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【第九話】飛航試験・二




 俺の釈明に満足して今後の方針を示したヴィオリアを送り出すと再び自室へ篭ることにした。

 兄貴達はSA魔導噴進器を搭載して組み上げたK八六を整備台に固定して地上試験を行なうのだ。各部位の最終確認といった感じの作業である。顔を出しても良いのだが、実際に乗るまでは作業する人間の邪魔をしたくはなかった。夕方の打ち合わせまでは待機だ。


 試験中隊の連中は揃いも揃って入れ替わり立ち替わり不満を述べにやって来る。新型の試験という滅多にない作業を担当できないという無念さをぶつけて行くのだ。

 気持ちは解るのだが新しい玩具を彼らに与える場合には、与える側が慎重に検討してからでないと後々困る場合があった。飛航技術だけなら実戦部隊の中隊長クラスである。しかし人殺しよりも技術に興味を持つ技術者上がりの連中なのだ。玩具への執着も強い。

 今回のK八六のように面白いが明らかに怪しい試製飛航具を担当させて問題を起こされては困る。本末転倒な話なのだが技術に対して真摯な姿勢を持っているから問題が起こるのだ。俺が指名された理由は道化を演ずることが可能というベリヤノン家の都合だった。

 彼らを宥めながら夕方になるのを待っていた。




 今週の当番兵はベルナウ・エルティエ予備兵曹だった。十八歳の士官学校卒業者だ。パウルと同じ平民階層の出身だが階級は王国空軍准尉である。空軍は士官学校卒業者を准尉として飛航士採用し、予備兵役期間の終了時点で問題が無ければ少尉へと昇進させる方針だった。パウル同様、王国空軍へ第一期として入隊の新兵である。第三要撃中隊へと割り当てられた予備兵曹のひとりだ。

 空軍は士官学校すら独立させる計画を持っている。何もかも独立独歩を目指すのは構わないのだが予算を得られない内は厳しい。

 ベルナウはパウルよりも大人びているし軍隊の規律的な行動にも慣れている。さすが士官学校卒業の看板に嘘偽りはなかった。


「どうぞ」


 ベルナウは畏まった仕草で果実を搾ったジュースを出してくれた。俺の好みは浸透したようだったが礼儀については個人差がある。これは仕方ないことで俺のやり方が悪いのだからベルナウを責めるのは筋違いだろう。パウルのような魔術学院出の少年とは違うのだ。魔術学院の成績はパウルよりも劣るのだが軍人としての評価ならベルナウには一日の長があった。軍隊とは不思議な場所なのだ。


「ベルナウは何処志望なのだ?」


「まだ決めておりません。本当は大佐の魔術兵団に憧れていたのですが、現在は改組されてしまったので無理な願いとなりました」


 彼は左腕にトレイを抱えて直立不動の姿勢をとる。


「魔術兵団とは懐かしいな。先の北方戦役で華々しい戦果を挙げたという印象なのかな?」


「私はまだ小さな子供でしたが、私の一家は大佐の魔術兵団に命を救われました。その頃からの憧れなのです。子供の夢ですが」


 ベルナウは頬を赤らめながら、きらきらとした瞳で答える。


「ベルナウは北部地方の出身だったのか。でも、俺の居た部隊とは限らないだろう?」


「若き英雄の活躍は戦争中に既に有名だったのです。敵国の兵団に楔を打ち込んで背後から殲滅した戦いは何度も劇になりました」


「そういう無茶な戦い方をしないと危なかったのだ。無邪気に誉められるようなものではないさ」


 彼の話した戦いは突出した敵の兵站を殲滅して断ち切るのを目的とする作戦だった。我々は迂回して侵入して行く。そして主力部隊は敵の補給品の集積所と輜重部隊と輜重兵達を纏めて屠るのが目標。俺の居た隊は敵兵団の背後から後方の魔術兵達を速やかに屠るのが目標だった。俺達は素早く風の術を発動させて辺り一面を高速のかまいたちで満たしてしまう。同時に背後で巨大な炎の塔が立つ。

