麻由の事情
「麻由っち! 一緒に帰ろ!」
「いい。ほっといて」
樹奈の誘いをきっぱりと断り、麻由はスタスタと歩き始めた。
「あ……」
と、マイが呼び止めようとしたが、凛奈がマイの手を取り、首を振った。
「……バス停、行こっか……」
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『あたし、なんであんなこと言ったの?』
と、麻由は1人モヤモヤしたまま早歩きで家へ向かっていく。
たくさんの声が聞こえる。
“ドラムなんてやめて、勉強に集中しなさい”
“父さんはああ言っていたけれど、母さんは麻由がこんなに熱心にドラムを続けてくれていてうれしいの”
“佐野さんはドラムがとても上手ねぇ”
“あたし、麻由のドラム大好きだよ!”
“ねぇ、麻由ちゃん、私たちと一緒に吹奏楽やろうよ!”
“あなた、うちでパーカッションやったらもっと上手くなれるのに、もったいないわね”
“麻由。あんたはお姉ちゃんと違って頭良いんだから、勉強もドラムも頑張りな”
“吹奏楽部? 部活など入ってたまるか”
“佐野、ドラム、任せてもいいか?”
“麻由ちゃん、コンクールの曲なんだけど、少し難しいけどティンパニお願いしてもいい? 麻由ちゃんならできるって信じてる!”
“お前は麻帆のかわりに渚和高校に行くんだ”
“麻由”
“麻由ちゃん”
“麻由”
“佐野さん”
“麻由”
“麻由”
“麻由ちゃん”
“佐野”
“麻由”
“麻由っち”
“ドラムを、吹奏楽を、捨てろ”
父の冷たい声が聞こえ、何かがブツっと切れる音がした。
「うるさい!」
ハッとなると、通行人がジロジロと麻由を見ていた。
麻由は走って家へ帰った。
『家を出たい……! だれか、だれか……』
家の前にくると、ポツリと口に出してしまった。
「たす、けて……!」
その頃、バスでの凛奈たちは、異様な静かさが続いていた。
「あのさ。麻由ね、何度も東野小の吹部に入らないかって言われてたんだ。スカウト。本人も入部したがってたんだけど、お父さんがダメって言って……」
「え!? そうなの?!」
麻由は、全国レベルのバンドにスカウトされるほどの実力なのだ。
『もしかして、お父さんに辞めろって言われてるの? 相談してよ。頼っていいんだよ。 ねぇ、麻由』
と、凛奈は窓の外をみた。




