抱え込むこと
茉莉花が部活に来ない。こんなことは初めてだ。
「え、まだなんですか?」
茉莉花に用事のあった凛奈は、音楽室を訪れた。ちょうど、ユリカが早退の準備をしていた。
「うん。連絡入ってないみたいだし、どこでなにしてんだか」
「で、ユリカ先輩は帰るんですか?」
「塾があってね」
中間テストが終わっても、受験生は忙しい。
時には勉強を優先させなければいけない。
「じゃあね」
「さよなら」
急いで音楽室を後にしたユリカを見ると、来年は自分もああなのかとため息をついた。
*
一方奈津は、いつまでたっても来ない茉莉花を探していた。
まさか、教室で寝ているのではないか───そのまさかだ。
3年生の空き部屋で、自分の席に座って顔を埋めていた。
「茉莉花?」
「……ん」
腕枕の下敷きになっていたのはなにかのノートだ。
「茉莉花、起きな」
肩を揺さぶると、ばっと上半身を起き上がらせた。
「やばっ、寝てた?」
「うん。1時間爆睡」
時計を見ては、頭を抱えた。
「どうしよー。今日やらなきゃいけないこといっぱいあるのに」
と、パラパラとノートを見た。
たくさん書き込まれ、少しくしゃりと皺を寄せた紙。覗くと、いつもの綺麗な字で、ユーフォニアムの個人指導が書かれていた。
「これ、いつ書いたの」
「昨日の夜、てゆーか、今日かな」
日付が変わっても、これを書いていたのか。
パラリとページをめくる。
・
真緒ちゃん
マーチングやってたからか、高い音がたまに雑になる。ロングトーンとノータンギングが必要?
1年合奏ではBの16分音符がすごい走ってしまう。
コンクール曲は一通り吹けているけど、まだ音が硬いかな
・
パラパラとさらにページをめくり、1番最後のページに、
"関西金賞!!! 審査員にユーフォ良かったですって褒めてもらいたい。"
とピンクのペンでぐりぐりと描かれていた。
「あー、備品整理もしなきゃ。今回ミュート使うし」
ぶつぶつと言いながら、ロッカーの端に置いてあったユーフォニアムのケースをとる。
彼女の私物だ。パステルグリーンのケースは、ぶつけてしまったのかところどころ色が剥げていた。
「毎日持って帰ってるの?」
奈津の質問に頷く。
「うん。コンクールメンバーの話、最初に言ったの私だし、それに部長だもん。この吹奏楽部の顔だよ? 上手じゃなくちゃ」
「もう十分上手だよ」
「奈津もね」
「私ももっと上手くならなきゃ。柚子に笑われる」
フッと笑う。
柚子は、今年度に入部を決めた。明日、正式に入部する。
「あー、そうだ、明日か……。和音たちに伝えた? あと、1、2年生にも言わなくちゃ。3年生はわかってると思うから、あとは役職関係も考えなくちゃね」
やるべきことがさらに増えた。
急いで教室を出ようとする茉莉花を見て奈津は不安に襲われた。
「ちょ、ちょっと待って」
「ん?」
「それ全部、1人でするの? 最近無理しすぎじゃない?」
「……そんなことないよ。私は好きでやってるだけだから。ほら、鍵閉めるから早く出て」
「……」
黙って茉莉花の言う通り教室を出た。
最近彼女の目のクマが気になる。
「ほんと、無理しないでね」
「してないよ」
と、ウエーブのかかった自身の髪をさらりとはらった。
彼女の額にある傷は、春コンでの事故で出来たもの。 本人は疲労で意識を失い、階段から落ちたのだ。
またこんなことが起こっては……。と不安を感じていた。
「もっと副部長を頼りなさい」
「頼りにしてまーす」
と、肩を叩いた。




