悪口契約で僕が神様になった件⑨
神田明神を伝い、先に新木家に辿り着いた将門であったが玄関から先に進めずにいた。
「ここから先に踏み出せぬとは我が身体が荒魂に近づいているということか。しかし、その前にどうにかせねばなるまい」
将門は自分の中に残る和魂に訴えかけながら禍々しい気を何とか抑えた。
「今、真下で禍々しい気配がしたような気がしたんだけど、一瞬で消えるってことあるのか」
「私も感じたから気のせいじゃないね」
「禍々しいというか、それ以上だったような」
「間違いないわね。しかも一瞬で神々しい気配に変化した」
「それで寒気がしなかったのか」
「あんたの判断基準は心霊写真見るとか、幽霊が通り過ぎるときと同じか」
「幽霊が存在するのを前提で話をするのはどうかと」
「あんた神様だから知っているんだと思ってたけど、まあ無理も無いか」
「存在するんですか」
「ごめん。今その質問に答えている場合じゃないかも。近づいてるよ」
「勇人が帰ってきたとかじゃない・・・・なあ。あいつの気配はこんなんじゃないし」
「あんたは幽霊否定派のくせに霊媒体質か」
「それでもいないものはいない。見えているものも夢幻だと信じてる」
「そこまでとは。夢幻でもいいから今何が見えているの」
「多分だけどさぁ、将門さま」
「本気で言ってんの?」
「はい」
「勇人もまだ帰ってきていないのにどう対処すればいいんだろう。じいちゃんは今日は忙しいだろうし」
「将門さまを退治前提で考えるのはどうかと」
「確かに将門さんの仕業じゃないということで結論を出したんだったわ」
「それならその結論を信じて将門さまをお迎えするのが筋じゃないのか」
「そうだけど、今の禍々しさはどう結論づけるの?」
「それも将門さまに直接聞いてみるしかないんじゃない」
「選択誤ったら消し去ることになるのはあんただけだろうからその案で行こう」
「いつのものお答えありがとうございます」
「いえいえ、どうイケメン木綿まして」
その時、勇人の部屋が暗闇に包まれたかと思うと次の瞬間光り輝く空間に変わった。
「少しは学んだようだな」
声の聞こえる先は眩しすぎて見えない誰かが立っていた。
「あなたはひょっとして平将門さまですか?」
舞子ははっきりとした口調で声の先に聞き返す。
「どうにか自分の中の荒魂を抑えてはいるが平将門じゃ」
「日本各地で起きている出来事は将門さまが起こしたものではないんですよね」
恐る恐る翔も質問を投げかけた。
「神の仕事をしているものが神を恐れるな」
「すいません」
「それでどうしてここへ来られたのですか」
「おもしろい人神に出会ってな。ここで待ち合わせをしておる」
「新木勇人ですね」
「お前達が人神の仕事をしている仲間達か」
「そうです。しかし、この空間にどうやって入ることが出来たんだろう」
「真庭翔、入ったのではない。私が自分の力でそなたらを招き入れたのだ」
「社の主さまと同じ類の聖域結界ということかな。しかし、こんなに大きな聖域結界を作れるのにどうして荒魂に侵されようとしているのですか?」
「東の都の結界のせいなのだ。あれはワシを縛り付け、怒らせ、祭られ、この都を守るように作られておる」
「そして、それと同時にそのエネルギーを龍脈に注ぎ込み、奥の手が龍の守りのようですね」
気付くと勇人が帰ってきていた。
「将門さん、僕の聖域も重ねて置きました」
「うむ。これで向こうも気が気ではなくなるであろう」
「おかえりというか、話が全く見えてこないんだけど、勇人、説明してくれる」
「舞子、悪い説明している暇はない。将門さんを守ってくれ。翔も力を貸してくれ」
「よく分からないけど状況は深刻なようね。私は何をすればいい?」
「これから来る荒魂を和魂に変えて行ってほしい。簡単に言えばいつものように退治してくれればいい」
「分かった」
「翔はその剣を将門さんに少しの間貸してあげてくれないか」
「この剣を渡したら俺は消え去る運命だぞ」
「自分の殻をそろそろ破った方がいいと思うし、僕は翔を信じてる」
「イケメンのいうセリフを恥ずかしくもなくよく口に出来るなお前は。分かった分かった。これを将門さまへ」
「かみなりのいのちと書いて雷命。それがこの剣の名前」
「雷を起こすことが出来るのか、この剣」
「残念ながら違う。それ以上だけどね。雷を別ける力を持つ神が憑いている剣」
「はぃ?」
「雷命という神様が翔を選んだみたいだよ」
「剣なのに神様、神様なのに剣」
「もちろん、神様に戻ることも出来るだろうけど、翔のことを気に入っているみたいだね」