 敵の輜重兵達がどれだけ居たのかは知らない。あの猛火に巻かれて無事だった者はいないだろう。敵の魔術兵達の体はバラバラに千切れ飛び、辺りを舞い踊っていた。魔術兵達の加護を失なった敵の兵団は恐慌状態となる。俺達は本隊の撤収時間を稼ぐために何本もの炎の塔を立てて行く。敵兵達は槍も長剣も投げ捨てて地にひれ伏している。炎の塔は次々とその体を巻き込んで焼いて行った。

 当時の我々魔術兵団の戦い方は『機動魔術兵団』と言えるものだった。合言葉は『最も調子に乗ってる奴らのどてっ腹に風穴をあけてやれ』という。最初から捕虜を確保するつもりはなかった。国境を越えられ国土を侵略された憎しみを全て敵の一般兵士達へとぶつけたのだ。敵の魔術兵達は皆殺しにするのが我々の義務である。魔術兵の数を減らせば敵の継戦能力は無くなったも同然だった。


 先の北方戦役での活躍が如何に華々しくとも、次の南方戦役が休戦となる頃には魔術兵団の解隊は決定していた。ベリヤノン家の魔導兵器群は魔術兵団の代役を充分に務められたのだ。魔術兵団は解隊されて本隊は近衛の王宮守備隊にその名誉を留めている。王立魔術学院の講師となり後輩を指導している者もいる。充分な恩給に実家へと帰り農家になった者もいる。俺のように戦場を求める者も。

 ベルナウもパウルと同じなのだろう。幻影に憧れて生きてきたのだ。夢を壊す趣味はない。いつか自分の輝く夢を見つけてほしい。




 日が傾く頃に呼び出されて待機所にある作戦説明室へと向かう。最も大きな説明室は中隊規模収容の四十人くらい収容できる部屋。他にも小隊規模収容の十人くらい収容する部屋が複数ある。今回は大きな説明室を使う。兄貴と姉貴とヴィンスを始めとする兄貴の技術者達。当基地から俺と親父さんことロキシスとディアの三人だけが参加する。この構成が既に異常だった。整備士は不要なのか?


「明日以降のK八六の飛航試験に関する説明を始める。質問のある者は適時挙手すること」


 クロストフ兄貴は淡々と説明を進めて行く。親父さんは俺の隣で浮かない顔をしているし、ディアはメモをとるのに懸命だった。


「今回はK八六の熟成不足のためSA魔導噴進器の全開出力試験は行なわない。低速域と中速域での挙動確認と離着陸の確認のみだ」


「SAの全開試験はグディにしかできないのに、無駄な時間を掛けさせられて迷惑な話ですこと」


 ヴィオリア姉貴が不満を述べるけれど、兄貴もヴィンスも技術者達も黙って受け流す。まるで演劇でも見ているような案配だった。

 親父さんの表情はますます暗くなって行き、ディアは心から残念そうな表情を見せている。裏側を知っている俺は傍観していた。

 何ひとつ波風は立たないままで打ち合わせは終了してしまった。良く出来た演劇の上演時間としては充分な時間だと思う。退出して行く親父さんに『きちんと確認はする』と耳打ちしておいた。兄貴を呼び止め単刀直入に伝える。


「ベリヤノン家の人間だけで話をしたい。時間をくれないか?」


 クロストフ兄貴は待ってましたとばかりに笑顔を見せる。


「それは夕食の後でいいだろう? ヴィオリアとディアも一緒に、四人で食事をしようじゃないか」


 全ては兄貴の計算通りなのだ。




 士官食堂の『離れ』に座る四人の中ではディアの困惑した表情が最も傑作な顔だと思う。ベリヤノン家の者達と嫁という構図は周囲の注目を集めてしまうに違いないのだ。ディアにとっては居心地の悪い空間で食事は進んで行った。姉貴とディアが並んで兄貴と俺が並ぶ。今日は貴族用のフルコースだった。実はヴィオリアは平民用でも構わないのだが『太るから』という理由で控えている。

 貴族用を食べるのは兄貴の趣味なのだ。全く悪趣味な人間としか言いようがない。味付けに拘るのではなくベリヤノン家の者だから貴族の様式を利用するということらしい。貴族らしく生活するなどそれほど意味のあることとは思えない俺には理解不能だ。ディアも平民用の味付けに慣れてしまったので困っている。調理当番兵が腕に縒りを掛けて拵えた貴族用フルコースは歓迎されていなかった。


