最終話
あれから二日後。俺たちはとんでもない場所へ足を踏み入れていた。
足元に敷かれた絨毯は、靴越しだというのに毛触りの良さが伝わってくる。むしろ靴を脱いで裸足になりたくなる。壁際の本棚には分厚い専門書や、バインダーが無数に詰め込まれている。
そして、大きな窓をバックに、頑丈な木造りの机に両肘を置いてこちらを眺めている、スーツを着こなしたご婦人は――ご存じ総理大臣、観方音菜だ。
「そんなに緊張しなくていいわよ。ここは防音もバッチリだから、もっと気楽にして」
「そんなこと言われても、国会議事堂の総理大臣室で落ち着けるわけが」
隣で激しく頭を上下しているのは、彷徨える帽子――いや、今は女の子状態だから、むっちゃんか。
「ここも懐かしいですな」
雑食紳士が、辺りを感慨深げな表情で見まわしている。
「あの戦いを見事に制した貴方たちには、全ての疑問を知る権利があります。さあ、何でも聞いてちょうだい」
今の観方音菜は、テレビで見る真面目な総理大臣の姿と、AC内での姿を足して割った様な雰囲気をしている。威圧感がありながらも、表情はどこか楽しそうだ。
「別にもう効きたいことは殆ど雑食から聞いたから、特にない」
この部屋に入ってから一度も目を合わさず、拗ねたようにそっぽを向いて、むっちゃんが答えた。
「そう、じゃあ、貴方は……生成くんはどう? 何でもOKよ。特別にスリーサイズだって答えちゃう」
年齢に合わない可愛げのある仕草と言葉なのだが、見た目の若さも相まって違和感が全くない。
「……いい年こいて」
むっちゃんが隣で何か呟いたが、ここはスルーしておこう。
「本当に何でもいいのですか?」
「もっちろん! せっかくの勝者の権利なのに、この二人興味なさそうだし。だいたい爺がネタバレしすぎなのよ」
腕を組んで頬を膨らまして怒っている姿も、妙に似合っている。
「じゃあ――むっちゃんに、こんな名前を付けた本当の理由を教えてもらえますか?」
その一言で、場の空気が張り付いたのを肌で感じた。
これは家族の問題だから、俺が口出すべきではないのかもしれない。でも、このままでは彼女がそれを母親に問いただすこともないままで終わるだろう。
「何のつもりだ」
隣に座る彼女は、俺の腕を引っ張り、鋭い目つきで睨みつけている。
「戦場で初めて貴方を見た時、彼女から聞いていた話と、違い過ぎる貴方の態度に違和感を覚えました。てっきり、冷たい態度で彼女に接するのかと思えば、母親としての顔で愛情のある対応をしているように……俺には見えました」
総理大臣から、さっきまでの柔和な顔は消え去り、強い意志が感じられる眼光が俺に突き刺さる。
思わず目を逸らしたくなるが、ここは睨み返すぐらいの気迫を見せないとダメだ! 他人の家族事情に無断で足を踏み入れておいて、逃げることなど許されるわけがない。
最高権力者から注がれるプレッシャーを正面から受け止め続ける。どれぐらいの時間そうしていたのかは分からないが、この状況に楔を打ち込んだのは雑食紳士だった。
「もう、良いのではありませんか。お嬢様も子供ではありません。本当のことを話しても受け入れてくれるはずですよ」
雑食紳士の優しく諭すような声に、総理大臣が小さく息を吐き、肩の力を抜いたように見えた。俺にのしかかっていた重圧感も失われ、大きく深呼吸をした。
あまりの、プレッシャーに息をするのも忘れていたよ。
「ここから先は独り言だから、信じるも信じないも好きにして」
怒ったような表情をして立ち上がると、こちらに背を向け窓の外を眺めるような格好になった。振り返る一瞬、横顔が少し照れているような感じがしたのは気のせいだろうか。
