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北原中学校吹奏楽部  作者: 星野 美織
2度目のコンクールに向けて
312/423

抱え込むこと

茉莉花が部活に来ない。こんなことは初めてだ。

「え、まだなんですか?」

茉莉花に用事のあった凛奈は、音楽室を訪れた。ちょうど、ユリカが早退の準備をしていた。

「うん。連絡入ってないみたいだし、どこでなにしてんだか」

「で、ユリカ先輩は帰るんですか?」

「塾があってね」

中間テストが終わっても、受験生は忙しい。

時には勉強を優先させなければいけない。

「じゃあね」

「さよなら」

急いで音楽室を後にしたユリカを見ると、来年は自分もああなのかとため息をついた。

一方奈津は、いつまでたっても来ない茉莉花を探していた。

まさか、教室で寝ているのではないか───そのまさかだ。

3年生の空き部屋で、自分の席に座って顔を埋めていた。

「茉莉花?」

「……ん」

腕枕の下敷きになっていたのはなにかのノートだ。

「茉莉花、起きな」

肩を揺さぶると、ばっと上半身を起き上がらせた。

「やばっ、寝てた?」

「うん。1時間爆睡」

時計を見ては、頭を抱えた。

「どうしよー。今日やらなきゃいけないこといっぱいあるのに」

と、パラパラとノートを見た。

たくさん書き込まれ、少しくしゃりと皺を寄せた紙。覗くと、いつもの綺麗な字で、ユーフォニアムの個人指導が書かれていた。

「これ、いつ書いたの」

「昨日の夜、てゆーか、今日かな」

日付が変わっても、これを書いていたのか。

パラリとページをめくる。

真緒ちゃん

マーチングやってたからか、高い音がたまに雑になる。ロングトーンとノータンギングが必要?

1年合奏ではBの16分音符がすごい走ってしまう。

コンクール曲は一通り吹けているけど、まだ音が硬いかな

パラパラとさらにページをめくり、1番最後のページに、

"関西金賞!!! 審査員にユーフォ良かったですって褒めてもらいたい。"

とピンクのペンでぐりぐりと描かれていた。

「あー、備品整理もしなきゃ。今回ミュート使うし」

ぶつぶつと言いながら、ロッカーの端に置いてあったユーフォニアムのケースをとる。

彼女の私物だ。パステルグリーンのケースは、ぶつけてしまったのかところどころ色が剥げていた。

「毎日持って帰ってるの?」

奈津の質問に頷く。

「うん。コンクールメンバーの話、最初に言ったの私だし、それに部長だもん。この吹奏楽部の顔だよ? 上手じゃなくちゃ」

「もう十分上手だよ」

「奈津もね」

「私ももっと上手くならなきゃ。柚子に笑われる」

フッと笑う。

柚子は、今年度に入部を決めた。明日、正式に入部する。

「あー、そうだ、明日か……。和音たちに伝えた? あと、1、2年生にも言わなくちゃ。3年生はわかってると思うから、あとは役職関係も考えなくちゃね」

やるべきことがさらに増えた。

急いで教室を出ようとする茉莉花を見て奈津は不安に襲われた。

「ちょ、ちょっと待って」

「ん?」

「それ全部、1人でするの? 最近無理しすぎじゃない?」

「……そんなことないよ。私は好きでやってるだけだから。ほら、鍵閉めるから早く出て」

「……」

黙って茉莉花の言う通り教室を出た。

最近彼女の目のクマが気になる。

「ほんと、無理しないでね」

「してないよ」

と、ウエーブのかかった自身の髪をさらりとはらった。

彼女の額にある傷は、春コンでの事故で出来たもの。 本人は疲労で意識を失い、階段から落ちたのだ。

またこんなことが起こっては……。と不安を感じていた。

「もっと副部長を頼りなさい」

「頼りにしてまーす」

と、肩を叩いた。

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