前日・本番衣装
「初めまして。デザイナーの池田志穂です。みんなが知っている"池田先生"の双子の妹です!」
「「こんにちは!」」
池田───紀穂の双子の妹、志穂が北原中を訪れた。そう、紀穂は、有名デザイナーである志穂に、北原中学校吹奏楽部の本番衣装をデザインするように前々に頼んでいた。
「ここに全員分あります。パートリーダー取りにきて!」
「「はい!」」
初めての本番衣装にテンションが上がっているのか、返事のトーンは高く、いつもよりも張り上げた声で返事する。
はい、と杏に渡されたのは、全教科の教科書を山積みにしたのと同じくらいの分厚さの箱だった。中身を開ける。1番上に乗っているビニールを取り出す。クシャッと、ビニール特有の音が鳴る。
透明な袋の中身は、うっすらとしたラベンダーの色。凛奈の楽器ケースに似たような色だ。はやく開けよう。そうドキドキしていた。
「わぁー……」
広げられたのは、Tシャツだった。
「可愛い〜!」
と声が上がる。おそらく樹奈だろう、と顔を向けると、樹奈が手にしていたTシャツは黄色。ふいにパーカッションの方を見ると、彼女らが嬉しそうに持っているTシャツは水色。
どうやらパートごとに色が違うようだ。
そしてさらに、まだ箱になにか入っている。
そうだ、ブレザー。こちらもまた楽しみで、慌てて開ける。
真っ白なブレザーとブラウス。黒色のネクタイ。そして、スカートは黒とプリーツスカート。
ブレザーの片方の襟だけ黒色となっていて、胸元には、緑色の葉と月の刺繍、そしてその上に"NORTH"という文字があった。
葉と月で葉月。NORTHは北と言う意味だ。
「本番衣装って、なんか強豪校になったみたいだね」
「そうだよねー」
聖菜と凛奈が話す。
「みなさん、私と池田先生は、みなさんと同じ頃は吹奏楽部でトランペットとフルートをしていました。それほど仲が良かったわけではないけど、私はデザイナーになって、池田先生は音楽の先生になる。そして、将来池田先生の吹奏楽部の本番衣装のデザインをする。そんな夢を2人で約束しました」
「今日、この場でその夢が叶いました。ありがとう」
パチパチと拍手が起こる。
そして、全員立ち上がって、
「「ありがとうございました!」」
と元気よく挨拶した。
「───私、これ着る機会は1回しかないのに……お金もったいないよね」
未海がポツリと言葉を落とす。
それに夏帆は気付いていたが、聞こえなかったふりをして尋ねた。
「ん? なんか言った?」
「ううん。なんでもない」
本番は明日。だが、未だに未海の音は出なかった。皇城との合同練の日、小林は古川に未海の事を相談した。そして、小林はそれを車の中で未海に話した。
"自分を信じて待つ。信じるか信じないかで奇跡が起こる"
深い意味もなく、そのままの言葉だったあまりに、焦ってばかりいる自分が恥ずかしくなる同時に、そんな自分に奇跡は降り注がれないのではないかと涙を流した。