「私は昔からこの国を建てなおしたいと考えていたの。研究者としてやっていたのも、この研究結果を足掛かりに国の権力者とのパイプを繋げないかと考えた為よ」
こちらに向き直ることもなく、背を向けたまま話し始めた。
右手を掴まれる感触がしたので、隣に目を向けると、肩がつく距離まで近づいた、むっちゃんが左手で俺の手を強く握りしめていた。
「結果、この能力は思った以上の力を発揮することが分かり、そして自分に目覚めたこの力を有効利用してのし上がることを考えたの。丁度、その頃よ……この子を身ごもったのは」
問題は、ここから先だ。
掴まれた手の甲に、むっちゃんの汗ばんだ手のひらから小刻みな震えを感じる。彼女の緊張がこちらにまで伝わってくる。
「私が権力を手に入れ理想を現実にするには、多くの組織を敵に回すのは目に見えていたわ。私自身はこの力があるから、どんな相手が来ても何とかできる自信はあった……でも、この子を守り抜くことができる自信はなかった。なら、どうすればいいのか。自分の夢をかなえ、尚且つ――大切な我が子を危険から遠ざけるには」
息をのむ音がしたが、あえて彼女の様子を覗き見ることはしなかった。ただ、握られていた手を回転させ、掌で彼女の手をしっかりと握りしめた。
「苦肉の策として、娘を私の籍から外し、父親の姓を名乗るように手続きをした。これだけでは足りないのは分かっていたから、あえて女の子を産んだことはあるという情報だけは、詳しく調べれば分かるように細工しておいて、子供は男の子として登録したの。この子は書類上男性として育てられていたのよ。そこら辺の手続きは、この力を使って痴態を晒したのを映像として残しておけば……ね」
そんな姿を撮られたら、黙って従うしかない。改めて思うが、なんて恐ろしい能力なんだ。
「……微かにだが、覚えている。ずっと、この名前のせいで男呼ばわりされていた記憶だと思っていたけど、実際に男の子として友達と遊んでいた記憶が……ある」
彼女にも思い当たる節があるようで、もっと否定の言葉が出るかと思っていたのだが、母親の言葉を素直に受け取っているようだ。
「それだけでは、まだ不安があったから、私の政策に共感し力を貸してくれていた爺に、娘の事を頼んだの。爺の能力があれば、大抵の事からは守ってくれるはずだから」
「懐かしいですな。音菜様が涙を流し、土下座をしてまで私に懇願したのでしたね。『自分の夢も大事だけど、この子も私の夢なの。この子が大きくなったとき、国民が誇れる幸せな国で過ごさせてあげたい。だから力を貸して!』でしたか」
「じ、爺! それは内緒でしょ!」
勢いよく振り返った総理大臣の顔は真っ赤で、両手を上下にばたばたさせながら慌てている。その姿は――むっちゃんが照れた時にする仕草とそっくりだった。
「あー、えーと、んっ! まあ、そういうわけで、娘にそんな名前をつけて男性として育てて、物心ついた頃に改名させようと考えていたのだけど」
そこで総理大臣はちらっと、横目で彼女――むっちゃんを見た。急に視線を向けられた彼女は困惑気味の顔で、その視線を受け止めている。
「この子が抵抗したのよ。私はこの名前でいいって。この名前が好きだから、変えたら嫌だって」
ガタッという音をたて、彼女の全身が上下に大きく揺れた。彼女が今どんな表情をしているか気になったので、覗き込もうとすると、顔ごと逸らされた。
「だ、だって、子供の頃は良く分かってなかったから、別に気にしてなかったのよ……」
