複雑な気持ちとスケール
「おはよ」
「ん、おはよ」
渡り廊下でスケールをしていた伊織に声をかけたのは奈津だった。
「どう? 調子いい?」
「うん」
普通の会話、そこから伊織が話を持ち出した。
「パーカッション、やっぱりなにかあったみたいだね」
「うーん……」
「……どうしたの?」
「いや、なんて言うか、ちょっとがっかり、かな」
奈津は冷たいコンクリートに座り、壁に背中をくっつけた。
「確かに目標は関西だったけど、関西にいけなかったけど、でも頑張ったなら私は全力を出せただとか、楽しめたかどうかだとか、もっと関西意外にも考えることができると思うのに」
「……そうだよね、私的に、関西に行きたかったのに行けなかった、なんて言われても私たちアンコン出られなかったじゃん?だから、そんなにわめかれても贅沢な悲しみだとか思っちゃう」
と、伊織も座る。
「……複雑だよなぁ、去年も、今も」
「去年……」
「ん? ほら、千尋先輩の事とか、ゆ、」
と、伊織がハッとなり、口を抑える。
「伊織?」
「ううん、なんでもない」
と、伊織は立ち上がり、またスケールを始めた。
柚子のことを話そうとしたが、気が付いた。
奈津は、柚子の話を聞くだけで息苦しくなってしまうのだ。
「……どうしよう、これから。優香がもし、辞めちゃったりしたら」
奈津が顔を埋めた。
伊織は彼女の言葉が聞こえていたが、あえてなにも言わずに吹いたままだった。