「大分こちらの生活に慣れたようだね。良いことだ」


 クロストフ兄貴がディアにかけた言葉は、俺が思わず食事を噴き出しそうになる内容だった。姉貴から全て報告を受けているのに、素知らぬふりをして優しい言葉をかけている。ディアは返答に困って涙目で俺を見ている。すかさずヴィオリア姉貴が助け舟を出す。


「ディアは向こうでも直ぐに順応できたもの。別に難しいことではありません。グディだってそばに居るのだから尚さら大丈夫よ」


 姉貴はにっこり微笑んでディアを見つめる。


「あっ、あのっ、隊長には余計な心配をかけてしまって……なのでまだまだだなあと思いました」


 ディアは目を白黒させながら、必死になってベリヤノン家の腹黒二人に対応しようと努力している。可哀相だが傑作なコメディだ。


「そんなに緊張する必要はないのだよ。直ぐに兄さん姉さんと呼んで貰える間柄となるのだからね? 家族だと思って良いのだ」


「でも、ヴィオリア様はわたくしの先生です。クロストフ様は隊長だった方で……存在が大き過ぎてとても我が家の人間と同じには」


 ディアが絶句してしまったのは無理もないことだろう。立場が逆なら俺が汗をかいている状況だ。


「そこでグディの名前が出てこないことにほっとしているの。弟を気に入ってくれたのだと思うと、わたくしは嬉しくて涙が出そう」


 ヴィオリアは臭い芝居でディアの外堀を埋めてしまう。ハンカチを目頭へと当てる仕草など不要だと思うのだが。親父も母さんも健在な我が家なのだし、この二人が俺の親代わりというわけではないのだ。ディアは顔を真っ赤にして重圧に耐えている。手を握ってやりたいのだが無作法な真似をして彼女をさらに苦しめるのも可哀相だった。悪趣味な兄貴と姉貴には本当に腹が立つことがある。

 ディアがのぼせて倒れてしまう前に食後の果実酒を一杯飲ませてお開きとした。恐らく今日は気絶するようにぐっすりと眠れることだろう。何も考えずに体を休めて貰いたかった。この数日で本当にディアのことを大切に思うようになっている。勝手な話なのだが。




 士官食堂を後にして自室でベルナウに勤務終了を告げて帰すと、後は策士二人の来訪を待つだけだった。兄貴と姉貴の考えを確かめておかない限り今回の飛航試験を部下達に納得させる自信はない。どうせロクでもない状況なのだろうことは既に十年前に経験済なので理解している。違うのは部下達を抱えているということなのだ。彼らの疑念を払拭してやる言葉を自信を持って発したかった。

 相前後してやって来た家族達をソファーへ掛けさせると、直ぐに本題へと入らせて貰う。


「今回のK八六とSAはどちらも次期装備ではないと考えている。正面装備はおろか後方装備ですらないのだろう」


 俺は二人をしっかりと見つめて問い掛ける。


「どういうつもりなんだ? 俺は部下達を預かる立場なんだ。皆の疑問を封じ込めて作業させられるとでも思っているのか?」


「それが最も望ましい状態だな」


 兄貴は当然のように答える。


「SAは完璧なのよ。何も恥じることはないわ。むしろわたくしは残念に思っているくらいなの」


 姉貴は澄ました顔で言い放つ。


「結局のところ何がしたいんだ? 俺を使って何をやらかしたいと考えているのか、はっきりさせておいて貰いたい」


 俺は二人を睨みつけているつもりだった。政治的なことをあからさまに現場へ持ち込もうとしている者達は好きになれないのだ。


「恐らくお前の想像している通りの目的なのだ。派手に見せてやる必要があるのだよ。危機感を抱いて貰わなくてはならないのだ」


 冷たいと思わせる声音だった。


「派手に墜ちてくれて構わない。お前が死なない限りK八六が粉々になろうと全く問題ないのだよ。むしろ派手なほうが都合が良い」


 王国軍戦闘技術兵団参謀であるクロストフ・ベリヤノン王国軍技術少将の言葉は予想された通りの内容だった。飛航士も整備士も馬鹿にしている要求だ。ならば俺とディアの婚姻も、背景は貴族達の政治的な綱引きのため成立させるということ。馬鹿げた話だと思うが、それがベリヤノン家の決定だった。





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