空気の苦しさ
「奈津! 待って!」
奈津に続いて、茉莉花と鈴音も音楽室を飛び出した。
凛奈も後を追った。
走る奈津の手を茉莉花が掴んだ。
「奈津!」
「もう……、もう無理だよ! そんなんだから柚子も辞めちゃったの! 私が……、私があの子を守ってあげることができたら……!」
柚子。初めて聞く名前だ。
いつもの奈津は、しっかり者で、姉のような存在なのだが、この時ばかりは少しちがった。
と、奈津がふらつき、茉莉花にもたれかかった。
「奈津!」
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「まぁ、軽い貧血。心配することはないわ」
「はい……ありがとうございます」
茉莉花が保健の先生に礼をした。
「鈴音ちゃん、凛奈ちゃん、外で待っててくれる?」
「え、」
「おっけー」
凛奈側としてはそれは非常に気まずい。
恋敵"だった"鈴音と2人になるなんて。
ガラッ。
扉を閉めた途端、鈴音が言った。
「あのさ、もういいよ」
「え?」
「そんなにずるずる引きずられても鈴音も困るし」
と、彼女は少し赤くなった。
「あ、はい」
と、クスッと笑った。
鈴音を悪魔だ、魔女だと言っていた自分がおかしく思えたのだ。
「まぁ、それは置いといて」
と、コホンと軽く咳払いしてごまかした。
「さっきの柚子って子、初めて聞いたでしょ?」
「あ、はい」
「吹部だった子」
だった───。過去形と言う事は、元部員と言うことなのだろう。
「どうして、辞めちゃったんですか?」
と、鈴音が俯いた。
「耐えられなかったの。空気に」
「空、気ですか」
空気。その言葉で、なんとなく理解ができる。
「いじめとかじゃないの。そのギスギスした空気で苦しくなっちゃったの。柚子が」
「楽器、何だったんですか?」
「クラ。鈴音たち、もともと3人だったの」
3人。自分たちと一緒だ。
もともと2人だったから、まだ無いけど、いずれかは揉め事が起こってしまうであろう微妙な人数だ。
「鈴音にはとめられなかった。とめたら、あの子がかわいそうだったから」
「……」
「ここだけの話、その柚子って子、もともと1年生リーダーだったの」
「え!? そうなんですか!?」
「だから、責任を感じて自分を攻め続けて耐えられなくなったんだろうね」
と、彼女はしゃがみ込み顔を埋めた。
空気。その言葉に少しドキッとした。




