悪口契約で僕が神様になった件⑤
「あいつ言いたいことだけ言いやがって、新米マスタークラスさんの能力とやらを拝ませてもらおうじゃないか」
翔は消えたあと、先に社で待ち構えていた。
ただし、勇人には気付かれないように隠れていた。
そこへ勇人が駆け込んでくる。
「ここだ、ここだ。龍祠神社か。大きな神社ではなさそうだけど、しっかりと手入れをされているところを見ると、神主さんや地域の人には愛されている神社のようだな」
勇人は神社全体を見渡している。
「あいつ、ここの主が誰なのか分かっていく気なのか」
翔はその主の正体を知っているらしい。
「祭神の人はと。八大龍王さんか。大物の主さんだな」
勇人は気を引き締めている。
「あいつ本当に行く気だな。この場所が龍の巣窟だとは驚くだろうな」
翔が意味深な言葉を言った。
「それではと」
その社の鳥居に足を踏みいれようとした時のことだった。
「我が神聖な場所に人が足を入れることは許されぬことだ」
「あなたがここの主さんですか?」
「そうだがお前は人神の分際でここに何をしに来た」
「前の主さんにお会いしまして、この社の中に前の主さんの場所も作っていただけないかとご相談にあがりました」
「前の主だと。あやつ復活したのか。誰が封印を解いた」
「それは分かりませんが話は聞きました」
「弱いものはこの場所を守れん。あやつではこの聖域は守りきれん」
「しかし、腑に落ちません。あなたは本当に八大龍王なのですか」
「この世界では難陀と呼ばれている」
「あなたが兄弟龍王の難陀さんですか?」
「お前見かけは若い人間に見えるがワシのことを知っておるのか?」
「詳しくはありませんが歴史や民話の中にも出てこられますよね?」
「そういうことか。お前は言い伝えのようなものが好きなのか」
「はい。しかし、良く手入れのなされている社ですね」
「この場所は普通に人間には見えない。手入れをしているのはワシに属する眷属の竜達じゃ」
「しかし、前の主さんはこの土地の新しい支配者が自分を封印して、あなたの社がここに建ったために閉じ込められたと言っていましたが」
「半分は本当だが半分は偽りだ」
「どういうことですか?」
「もともと、あいつもワシの支配下の眷属のものだった。この土地の守り神をしていたのだが神としての仕事よりも神としての立場を利用するようになってな。ついにはその土地の若い女子を供え物にと」
「邪神化したということですか?」
「その時代の領主の願いを聞き入れ、自らワシが退治して閉じ込めた」
「しかし、あなたが自ら封印しなければならないほどの力があるということですよね」
「お前、頭の回転が早いだけでなく論点が鋭いな」
「それだけではありません。いくら今の時代、封印が取れやすくはなっているといっても、下級の集まりでは解けることのない封印が取れたのかも妙だなと思います」
「八大龍王も結束が強いわけではない。釈迦の教えに心頭したにすぎない。わしは弟と八大龍王の娑伽羅と争ったこともある」
「神と悪魔の争いのようなものですね」
「歴史に詳しいとなると飲み込みは早いな」
「人としてもまだ18なので詳しいと言えるかどうか怪しいものです」
「見た目だけでなく、本当に若者なのだな」
「しかし、よく神に選ばれたな」
「いえ、強制的な出来事がありまして」
「そういえばお前の階級は?ワシは上から5番目だ」
「とても言いにくいのですがマスタークラスらしいです」
「存在するはずの無いクラスのはずだが嘘をつくタイプではなさそうだが本当か」
「これなんですが自分では良く分かりません」
勇人はネックレスを見せる。
「存在するとはなあ。鳥居をくぐる事を許す。入ってきなさい」
難陀が勇人を招き入れる言葉を発すると鳥居の中の見えなかった扉が開き、まばゆい光の中に勇人は吸い込まれるように入っていった。
扉を勇人を招き入れると、消えてしまった。
「あいつ、飲み込まれたな。マスタークラスだろうが、龍族に話し合いが通じるわけが無い。喰われるのがオチだな。急いで舞子に知らせないとな」
翔はその場から消え、舞子のバイト先に急ぐ。
「そういえば名を聞いていなかったな」
「新木勇人と言います」
「新しい木に勇ましい人か」
「名前負けしています」
「いや、そんなことはない。祭神が八大龍王だと分かってよく乗り込んできた」
「乗り込んできたわけではありません。話し合いに来ただけです」
「マスタークラスが聞いて呆れる。前の主の言葉に騙されるような奴がいるとはな。二度とマスタークラスを名乗れぬように消し去ってくれるわ」
「難陀さん、どうして急に変わられたのでしょうか?」