うつむいて、消え入りそうな声で呟いている。横顔は……とても焦っているようにしか見えない。
「それで、もう少し大きくなってこの子が自主的に名前を変えたいと、爺にでも相談してくれれば直ぐに変えられるように手を打っていたのだけど、知っての通り意地っ張りでね。そんなことをするのは、私に負けたと認めるようなものだと思ったらしく……この現状になったわけ」
「だって、自分の力で何とか見返したいと思うじゃない。母さんを見返してやろうと、困らせてやろうと普通考えるわよ」
つまり――俺は壮大な親子喧嘩に巻き込まれた。そう考えて間違いなさそうだ。
なんだかなぁ。殺伐とした結果より、いい終わり方だとは思う。だけど、今日の会談を心配して睡眠不足の日々を過ごしてきたことを考えると、全身から力が抜けていくようだよ。
「音菜様はそれだけではなく、お嬢様のその決意と母親を見返したいという願望が《Sデザイア》を目覚めさせる可能性もあると考え、あえて誤解を否定せず、その母親像を貫いたのですよ。娘が力に目覚めてくれたら、自分の身を守れるようになり、安心できるからと。その頃からですよね、周囲の反対を押し切り精規制法を実行させたのは」
最低な母親かと思っていたのに、実際は誰よりも娘の事を考え、形は違えど愛情を惜しみなく注ぎ込んだ母親だったのか。国さえも自分の娘の為に動かすぐらいの溺愛っぷり。
「あらかたは分かりました。じゃあ、最後の質問があります。男の子っぽい名前にしたのは理解できたけど、なんで読み仮名を、むしにしたのです?」
武志という男らしい感じにしたのは完全に理解した。だが、読み方は、たけしで良かったはずだ。わざわざ、むしと呼ばせることは無かったはず。
「それね。実は、このことは私が独断で決めて、旦那に手続きを全て任せたのよ。ほら、国会進出に向けて下準備やらが本当に忙しくて。それでまあ、自分に黙って事を進めていた事、自分の存在を無視して決めたことにキレた旦那が、独断でその呼び名にしたのよ。私に対する嫌味も込めて、むしってね」
まさか、元凶が父親だったとは。そういや、むっちゃんから父親の話を一度も聞いたことが無いな。
「えっ、父さんだったの! でも、あの、父さんと会ったことはないけど、爺は父さんは良い人だってずっと言ってた!」
「申し訳ありません、お嬢様。真っ赤な嘘です」
あっさりとした返答に、必死な顔で雑食紳士に詰め寄っていた彼女の動きが止まった。
「あーあ、言っちゃった。ほら、あまりの衝撃に氷りついているじゃないの」
「何を他人事みたいにおっしゃっているのですか。そもそも、貴方の指示でしたまで。私には、これっぽっちも罪はございません」
「だって、両親二人から愛されていない、なんて思わせたくなかったのよ。私が嫌われるのは構わないけど、片親からだけでも愛されている事を知ってほしかったから」
「旦那様は、あの後直ぐに消息不明になりましたからね。我々も偽装された書類をそのまま信じていましたので、ずっと、たけしで登録されていたものだと思っていました。大きくなり正式な書類で確認した時は、心底驚きましたよ」
「奇抜な名前が当たり前に存在する世の中に、なりつつあった頃だったから、役所もとくに疑問視しなかったのよね」
罪の擦り付け合いから、昔話を懐かしむ穏やかな空気になっているが、それで納得できない人がいるよな……ここには。
「じゃあなに、私はずっと騙されていて、本当は母さんに嫌われてなかったのに勝手に恨んで、父さんは良い人だと信じていたの……」
痛い、痛い! 手の骨が軋みそうなほど力強く握られてる!
