六話
AC内での動きで気をつけなければならないのは、まず歩き方だ。施設内を走るなんて行為は問題外。移動手段は徒歩のみ。早歩きはグレーゾーンになる。慌てた様子で体を揺らし、足早に進む姿は美しくないと判断され、芸術点として減点されるかは微妙なラインだが、加点されることはまずない。
目的の品を手に入れるには目的地へ早く進むことが肝心となる。しかし、走れば減点は確実。そこで、歩く速度を上げながらも、その動きに焦りを見せない方法はないのだろうか。俺はジュニア時代にその壁にぶつかり、試行錯誤を繰り返していたが、その答えは意外なところにあった。
何故、早歩きは醜く見えるのか? それは上半身が激しく揺れる姿が見苦しいためだ。ならば、上半身をぶれささずに、腰の高さをできるだけ一定にすれば、見た目の良い歩き方になるのではないか。その結論にたどり着いた俺は、寝る間も惜しまず調べ上げ、条件に当てはまる歩き方を見つけ出した。
それは古武術の歩法だった。まさに自分の上げた条件に一致する歩き方で、この動きを学ぶことにより体の安定感も増すため、プロスポーツ選手でこの歩法を取り入れている人もいるそうだ。
減点にならないギリギリの速度で歩いていたレンタランカーを、学んだ成果を見せつけるかのように軽く追い抜く。
「なっ、なんで抜かれたんだ俺。あいつそんなに早く歩いてないだろ」
驚きの声が後方に遠ざかる。この歩き方、実は歩く速度としては思ったより出ていない。もちろん、普通に早歩きするよりかは早い。だが、この歩法は予備動作を無くす動きをする為、見ている側からすれば初動が予期できないため、それこそ瞬間移動したかのように見える。
そう、これがレンタル品を手に入れる為だけに学び、磨き上げた俺の武器その一だ!
この動きを駆使してまず、指定された品が置いてある可能性が高いコーナーを目指す。ライバルの邪魔をして点数を下げさせる方法もあるのだが、俺はその方法を好まない。
指定した作品で一番近い位置にあるはずの【ぐっしょり学園】から狙っていくか。この作品ジャンルは学園物になるため、入り口左端の壁際コーナーにあるはず。ランクはB+でAには及ばないが、いつの時代も学生服関連は需要があるようで、人気のある女優が出ている作品でもあるので競争率はなかなかのもの。
学園物コーナーにたどり着くと、まずは平台を確認する。棚に詰め込まれ背表紙しか見えない作品は基本、人気が無いか古い作品になる。新作で尚且つ人気がある作品の為、ターゲットは棚の前に並べられた平台の上にあるはずだ。
真っ先に入り口から突入できたのが功を制し、周囲にはまだ人影が無い。ここで慌てて端から順番に探していくなんて愚行を犯すわけにはいかない。
ここで大事なのは一度に空間を把握すること。今回のターゲットである作品の表紙は完全に把握してきた。映像は完全にインプットされている。
体の力を抜き、視界に移る全ての映像を頭に送り込み、用意していた映像と一致する場所を特定する。文字で確認するのではなく全体の映像で把握をする。そして、脳内映像と合わせて重なった作品を見つけ歩み寄り手に取った。
この訓練はひたすら視野を広げ直観力や理解度を鍛えるもので、暇があれば間違い探しをやり、全体図を一気に把握する方法として速読術も学んだ。
そこで探索モードだった意識を戻し、改めて手元の作品を確認する。
よっし、ぐっしょり学園で間違いない。次のターゲットへ向かおう。
「あれ、ぐっしょり学園、ぐ、ぐ、くの欄に作品がないな」
一足遅かったレンタランカーを尻目に再び移動を開始する。
問題は次をどちらにするか。【あなたの指で 暴走させて】はA以上のSランクの作品で人気もかなりある。が、AC一番奥の壁際に置かれている可能性が高く、ここからでは距離が遠すぎる。Aランク以上の作品は基本、一番奥のコーナーが定位置となっている。その為、レンタランカーも多く集まっており、狙いの品を手に入れるのはリスクが大きい。
それに、そこには彷徨える帽子と雑食紳士がいるはずだ。戦いは避けられないとしても、最後に回しておく方が無難だろう。
となると、【月刊 hand48】から攻めるか。この作品は、24人の若手人気女優を一気に集めた作品で、俗に言う乱交物というジャンルに入る。