「扉を開け、今お前がいる世界はわしが作り出した世界だ。この世界ではお前のマスタークラスの力でさえ押さえ込める」
「さっきの話は僕を騙す為の嘘だったんですか?」
「八大龍王の難陀が嘘をつくはずがなかろう。それよりもお前がワシよりも上の階級であることに苛立っているのだ。取って付けのマスタークラスなど神族の歴史上存在してはならぬ」
「勘違い男の次は嫉妬深い龍か。今日一日で人生が終わりそうな予感がする。あの嘘つきじいさんめ」
「あのじいさんとは誰のことだ」
「素性も知らない夢の中に出てきたじいさんだから説明できません」
「この期に及んで戯言か」
「僕の思い描く世界。まだ見えているわけじゃないけど、見えていないからここで消えるわけにはいかない」
「人間ごときがこの難陀に抗うか」
「抗う気はありませんが僕の人生は僕が決める」
「ますます気に喰わん」
「お釈迦さまの教えを受けた龍族の王に似つかないお言葉ですね」
「釈迦も存在しないこの世界でワシに教えを説くものはもういない」
「それなら僕が教えを説きましょうか」
「なんだと」
「あなたは嘘をつかないと言ったがすでにその言葉が偽りだ。あなた自身が邪神と化している」
「そんなはずはない。釈迦から授かったこのネックレスが」
難陀がネックレスに目をやるとそのネックレスからは神々しい光ではなく禍々しい邪気が回りを包みこんでいた。
「お前のせいだ」
「あなたともあろう龍の王が人のせいにするのですか?」
「今のネックレスの現状を見られたからにはやはり消し去るしかないようだな」
「僕も覚悟を決めました。大蛇さん、お願いします」
消えたはずの扉が出現し、開いた扉から勇人が封印しなかった前の主が入ってきた。
「難陀さま、やはりあなただったのですね、私の封印を解いたのは」
「解いた。このワシが。そういうことか」
「この者は不思議な人間です。それに邪気を纏いすぎていて、あなたは気付いていなかったのかもしれませんがこの物の周りは聖域の壁が存在しているので触れることは出来ません」
「それでお前はこの人間に従っているのか」
「そういうわけではありません。この者は私の話を疑うことも無く、怖がることもなく、最後まで真剣に耳を傾けてくれました。その事で私に纏わりついていた長年の邪気がいつの間にか消えていました」
「ワシに従えばいいものを」
「あなたの眷属もすでにあなたの指示を聞くものはいません」
「なんだと」
「早々に釈迦さまのもとに昇って参りました」
「この世界にはもう存在していないはずだ」
「それは難陀様が邪気を纏われているからそう思われているのです。八大龍王の難陀様にお戻りください」
「今更この醜態を晒して存在しろというのか」
そこへ一筋の龍線がこちらに向ってくる。
難陀の弟の跋難陀だった。
「兄さん、大丈夫ですか?」
「お前どうして」
「この方達に先導していただきました」
龍線の前に2つの光の筋が到着していた。
「勇人、あんたそんなに早死にしたいの?」
その声は舞子だった。
「勘違い男はお前だ」
そして、翔。
「2人ともどうして」
「翔が勇人が龍族の王と戦うことになるかもしれないと急いで知らせに来てくれたのよ」
「俺は話し合いに来ただけで戦うつもりはなかったし、戦ったところで勝てる相手じゃないからピンチの時は大蛇さんに頼んでいたんだけど」
「前の主のことか。この土地の大蛇だったか」
「勇人、無茶することないよ。私が神様に選んでしまってマスタークラスに選ばれてしまったけど、あんたは普通の人間なんだからこういう争いに巻き込まれなくていい」
舞子は相当責任を感じているようだ。
「神様に龍王に階級、それに夢のじいさんが言ってたお前の思う世界。この短期間にいろいろな出来事がありすぎて正直頭の中でごちゃごちゃしすぎて、まとまらない。いや、まだ夢かも知れないと思ってる自分もいる。これが現実なんだって、難陀さんに会って初めて感じられた」
「邪神化してしまっている私から何を感じたのだ」
「現実的に人に残された時間は短いし、いつ終わるか分からないなと」
「人間の一生など龍族の瞳の瞬きにも満たない」
「それに気が付かないままで今まで生きてきたなあと」
「勇人、あんたどうしたの?」
「舞子、最後まで聞いてくれ」
「それに今まで何のためにも誰の為にも俺は生きてこなかった」
「そんな人間がどうしてマスタークラスに選ばれる」
翔が苦虫を噛み潰している。
「大蛇さん、あなたのやったことは難陀さんから聞きました。それでも今のあなたは守り神だったころのあなたに戻っています」
勇人が大蛇の方を見る。
「神として祀られていろいろな物を供えてもらい大切にされてきたのに神としての驕りが私自身を邪神化させてしまっていたようだ」