「神様が俺を選んでくれたということか」
「そういうことだね。理由は分からないけど」
「将門さま、どうぞお使いください」
翔から手渡しで雷命が将門の手に渡る。
「雷命、久しいのぅ。その力存分に使わせて頂く」
「将門よ、その中に眠る荒魂を消し去れるとよいのぅ」
「和魂と荒魂は表裏一体、消し去れるとは思えぬがわが都を守る為なら荒魂にもなろう」
「そうさせぬ為にワシの力も貸すのじゃ」
「剣がしゃべった」
翔はともかく、舞子も驚いている。
「神様だからね」
勇人は平然としていた。
「お前知っていたのか」
翔が勇人に聞いた。
「ひょっとしたらとは思ったけど、まさか本物の雷命とは思わなかった」
「どうやって剣の名前が分かった?」
「将門さんから雷命を所持しているものがいると聞いて」
「なるほどって、俺や舞子とそれほど、差がないんだな、この剣のことを知ったのは」
「そうだけど、それがどうかした?」
「随分前から知ってたという風に聞こえたから」
「雷命がどういう理由で翔に舞い降りたのかということは興味深い事柄だけど、そろそろお出ましのようだ」
「何がお出ましだよ。俺はどうやって戦えば」
「神様なんだから自分で考えるのよ」
「何を」
「自分で戦う武器を想像して作り出せるはずだよ」
「そういうことかって、俺には雷命しか思い浮かばない」
「それだ。それでいこう」
勇人が何か思いついたようだ。
「翔、雷命を大量に思い浮かべて」
「分かった」
「舞子も」
「分かった」
「将門さん、雷命を上段に構えていてください」
「承知した」
大量の雷命が聖域を多い隠すほどの数で浮遊し、4人を包み込んでいる。
「良き考えだ、新木勇人」
将門は何かを悟ったようだ。
「これは俺が作り出した雷命か」
「これは私が作り出したものか」
「しまった、雷命じゃなく、どうしてもこの剣を思い浮かべてしまうんだよな」
「七星剣か、ワシの荒魂を和らげるには丁度良いものを作り上げたな」
「将門よ、あの者は何者だ」
「剣になっていて聞いておらぬか。マスタークラスの人神じゃ、雷命」
「人にあって神にあらず、神にあって人にあらず。こんな時代でもあのような者がおるのじゃな」
「そうか、七星剣で将門さんの中の荒魂を鎮めて、雷命をこのまま大量に作り出して、外からの荒魂に降り注ぐ案でいこう」
「了解」
「了解」
「承知した」
「奇魂を宿しているとはおもしろい人神じゃのぅ」
こちらに向ってくる荒魂に対して一斉に作り出した雷命の剣が解き放たれた。
「あとは荒御魂のみか」
将門の言葉に力がこもる。
「そのようじゃな」
雷命もそれに答える。
「荒御魂?」
翔は珍しく疑問を投げかける余裕があるようだ。
「今回のラスボスか」
勇人はRPGに例えている。
「翔も勇人も緊張感がない。ゲームじゃないんだから、セーブやリセット出来ないんだよ。もっと気合入れなさい!」
「荒魂と荒御魂の違いが分からない」
「違いというよりも本体というのか御神体というのか。そういうものじゃないのかな、僕も感覚でそう思うだけだけど」
「二人とも聞いてるの?」
その時、闇の中から一閃の矢が舞子に向かい飛んできた。
「間に合え」
勇人の作り出した七星剣が矢を跳ね返す。
「ふぅ、助かった」
「勇人ありがとう」
「舞子こそ、もっと緊張感を持ってくれよ」
その時だった。
勇人の見えていない角度から放たれた矢が勇人の頭に刺さったように見えた。
「勇人が」
舞子はその状況に両手で顔を塞いだ。
「人神、大丈夫だ。目を逸らすずとも雷命が矢を消しさっておる」
「舞子、どうやら大丈夫みたい」
勇人の声が聞こえた。
「本当に」
「ああ、雷命さんの力に助けられた」
恐る恐る顔を塞いでいた両手をゆっくりと開く。
「良かった」
「良くはない。まだ戦いの最中だし」
「そうだった。でも、気配が消えたね」
「どうやら、今回は小手調べのようだ」
「気配ごと闇に消え去ったか」
何事もなかったように聖域の神々しさが戻っていた。
「本当の戦いって、これほどのものなのか。ちょっと休憩しとく」
翔は疲れ果てて、地面に寝てしまった。
「結局、本体は誰の荒御魂だったの?」
「正体は分からなかったけど、将門さんに匹敵する御神体だろうね」
「それ以上かもしれんな」
「人神の聖域も重なっておるというのにあんなものを打ち込める力があるとは」
「それは力ではない。この都に溜まっておる闇を形にして作り出しているようだ」