こういう実際にはあり得ない状況の作品は、固定ファンも多く24人も女優が同時に参加している作品は他にないので、かなりの話題作となっていた。48と名乗っているのに24人しかいないのも、hand、つまり手の数は倍の48でしょということらしい。
本来なら注目度ランクAだったのだが、この作品が発表されて直ぐに【アカン48】という作品が発表された。そっちは本当に48人もの人が参加するので、話題も注目もそちらに全て持って行かれてしまった。現在はそのせいでB+というランクになっている。
現在は入り口近くの一番左端壁際にいる。次のターゲットは厄介なことに、一番右端に置かれているはず。複数プレイの作品は右壁際に置かれるのがセオリーだからだ。
内心の焦りは見せず、自らが鍛え上げた歩法でAC内を進む。もちろん、他人へ体をぶつけたりはしない。他のレンタランカーがどんな作品を選んでいるか気になるところだが、じろじろ見るのは減点対象になるため、意識を集中せずに視野を全体に広げ、視界に飛び込んだ物を読み取る。
俺と同年代ぐらいのやつは既に二作品手に入れている。二作品とも、熟女物か。若くしてなかなか、面白いセンスをしている。
あのお腹の出た真面目そうなオジサンは、女子高生作品を選んだのか。ということは、おそらく独身だな。この時代、家族がいて女子高生物を借りる勇気があるお父さんは少ないだろう。
あっちの筋骨隆々のお兄さんは……あ、うん、見なかったことにしよう。別に悪いことじゃないから、いいんじゃないかな。うんうん。できるだけ近づかないように心がけておこう。
周囲を観察しつつ歩を進めるが、何人かはこっちらの様子をうかがっているが妨害に入る気はないようだ。基本自分の作品を手に入れるのに夢中で、それどころではないといった感じか。
ほぼ最短移動ルートで突き進み、目的場所についた。
「遅かったな」
俺の耳元で見知らぬレンタランカーが囁いた。慌てることなく横目で相手を確認するが、見覚えはない。まったく見知らぬ顔だ。ただ、人を小ばかにしたニヤついた顔が癇に障る。
「二位ってのも大したことは無いな」
そこまで言うと、足早に立ち去って行った。アイツは俺のターゲットを先に手に入れたとアピールしたかったのか。それにしては……この目で一応確認しておこう。
hand48は新作ではなく、一年ほど前の作品なので平台に置いている可能性は少ない。この壁一面に並んでいる作品群の中から、背表紙の題名のみで探さなければならない。まずジャンル別の乱交棚へ移動する。もちろん、移動途中も万が一の可能性を考え平台に並べられている作品のチェックも忘れない。
コーナー前に着いたら次は、名称ごとに分けられている札を探す。正式名称は【月刊 hand48】なので、ゲの欄に置かれていると勘違いしそうだが、月刊や週刊は無視して考えるのが決まりみたいなものだ。月刊作品何て幾らあるか……初めから迷わず、ハの欄へ目を向ける。ざっと見てみたが何処にも見当たらない。
やはり、アイツに取られてしまったのか。その可能性が頭を過ぎるが、おそらくそれは無い。あの囁き野郎は両手に何も持っていなかった。何も作品を手に入れてなかったはずだ。なら別の誰かが手に入れたのか……だが、アイツ本人が俺に勝ったと思わせる態度をしていた。
となると、アイツが何か余計な事をしたということか。作品を引き抜いて他の場所に移した……これは減点行為になる。それもかなり悪質と判断され、下手したら即退場の危険性さえある。そんな危ない綱渡りを嫌がらせの為にやるか?
それに、このハ行の欄から一つでも抜いたら隙間ができるはずなのだが、びっしりと隙間なく埋まっている。背表紙をざっと確認して見当たらない。だが、ここから作品が抜けている様子もない。
考えられるのは――これだな。
背表紙に何も書かれていない作品を引き抜くと、表紙に【月刊 hand48】と描かれている作品があった。
何のことは無い、一度引き抜いた作品を逆さまにして入れ直しただけ。背表紙が奥になるためこちらからは背表紙が見えなくなり、見逃していただけの話。単純だが一瞬考え込んでしまい、時間をロスしてしまった。
この行為も嫌がらせではなく、戻すときに間違えたと言い逃れができる。なかなか、くだらない妨害工作だが、ちょっとイラッときた。だが、冷静さを失えば相手の思う壺。冷静になれ、落ち着け。