大蛇は自分の身に起きた出来事を振り返る。
「そして、それを止める為にやってきた難陀さんも邪神化してしまった」
勇人以外気付いていないが既に難陀から邪気は消えていた。
「その原因は人間かもしれません。それとこの神社、人の世に見えるように存在させましょう。祭神は大蛇さんに戻して、難陀さんがお目付け役で見回りにくるということでいかがでしょうか?」
「お前は何を言っている」
難陀が勇人を睨んでいる。
「お参りに来る人に幸運を授けるのも、罰を当てるのも難陀さんと大蛇さんにお任せします。マスタークラスの権限で私が今発言したことを具現化しますがよろしいでしょうか?」
「兄さん、この人間の言うことを聞いてください」
「跋難陀がいうなら今回はそれに従う。従ったところでお前がこの世界から消えるのは瞬きにも満たない時間だがな」
「難陀様、あなたは勇人に借りが出来ましたよ。あなたの周りの邪気はなくなりました。あなたが勇人に対してやろうとしていた行動も私たちが目を瞑ります」
「分かっておる。大蛇、お前も分かっているんだろうな」
「はい、難陀様」
「兄さん、私も忙しい身なのでこういうことのが起こらないようによろしくお願いします。大蛇がこの地域の守護ということは今度は久々に私の仕事の手伝いをしてくれませんか?」
「そうだな。雲の中で一暴れするのもいいか」
「ここ最近は雨を降らせるのを止める仕事も多いのです」
「天罰もバランスが大切だが、近頃の人間どもは異常気象という言葉にすべてを置き換えて物事の根本を摩り替える。滅びの道が近づいてきていることに気付くこともないのだからな」
「それは否定できませんが、それでも僕はこの時代を生きて死んでゆきたいと思っています」
「おかしな人間だがお前はおもしろい奴だな。社を具現化するのはお前の案だ。毎日とは言わないが大蛇に顔を見せに来てくれ。もちろん、わたしも来る」
「もちろんです。それでは具現化します」
勇人は目を閉じて、集中している。
「終わりました。この扉を開けた現世には社が出来上がっています」
「勇人あんたいつのまにマスタークラスの力の使い方を覚えたの」
「例のじいさんに教えてもらった。あれも夢なんだけど現実なんだと今回の一件で信じることができた」
「新木勇人、大蛇、それではワシは弟の手伝いに行って来る。この地域を頼んだぞ」
「分かりました」
2つの龍線が大空の彼方に消えていった。
「さてと、俺も行くか」
翔が帰ろうとする。
「勘違い男、今回はありがとう」
「勘違い男はやめろ、俺には真庭翔というイケメンの名前がある」
「やっぱり勘違い男だ」
「うるさい。それじゃ俺も帰るわ」
そういうと翔は消えていった。
「翔のやつ、舞子様に挨拶も無く消えたな」
「どんな人間関係だ」
「まあ、今回は許すか。勇人が無事だったし」
「舞子にも世話になった」
「何にも出来なかったけど。勇人1人で片付けちゃったね。あんたは子供の時からそういうところは変わってないんだって久々に思い出したよ」
「久々というか、子供の時以来だな」
「新木勇人、今回は本当に世話になった。私だけでなく、難陀様まで助けてもらうことになるとは思ってもいなかった」
「いや、あれは僕みたいなのがマスタークラスになったことが原因かもしれないし」
「それはない。私の封印を解いたということはすでに邪気を纏われていたということだ。私と難陀様が邪気を纏い大暴れすることになっていたらこの地域だけでなくこの島(日本列島)が危機に瀕していたかもしれない。ましてや、八大龍王の争いに発展していたらアジア、世界全域を巻き込む恐れもあった」
「その時は神様だけでなく仏様も対処するのでは」
「勇人あんた良く考えて。八大龍王の対立ということは神様や仏様も対立するということよ」
「そうだった。そんなことを考える余裕もないし、考えていたら何も言葉が出なかったかもしれない」
「あんたらしいわ」
舞子が大笑いしている。
「私はあなたに作って頂いた社の中でこの地域を守護しますので問題のあるときはいつでもお呼びください」
「いえいえ、祭神が社を離れてはいけません。助けが必要なときは祭神である大蛇さんの神社に僕が会いに行きますのでよろしくお願いします」
(難陀様、人間のマスタークラスというのは悪くないかもしれません)
(そうだな、大蛇)
大蛇は難陀と会話をした。
「それじゃ、大蛇さん、後はよろしく頼みます。フニャっている新木勇人というぬいぐるみを連れて帰ります」
いつの間にか勇人は意識を失っていた。
舞子は勇人を抱えて、消えていった。
勇人の表情は笑顔で満ち溢れていた。