11.違う苦しみ
セクションリーダー。
そう発表された時、早苗の心は高鳴った。
『信頼されてるんだ、私』
そう思った。
まだまだなことはわかっていた。だが、これから先セクションリーダーとして、全力で部活に取り組もう、そう思っていた───
「Eの音誰だ」
「私です」
早苗が手を挙げる。
「1人でどうぞ」
「はい!」
すぐにマウスピースに息を吹き込む。
楽器がそれに合わせて振動する。
自分ではきちんと音を出していても、小林は納得いかないような顔をする。
「音が暗いな。それに張りも弱い」
「……はい!」
恥ずかしい。
最近そう思うようになってきた。同じタイミングで始めた杏はこんな注意されることなんてない。
みんな、ましてや1年生の前で注意されることに、削られていく自信と、恥ずかしさが早苗の肩をしぼめた。
その後、トランペットの2年生が木管のほんの一部の2年生たちに呼び出された。
夏帆に鈴音、そして和音だった。
「ねぇ……トランペットさ、うちらの音聴こえてる?」
「え?」
「すごく言いにくいんだけどさ、トランペットの、とくに1stの音であたしたち木管の音が聴こえないの」
「そんなこと知らないよ。じゃあそっちがもっと音量だせばいいんじゃない? あたしらがどれだけ押さえても、そっちは聴こえないと思う」
苛つきからか、早苗はそう言ってその場を離れた。
「え……あ、ごめんっ!」
杏も、そのあとを追った。
どう見ても、あれは杏も同じことを思っていたように見えない。
肩をすくめる3人は、口を尖らせていた。
「早苗、」
教室には今、2人しかいなかった。
「───かだった」
「え?」
「馬鹿だった。1人で浮かれてた。セクリになれたから、信用されてるんだと思ってた。なのに、なのにあたしはなにもできない。人のせいにする身勝手な奴だよ」
「そんなことない」
杏は優しく早苗の手を取り、首を振る。
その手を、早苗は勢いよく振り払った。
「杏にあたしの気持ちわかんないよ。あたし空気読めないし、楽器もうまくない。そこまで親しい友達が吹部にいるわけでもないし。コンクールだって、最後なのに……出られるかどうかわかんないじゃない! 凛奈とか聖菜はソロもらってるのに、あたしもらったことも、そんな話が出たことすらない。なんでもかんでも上手くいくやつにあたしの気持ちなんかわかんないよ!同情するならあたしの前から消えてよ!」
どんどん荒くなっていく言葉。
顔を上げると、杏はいつも通り穏やかに微笑んでいた。
「ゆっくり考えたらいいよ。あたし、ずーっと早苗と一緒だからね」
そう言って、教室から出て行った。
杏はゆっくり走り出した。そして、廊下を曲がるとすぐに涙が落ちてしまった。
同級生が、そんなことを考えていただなんて、そんな大きな不安を抱えていたなんて知らなかった。
自分の周りがどんな風になっているのか、自分のことで精一杯な杏にはわからなかった。
隣の人間が、そんな風に考えていたことも。
───"苦しい"。
2人とも、別々の苦しみを感じていた。
もちろんそれを表に出すことも、爆発してしまうこともなかった。
向こうから凛奈たちの声が聞こえる。こっちに向かってきている。
ごしごしと目をこすり、無理やり笑顔になって、「杏先輩」と呼びながら、走って向かってくる凛奈たちを待った。
教室に帰ると、早苗も無理やり笑顔を作ったように、「おかえり」と笑っていた。




