楽器体験会
「トランペットでーす!」
新学期が始まり、1年生たちの仮入部期間がスタートした。
現在は楽器体験会を開催中だ。
だめだ、追いつかない。どんどんトランペットの列が長くなる。ありがたいことだが。
「えーっと、名前、教えてくれる?」
「……三枝、未羽です」
体験に来てくれた1年生の名前と、どの音まで出たかをノートに記入する。体験会は計3回。その中でトランペットを希望に入れてくれる人を多くしたい。そしてなにより、パート決めの時にパートリーダーが誰がいいかを聞かれた時に答えやすい。
「次の人で最後かな。どうぞー!」
杏が呼ぶと、一瞬、トランペットパート5人は固まってしまった。
「……桜先輩」
杏が思わずポロリと言葉を零した。
そう、その少女は前パートリーダー、星野桜にそっくりだった。
「はい?」
「……あ、ごめん、私ったら。どうぞ座って」
「あの」
「あ、ごめんね。小指はここにかけるんだよ」
凛奈は担当していた1年生に呼ばれてまた元どおり楽器体験を進めた。
「名前、聞いてもいいかな」
「星野 茜です」
凛としたその声にまた耳を寄せた。
名前までそっくりだ。もしかしたら……。
また次も反応してしまったら1年生に集中のない先輩だと思われる、そう思って自分のすべき事に手を進めた。
「うん、いい感じだよ。どうする? 他の楽器試した?」
「あのおっきい楽器まだです」
指差したのはコントラバスだった。
凛奈は美奈のところへ連れて行き、トランペットに戻り、確認したら嵐はひとまず過ぎ去ったようだ。
「はぁー」
体験用の椅子に座る。
茜はまだトランペットを吹いていた。
パーンッ!
張られた音に、周りはシンとした。
「茜ちゃん経験者?」
「はい。東野です。あの……」
少し言いにくそうに、茜は言った。
「私、その……星野桜の妹です」
やはりそうだったか。
凛奈は1人で納得した。
「「あ!」」
3年生2人が顔を見合わせる。
「やっぱそうかー、1回会ったことあるよね、覚えてる!?」
「……濱田先輩と、魚野川先輩?ですか?」
「そう!」
早苗の苗字は珍しいから覚えやすい。
「あと……」
チラリとこちらに目を向ける。
「香坂先輩ですよね」
「えっ、あぁ、うん」
急に呼ばれたから声が裏返ってしまった。
「姉から話聞いてます。私トランペットに入りたいって思ってます。もしトランペットになったら、よろしくお願いします」
「ぶふっ」
「ちょ、加奈子?」
「ごめん、なんか桜先輩に敬語で喋られてるみたいで」
「それ」
聖菜も思わず吹き出してしまった。
「すみません、まだ体験やってますか?」
誰かが袖を引っ張った。
「やってるよ……あ、夢花」
「凛奈ちゃ……先輩。お久しぶりです!」
小学校時代からの後輩、舞田夢花だ。
「凛奈先輩、夢花はトランペットがしたいです! また去年みたいに一緒に吹きたいです」
ついこの間まで"凛奈ちゃん"と呼ばれていたのに、なんだか慣れない。
「そっか。夢花ならトランペットなれるよ。楽器吹いてもいいよ」
「ありがとうございます!」
夢花は確実にトランペットだろう。
中1としては十分な実力だが、茜の音を聴いているとどうしても物足りなく聴こえてしまう。
「夢花、もうちょっと力抜いてみなよ」
「は、はい!」
それでも、上手だ。
加奈子は、ぶるりと身を震わせていた。




