悪口契約で僕が神様になった件⑦
勇人が降り立った先は京都の貴船神社だった。
京都の風水の北の守りにして、水源の守りにもなっている社。
「しかし、斜め読みすぎたか。人生にして初めての貴船神社訪問が神様の仕事になるとは。初めて来たけど、ここの空気は澄んでいて、気持ちがいい」
勇人は大きく深呼吸した。
「癒される・・・・とか独り言を言っている場合じゃなかった。ここなら将門さんのことも教えてくれるはず。恨みから縁結びまでどんな願いも叶えてくれる神様なんだし。しかし、北の朱雀の方角に祭神が祭神なんだよなあ。水の神様なのに闇御津羽神と闇龗神とともに誕生もしくはこの2体の総称が高龗神((たかおかみのかみ)で龗とは龍を意味していたはず。船岡山や鞍馬山が玄武と言われているけど、はっきり言ってあの山の高さでは玄武とは言えない。しかし、この貴船神社と龍、玄武から、この神社が京都の玄武の守護をしているんじゃないかなと思っているんだけどなあ。ただここに出てくる闇は谷間を意味するからどちらかというと龍脈の方が正しいのかもしれないけど、北の守護を龍族がしているということはやっぱりここの神様は怖い」
その時、勇人の真上の空を強い風とともに大きな龍が駆け抜けた。
「出た。じゃなかった、やばい」
龍族に会うのは初めてではない勇人だが前回とは違い、改めて龍族の姿を見て体が動かなくなっていた。
「大蛇さんどころじゃないなあ。というか震えを超えて、体が動かない」
少しして、勇人の頭の上にぽつりぽつりと雨が降り注いできた。
「奇奇怪怪だと思っている京都もこの神様がいて、成り立っている気がするというか、絶対に怒らせてはいけない神様だな。京都の町の下には琵琶湖よりも大きい地下水源があると聞いてから京都震源で起こる大きな地震は龍の神様の仕業と思っている自分はきっと正しいと思う」
夕立のような一降りで勇人の身体はびしょ濡れになった。
「お前は何故そこで濡れたまま立っているのだ」
姿は見えず、声がする。
「この社の神様に御用がありまして」
「この声が聞こえるということは神様の1人なのだな」
「多分。いえ、つい最近その仕事に就きました」
「そうか。それで用とはなんだ」
「平将門さまを知っておられますか?」
「あの者はこの京の都には来ておらんぞ」
「はい、そうだとは思っていました。ここまでに辿り着くまでに原型を留めいてるとは思えませんし、偽物の首だったとしても分からなかったと思っています。それにこの京都は祟りや怨霊を恐れている都ですしね」
「それならどうしてこの京の都に来た」
「あなたなら、将門さんのいる場所が分かるだろうという読みでここまで来ました」
「もちろん分かる。京都だけでなく日本の空はわしの庭だからなあ」
「やっぱりそうなんですね」
「お前、龍族と会うのは初めてではないな」
「はい、大蛇さんと難陀さんと跋難陀さんにお会いしました」
「龍族に対してさんづけとはおもしろい人間だな」
「すいません、次回から様づけにしようと思っているんですがつい」
「いや、そのままさんづけのほうが喜ぶと思うぞ。しかし、八大龍王にさんづけか。カハハハハッ」
高龗神が高笑いをしたと同時に強い風が吹いた。
「寒っ」
「すまん、すまん。しかし、いつまでそんなままでいるつもりだ。神ならその濡れたものを瞬時に乾かせ」
「あまりそういうことに力を使いたくないのですが今回は時間が無いのでそうさせていただきます」
「お前は神になって間もないとは言ったが神になっても人間そのままの生活をしているようだな」
「極力人間の暮らしをしていこうとおもっています」
「良い心がけだ」
「それで将門さんの件なのですが」
「将門は自分の聖域に篭っておる」
「邪神化しているということでしょうか?」
「いや、邪神化させようとしている人間どもの想いを取り込まぬようにじゃ」
「やっぱり利用されていたんですね」
「あやつは負の想いを取り込むように作られた結界の中に乗せられておるからのぅ」
「無理やりに分散されていることについて何の疑いも持たずにいる人たちにも責任がある」
「いや、分散はされていない。魂と体は別々のものじゃ」
「なるほど。しかし、面白半分に呪いだ結界だと騒ぎ立てる人間達がいるのと同時に地域に根付いて大切にされていることとのバランスは取れているんですかね?」
「騒ぎ立てる人間はほんの一部。呪いを恐れて鎮魂際を開くのも権力者のしてきたことで将門の怒りを買わぬため。そういうことをお前は気付いておるか?」
「すいません、そこまでは気付いていませんでした。よく考えてみれば、一般人は恨みを買うようなことはしていないか。でも、いずれ本当に将門さんの怒りが抑えられない時は関東はどうなるんでしょうか?」
「お前は人が神様の怒りを買ったときの歴史を学んだことがあるか」
「少しですが」
「関東を守護している将門が怒り狂う時はどうなると思う?」
「終末予言ではないですが守護している関東の破壊と再生なのかな」
「それを抑える為に日光東照宮という社が存在する」
「日光東照宮。天台宗、天海、徳川家康。それで、薬師如来を本地仏とする神仏習合になったのか。八州の鎮守になると言いながら本当は将門さんの怒りを抑えながら関東の守護を万全にするという裏の思惑があっても不思議ではないな。あの神社には曰く憑きのものが多すぎて謎の解けていないものも多いんですよ」
「薬師如来は東の国の帝たる天皇と結びつけられる。将門を指しているのじゃ」