ゆっくりと立ち上がった、彼女の顔には――鬼が宿っていた。
「ち、違うのよ! 私はほら、貴方を思ってね。分かるでしょ!」
「そ、そうですぞ。我々はお嬢様の幸せを願ってですね」
「私の事を思ってやってくれたのは、分かってる! でも、それでも、ちゃんと母さんに愛されているって知っておきたかった!」
彼女は心にずっと秘めていた想いを大声でぶちまけると、涙目で母親を睨む。
「ご、ごめんなさい。そうよね、娘の本当の幸せを考えるなら、そうするべきだったわ」
「お嬢様、申し訳ありませんでした」
二人の謝罪の言葉を聞いた彼女の、釣り上がり気味だった目尻が下がり怒りを治めると、今度は口角が釣り上がった――まるで、悪戯を思いついた子供のような表情をしている。
正直、悪い予感しかしない。
「うん分かった。それは納得したから。あ、そうだ。母さんと会ったらやりたいことがあったんだ。叶えてもらっていいかな……」
照れたように、胸の前で合わせた両手の指を動かしているが――顔笑っているよな。
「え、ええ! もちろん、どんときなさい。何でも言っていいわよ」
怒りが静まった様子を見て安心したのだろう、満面の笑みを浮かべて両手を広げている。何でも受け入れる気持ちを体で表現しているのだろう。
後で、後悔しないといいんだけど。
「良かった。ありがとう。じゃあ、私の望みは、母さんを一発殴ること! ということだから、思いっきり顔殴らせてねっ!」
満面の笑みを浮かべて、指を鳴らしながら近づく姿が怖すぎる。
「ちょ、ちょっと、母親に暴力は駄目でしょ! それに顔は駄目! 国会運営にかかわるから! 爺っ、傍観してないで助けなさいよ!」
「はて、私はお嬢様の執事ですから、お嬢様以外の命令は了承できませぬな」
雑食紳士は楽しそうに眺めている。過去の確執がとれた今、この状況ですら嬉しいのだろう。ずっとこの親子を誰よりも側で見てきた、彼にとっては。
「寝返ったわね! ふんっ、いいわよいいわよ。総理大臣が伊達じゃないってことを見せてあげる!」
総理大臣が土壇場で見せた表情から危険を察した俺は、咄嗟に行動に移っていた。
「賢者モード!」
「強精力、解放!」
「おふうっ」
「ああっうぅ」
二人が艶めかしい声を上げ、その場に崩れ落ちそうになっている。
俺はぎりぎり間に合った《Sデザイア》賢者モードのおかげで、回避できたようだ。
「うふふ、どうよ! 母親に勝とうなんて一億年早いわ!」
誇らしげに胸を張っているが、それやばくない?
「あ、あふぅ」
どうやら、胸を張ったせいで敏感な部分が服の内部で擦れたらしい。今は衝撃を緩和するタイツも着ていないみたいだ。
「さて、自爆しているところ悪いですが、能力を切ってもらえますか?」
「生成くんは、賢者モード発動間に合ったのね……これは大ピンチかな」
それでも、どこか余裕を感じさせる態度なのは、総理大臣としての虚勢なのだろう。
「抵抗されても構いませんが、私は彼女の味方なので貴方を羽交い絞めにしてでも、連れて行きますよ?」
この状態で全身を抱きしめられたらどうなるか、言うまでもない。
「や、やめなさい! くうっ、絶体絶命の状態。だけど、総理大臣は伊達じゃないわよ。非常事態の一つや二つ対処する策は用意してあるわ。さあ、貴方たち力を貸して!」
机の裏側に手を伸ばすと、そこに何かスイッチでもあったのだろう、右壁際に置かれていた本棚がスライドし、人一人が通れるほどの穴が現れた。
そこから、三名の見慣れた人物が姿を見せた。
「ふっ、お久しぶりね」
「あらぁ。何で皆さん赤ら顔なのですか」
「お、おっす生成。会えて嬉しいぞ」
何故、県大会一回戦の相手だった三姉妹がここにいる。
「あの戦いで、使えそうな力を持った三人を雇ったのよ。長女は近くに置いておけば、対能力者相手に有効そうだし、三女は国会で居眠りさせないように対策できるしね」
意外な三女の使い道だな。
「次女の《Sデザイア》は?」
一番厄介で、一番使い道が難しそうな能力なのだが。
「暴徒鎮圧とかかな。無差別範囲能力だから、面白そうだしね」
人質対策には最適かもしれないな。人質に取ったはずの女性が全員マッチョになったら……確かに気概が削がれて鎮圧できそうだな。その場面を想像したくはないが。