「皮肉なものじゃな。天海の作り出したお主を媒体とした循環で成り立っておった都の守護が弱まると、この都の欲望そのものを力に変え、龍脈に力を注ぐ仕様が働くと、この都の龍も荒御魂と化すか」
「日光東照宮から真南に下りた場所に浅草東照宮(浅草神社)ですからね。和御霊なら調和や神の加護など神様の良い力が流れる。しかし、荒御魂に変化するとなると天変地異や飢饉など神の荒々しい力が流れることになる。荒魂は新魂とも言われ、破壊して新しく再生しなおすことにも通じているか」
「それならあの大量の荒魂は神様の怒りのようなもの」
「そうだね」
「止められるのか?」
「多分、無理かもしれない。この街そのものが荒魂を生み出している限り破壊は避けられないだろうね」
手立ての見えない勇人の後に誰かが立っていた。
「闇御津羽神の存在に誰も気付いてくれない」
「誰だこの美人は?」
「翔、美人の前に神さまらしいよ」
「奇魂がまた難を逃れる運命を引き連れてきたか」
「あの者、高龗神に魅入られてしまったのだな。良いのか悪いのか」
気付くと勇人にしがみついている。
「あのすいません、どちら様でしょうか?」
「だから闇御津羽神だと言っておろう」
翔が舞子の影に隠れる。
「イケメン木綿、私を盾にするな」
「高龗神さんのご兄弟というか分身というかそんな感じですよね?」
「うんうん、良く知っておる良く知っておる。新木勇人、気に入った気に入った。私の婿にする私の婿にする」
「すいません。もうすでに婚約者がいるので婿には出来ません」
「人神の婿よりも私の婿の方が良かろう良かろう」
「いえ、人神ですが勇人はマスタークラスなのであなた方よりも格式は上です」
「なお更なお更良い良い」
将門はその光景を唖然として見ていたがついに口を開いた。
「高龗神の分身が何故ここに来た。京の守護は大丈夫なのか」
「貴船の主をなんと心得る。いざとなれば我が血脈の大国主命も駆けつけよう」
「それほど、東の都が危ないということか」
「この者に憑くことにしたのじゃ」
「闇御津羽神さまともあろうお方が人神に憑くとは大それたことをなさる」
雷命は呆れている。
「この事は高龗神さまは知っておられるのですか?」
勇人がやっと口を開く。
「知っておるが知っていない。どこかに散歩に出たくらいに思っておるじゃろうなあ。高龗神にはいずれあやつの力になってやろうとは言われたので返事はしておいたから問題はあるまい」
「心配されていると思いますのでお帰りください」
「いやじゃいやじゃ」
「貴船に報告に行きましょうか?」
「いやじゃいやじゃ」
「神様が駄々をこねる場面に遭遇するとは。しかも可愛い」
翔は別視点で見ていたようだ。
「それに私に気付いたからあの荒御魂は退いたのじゃ」
「その話もう少し詳しく教えてください」
「ここに居ていいのか、ここに居ていいのか」
「高龗神さまのお迎えが来ましたらお帰りください」
「それまでは勇人に憑く勇人に憑く」
そういうと闇御津羽神は水龍の彫り込まれた勾玉を首からぶら下げた少女の姿に化けた。
「これで良いか」
「はい、ありがとうございます。舞子、勾玉は無理として、服装のチェンジを頼んで良いか。あまりにも時代錯誤していて目立つだろうから」
「分かった。これでどう」
舞子は神の力を使い、少女の姿に化けた闇御津羽神をコーディネートした。
「美人が少女になって、少女が美少女に」
翔の目が泳いでいる。
「これが今の世の着物か。軽くて動きやすい羽織じゃ」
「勇人よ、わしは高龗神に今回の件と闇御津羽神の居場所について、伝えにいく。良い知恵も貰えるかもしれぬ」
「分かりました。将門様、この七星剣をお持ちください」
「翔とやら、礼を申す。雷命、そなたに」
「お役に立てたようで。俺に使いこなせるのか分かりませんでしたが使いこなすという言葉が間違っていたようです。神のまにまに、雷命さまを信じて頼りながら戦うことにしました」
「しかし、神を剣にしておる。そなたの魂が一番影響することを忘れるな」
「まだ自信はありませんが雷命の力を引き出せるように精進いたします」
「ワシはお前の幸魂に期待しておるぞ」
「雷命さま、こちらこそ、よろしくお願いします」
「今回の件で翔も成長したのかもしれないね」
「いや、あれはいつもの翔だと思うよ。強いものには逆らわず」
「勇人もいつもの勇人だね。ただし、横の少女を除いて」
「大国主さまのご先祖だけに怒らせることを想像したくない」
「あんたマスタークラスなんだから、少女の姿の間に躾けなさい」
「勘弁してください」
「勇人次が来るよ勇人次が来るよ」
思いもしなかった言葉に勇人、舞子、翔は身構える。