「南光坊天海の目的は将門さんの鎮守だったのか」
「人間どもの表向きの意味など神には無用。天海はそれをよく理解した知恵者だった」
「しかし、将門さんの仕業だと言われている出来事が日本各地で起きているようです」
「今の話を聞いてどう思う」
「将門さんが篭ってしまっているということは将門さんを恐れていたもの達が蠢き出したということでしょうか?」
「そうとも捉えてもよいが将門が篭ったままだと東の都はそれどころではない」
「将門さんの気持ちも分かるし、東の守護に守ってもらわないと関東はさらなる闇に包み込まれる」
「お前はまず将門の気持ちを優先して考えるか。龍族が気にいるはずじゃ」
「普通のことだと思うのですが」
「東の都が崩壊しようというときには人間なら神仏、もしくは将門に助けを請うのが自然な流れじゃ」
「言われてみれば。しかし、将門さんを苦しめたまま、助けてもらうというのも気が乗りません」
「それなら龍族に助けてもらうといい」
「それが大蛇さんは地元地域の祭神に戻り、守護していただいています。難陀さんは弟さんと世界の守護に帰っていかれました」
「日本だけじゃなく、世界各国で慌しい出来事が起こっておるから難陀も帰ってこれそうにはないか」
「はい。それに加えて、将門さんの怪事件の噂が流れて」
「しかし、おかしな話じゃな。神なら将門が自らの聖域に閉じ篭っておることを知っているものも多いはずじゃが」
「自分もそうじゃないかなと思いました」
「今の神にそこまでの力のあるものが少なくなっているということか」
「そういうものもあるのですか?」
「神によるがな。人間のようにその寿命の上で神の仕事をしているものは神の力は得られるが、その知識と知恵は自らの力量により成り立っておる」
「やはりそうか」
「その学びの薄いものは上位の階級には上がれん。お前のようにマスタークラスに上がれるものは龍族にも存在しなかった」
「龍族の方でもですか?」
「お前も知っておるように龍族はかつて神に戦いを挑んだ種族であり、神を受け入れて、神になった種族じゃ。この力が邪神に陥る時を考えて、マスタークラスにはなれぬのじゃ」
「龍族の方々がマスタークラスになり、もしも邪心化してしまったら地球崩壊どころじゃ済まないですね」
「その通りじゃ。しかも地域により、火と水と雷と氷などさまざまな力を持っておる」
「それこそ、民話の中や世界の伝説上の話だな」
「畏怖され祀られることで神としての仕事を全うしている」
「しかし、日本でも人口の過疎化により、手入れのされなくなった社が各地に存在しますがその社の神様達はどうなっているのでしょう」
「祭神が蛇や龍ならすでに邪神化しておるものも出ているであろうな。そういう地域には近寄るべからずじゃ」
「神社というのは風水の悪い場所の穴埋めに建てられたと聞きますが本当でしょうか?」
「今更何を聞いておる。お前が来ているこの場所を考えると分かるであろう」
「玄武よりも強い守護で北の玄武の代わりというよりもさらに強固な守り。そのままですね」
「それでも足りぬ場所は神仏共栄という社で祭られておるだろう」
「なるほど。今更ですが良く分かりました」
「自分の行ないを反省もせずに、神仏共栄の社の力に頼ろうとだけして参りにくる人間にはそれ相応の罰を与えておる。それを神仏の所為にするとさらに大いなる罰が与えられる」
「今の時代は神様のせいにする人間も多いですからね」
「お前もそうであろう」
全てを見通す力を持っている高龗神らしい発言だった。
「申し訳ありませんでした」
「ただ神になろうとするところが他の人間と違うところじゃ」
「いえ、あれは流れで」
勇人がそれ以上言葉が出なかった。
「しかし、初めて、大蛇を見ても物怖じしなかったのは大したものじゃ」
「あの時はそれどころじゃなくてですね」
「それどころじゃないというか。あの大蛇を見て。カハハハハッ」
「それに大蛇さんは真剣でしたし。あの瞳だけを見ていれば怖くなかったです」
「お前はつくづく人間だな。大蛇の瞳を見るなど普通の人間なら幻惑されてコントロールされても不思議ではない。お前が神でなければ大蛇もまた邪心化していたのかもしれないな」
「していたみたいですが、自分には見えていないですがマスタークラスの持つ聖域が大蛇さんの邪心化を打ち消したらしいです」
「そうであったな。上位クラスには存在すると言われる聖域か。確かにお前にも存在しておるな」
「龍族の方々ほど大きくは無いと思うのですが自分の聖域が自分には見えてなくて」
「その聖域が龍族の邪心化を止めてくれたのじゃ。礼を申す」
「こちらがお礼を言うところです。龍族が復活し、祭神として蘇っていただいたことで自分の町周辺の地域の守護が戻ってきました」
「まだまだ話し足りぬところじゃがそろそろ帰りなさい。何か困ったことがあればまた来ればいい」
「ありがとうございます。勉強になることばかりでした。将門さんに会いに行ってきます」
「お前なら心を開くかもしれないが、相手は将門じゃ、慎重には慎重を重ねるのじゃ」
「はい、心して参ってきます。貴重なお時間を頂き、ありがとうございました」
そういうと、勇人は光の筋となり、消えていく。
「あの者、おもしろい奴じゃ。貴重な時間か。わしら龍族の時間は永遠のようなものじゃ。あの者こそ、人間としての寿命しかないものを神の仕事を全うするつもりじゃな、カハハハハッ」
高龗神の高笑いで貴船神社周辺に強い風を吹き、その空間が澄み渡ってゆく。