不安の涙
「はぁ……」
柚子の事を考えないようにしたら、別の不安もいろいろ浮かび上がってしまった。
関西大会出場が決まった日、誰かが話していることが耳に入った。
「もしかしたら、北原全国いけちゃったりして!」
はしゃいだように、悪気なく言っていたのに、心の中で叫んでしまった。
『全国は、そんなに甘くない!』
強豪校の演奏している動画をサイトで再生することがよくある。
『あっ』
その中で、リードミスやハイトーンミスがある。
強豪校が出来なかった。強豪校なのにミスした。そんな言葉が出てくるに違いない。だが、同じ吹奏楽部員なのだから、ミスする回数は少ないかもしれないが、ミスをしないなんてことはありえない。
当時、ミスをしてしまったあの人は、どんな気持ちでいるのだろう。
関西大会で、もし自分がソロを失敗したら? 2楽章の綾乃とのアンサンブルが揃わなかったら?
こんな気持ちで挑んでいたのかと思われてしまう。これが県代表なのかと思われてしまう。これが北原中学校吹奏楽部なのかと思われてしまう。
そんなこと思われたくない。
『違う、もう一回……!』
違う。違う。
「もう一回」
あと1週間しかないのだ。
苦手なところをなくしたい。
潰していきたい。
「違う……! 違うのに……」
気持ちばかり焦ってしまって、余計うまくいかない。
ふっ、と糸かなにかが切れてしまったように、凛奈は重いフリューゲルを下ろした。
『屋上って、こんなに響かなかったっけ』
と、遠くを見た。
ガチャッ。
茉莉花が屋上の扉を開けた。
「凛奈ちゃーん? もうすぐ小林先生くる……凛奈ちゃん!? なんで泣いてるの……」
「えっ、あっ。え……?」
気付かぬ間に、涙を流していた。
「すいません……」
何故こんなにできないんだろう。
何故今まで軽く感じていたフリューゲルが錘のように重たく冷たいのだろう。
何故失敗することばかり考えているのだろう。
何故、自分はソロを吹いているのだろう。
どうしたら。どうしたら。どうしよう。
『できないよ……』
瞳が真っ暗に曇っていく凛奈を見て、茉莉花は
「大丈夫。凛奈ちゃんならできるよ。焦らないで、一緒に頑張ろ?」
と、頭を撫でた。
「……はい」
「焦らなくても、凛奈ちゃんは努力してる」
凛奈は、重たいフリューゲルを、ぎゅっと抱きしめた。




