい楽譜があった。

「はい。先輩方のセクションも先生がおっしゃっていました」

「え! 茜っち、あたし聞いてないよ!」

「個人でお話したから」

と、茜は苦笑いした。

上級生は立ち上がり、8人は円になった。

そして、茜がシャーペンと紙を手に取り、椅子に座る。

「えーと、課題曲ですが、小林先生は1stを濱田先輩、1アシを凛奈先輩。2ndを高野先輩と間宮先輩、そして3rdを私と魚野川先輩で、夢花と乃愛はここでお休みするとおっしゃってました。自由曲は、……1stを、凛奈先輩、1アシを私に2ndを魚野川先輩3rdを高野先輩と濱田先輩。コルネット1stを間宮先輩、2ndを夢花、3rdを乃愛です」

サラサラと動いていた白い手がトンと音を立てて止まる。

皆がうーんと微妙な顔をする。凛奈は2曲続けて1stだ、持つかどうかすら不安なところだ。

もちろん課題曲も大切だが、メインと言っても良い自由曲の1stに、3年生はいなかった。

1アシとは、1stアシスタントの略で、1stの助けをする1st予備軍と呼ばれる。

「ソロは?」

早苗がごくりと息を飲んだ。

「それは───」

すこしためらいながら、

「残念ながら、聞いていません。でもおそらく今の状況ですと、間宮先輩がコルネットソロであることは確定と言ってもいいのではないでしょうか」

と笑った。今年のコンクールのソロは海の王者でのトランペットソロが2回と、コルネットとクラリネットのソロの掛け合いがある。それはおそらくコルネット1stの聖菜だろう。

「私、小林先生に聞いてこようかな」

「いえ、まだ決まっていらっしゃらないかもしれないです」

杏の言葉に珍しく慌てた様子の茜。

「そっかぁー」

凛奈は不審に思い、呼び出した。

廊下に出た2人を見て、他の6人たちは練習し始めた。

「茜、本当に聞いてないの」

動揺する茜を見るのは初めてだ。そして、後輩に対してこんな態度をする自分も初めてだ。茜のいつもの余裕の笑みはどこへ行ったのか。

「聞いてないです」

と顔を晒す。茜の顔でもう誰がソロなのかがわかってしまった。

「茜、私は誰がソロかどうかが知りたいんじゃないの。茜が知っているのかどうか、ただそれだけ」

「嘘です、ほんとは両方あなたです、凛奈先輩。黙っていた上に騙してしまい、本当に申し訳ありません」

あっけなく白状し、肩を落とした。

「いや、そこまでかしこまらなくていい。もっと喋ってもいいんだよ」

「……」

「どうして黙ってたの?」

「嫌なんです、小林先生ではなく私の口から告げられることで、パートがバラバラになるのが」

そんなことはない、そう言いたいが口が開かない。

「でも、バラバラになるなんて、なんでそう思う? 私はそんな事でパートが崩れないって信じてるから、大丈夫。茜も信じて」

茜が口を開くと同時に、どこかからパチパチと拍手が聞こえた。

「───成長したじゃん、凛奈」

「桜先輩!」

そうだ、茜の姉、前パートリーダーの星野桜だ。

皇城高校の、紺のチェックのスカートがひるがえる。

茜はうっと身を引く。

桜は茜の前に来ると、ばんっと手のひらを頭に押し付けた。

この姉妹は本当に似ている。合わせ鏡のようだ。

「痛っ。なにすんの」

茜は怖気付いたように一歩、二歩下がる。

「可愛い可愛い妹が頑張ってるかなーって」

「可愛くない」

茜は顔を赤くしながら、初めて見る表情を見せた。

「なーにいい子ぶっちやってんの。この子ね、こんな礼儀正しくないよ。小学校の頃と別人だわ」

「ちょ、ちょっと!」

「こーんなかたっ苦しい性格じゃないー」

とケラケラと笑った。彼女の肩からずり落ちたピンクの楽器ケースは、茜の真っ赤なケースと同じ形だ。

「───で、ソロはあんたがするの? 1年3人は全員受かったみたいね」

散々茜を振り回したあと、話題はコンクールへと変わっていた。

「まぁ、たぶんそうです。だよね?」

「はい」

茜は気付けば元に戻っていた。

「そっか、あの子達ねー……」

遠い目の先は、トランペットパートの教室を見ていた。

「まぁ、頑張って」

「一応、ありがとうございます。先輩、パートのみんなに会いに行きますよね? 教室行きませんか?」

「そーしょっかなぁー」

ぶんぶんと茜が首を振る。

「こなくていい。帰りましょ、凛奈先輩!」

と、凛奈の腕をがっしり掴んで引っ張った。

こんなに親しい茜もまた初めてだ。

「あ、」

漏れたその一言に、茜はパッと手を離した。

「すっ、すみません!」

茜の顔が今にも沸騰しそうだ。

「凛奈先輩に気に入られたいんだよね〜、茜?」

「ち、ちがうもん!」

「え、ちがうの……?」

凛奈もからかう。

「い、いえ! 私は、その……」

「私のこと、嫌い?」

にやっと口角を上げる。

「そんなことありません」

「本当に?」

「本当です!」

「うーん、信じられないなぁ。直接好きって言ってくれないと」

余計に茜をじたばたさせる。

桜と凛奈はふふんと笑う。

「もう、本当ですってば! 好きですよ!」

「愛情がこもってないなぁ〜」

「好きです! 大大大大っ好きです!」

やっと、中学1年生のような仕草を見れた。

茜はなにか溶けてしまったように顔を手で覆い隠してしゃがみこむ。

もしかしたら茜は、緊張していたのだろうか。新しい環境、新しい友達。自分が特別な場所から来たということで周りからどう思われるかわからない。だから礼儀正しく、先輩を苗字で呼んでいたのだろうか。

「茜、私も大好きだからね」

「……はい」

今度は素直にコクリと頷いた。

「じゃあ、3人で行こうか」

「はい!」

「えぇー……」

桜が来てくれて嬉しい。

そんな思いとは違い、茜の言葉が気になる。

『パートがバラバラになる』

大丈夫であると信じている。そう宣言したが、実際は不安だった。

自分でいいのだろうか。 3年生にとっては最後のコンクール。

凛奈には重すぎる問題だった。


1年生合格者

・日永 優衣(Fl.2nd)

・高田 彩未(Cl.3rd)

・三枝 未羽(Cl.3rd)

・小峰 璃星(A.sax1st)

・穂村 朱里(B.sax)

・星野 茜(Tp. 3rd&1st)

・舞田 夢花(Cr.2nd)

・海内 乃愛(Cr. 3rd)

・板山 杏里(Hr. 3rd)

・浦野 彩音(Tb.2nd)

・成宮 真緒(Euph.)

・石倉 修斗(Euph.)

・成宮 壮太(Tuba)

・保科 玲奈(Perc.)

・笠原 夏乃(Perc.)

・小笹 蓮(Perc.)

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