「さあ、貴方たちの初仕事よ! 彼らを鎮圧しなさい」
総理大臣が勢いよく手を伸ばし、命令を下す。
「はひぃっ」
だから、大げさな動きをすると自爆行為なのに。
「よっし、あんたたち、全力でやるわよ!」
長女の幼い顔が楽しそうに凶悪な笑みを浮かべた。作りは幼女なのに表情は大人の笑みをするギャップも悪くない。
「まさか、生成と再び戦うことになるとはな。でも、これも運命。乗り越えてみせる! 容赦はしないぞ! ドライ眼!」
少し容赦をしてくれても罰は当たらないと思うよ。
「あらまあ、じゃあ、私も全開でやらないとね。腐呪師を発動ー」
間延びした声で、もっとも恐れる能力が解放された。
――が、賢者モード発動中の俺に抜かりはない。俺へ直接影響を与える《Sデザイア》は防いでくれる。腐呪師もやはり俺の精神への影響する能力だったようで、俺の視界には変わらない光景が映ってるだけだ。……雑食紳士は死にかけているが。
「残念だったな。賢者モード中の俺には無意味だ。さあ、茶番はここまでにしてもらおうか」
俺は余裕の態度で歩み寄る。三姉妹の能力は俺には効果が無い。総理大臣の能力も無効化している。この五分という制限はあるが、発動中はここのメンバーに対しては無敵に近い。
「ホント厄介な能力ね。でも、その能力どの程度まで防ぎきることができるのかしら。きっと限界はあるはずよ。こちらの放出力を上げても無効化できるのかしら」
どうなのだろうか。実際まだ実戦投入も少ない能力なので解明されていない部分も多い。相手から放たれる能力を防ぐ限界が存在していてもおかしくはない。
「全力で放つと制御できなくなるけど、総理大臣としてここで引けないわね。次女の麻美ちゃんだっけ、私と合わせて全力でその力を解放して!」
「わかりましたー」
相変わらず緊張感の欠片もない声だ。
「いくわよー、本気出したら無差別広範囲能力になるけど、それもいたしかたなし!」
「えっ、ちょっとまて。それは大問題にっ――」
「せーのっ、強精力発動!」「腐呪師発どーう!」
俺が止めるより先にその、広範囲無差別能力がダブルで発動された。
これが、大惨事になることを予期していたのは、この場では俺だけだった。身悶えする快感に抵抗することに必死で冷静さを失っている面々と、状況が理解できていない三姉妹では仕方なかったのだろう。
彼女たちの能力は本来の範囲は半径百メートル程度なのだが、敵を選ぶことなく制御も無視して全力で発動すると五倍以上の半径五百メートルが範囲となる。
それも球状が範囲となる為、上下もカバーされる。ここは国会の二階中心部にある総理大臣の部屋。そこを中心として直径一キロの範囲にいる人が全員この能力の影響下に入ったのだ。
そう、国会は阿鼻叫喚の地獄絵図――というより、人様にお見せできない状況下に陥った。この日だけ、日本の中心部は一時的に機能を失うこととなった。
「それでも、特に問題が無い現実が恐ろしい」
あの大騒動を思い出すだけで、胃が締め付けられる気分になる。
教室内で、俺の誰に向けたものでもない呟きに、反応する人が一人いた。
「一体何の話?」
「知っているか、想。日本って、国会議員が一日仕事できなくても、何とかなるんだぞ」
「え、えっ? どうしたの急に」
隣で首をかしげている、想の姿に思わず微笑んでしまう。
「んや、別に。たまには政治の話もした方がいいかと思ってね」
「いや、似合わんだろ」
話に割り込んできた緋斗に言われるまでも無く、承知しているよ。
「年が明けて久々の学校面倒くさいぞ。まだコタツでぬくぬくしていたい」
「ちょっとそれは分かるかも。教室内はいいんだけど、廊下と登下校が寒いよね」
頷き合う二人を見ていると、何故だか落ち着く。日常の見慣れた光景を見ていると、心が穏やかになる。
色々あり過ぎた去年から、つい先日までのできごとが全て嘘のようだ。
「今日は短いからまだいいけどよー。そうだ、明日から休日だろ。明日どっか遊びに行かないか?」
「いいね、僕買い物行きたい! 生成くんに服選んで欲しいな」
上目づかいでおねだりするポーズやめなさい。心が揺れるから!
「悪い、その日はちょっと用事があるんだ」
そう、大事な日だ。
「そっか、まあ、それならしゃーないな。んじゃ、また今度どっかいこうぜ」
「残念だけどしょうがないか」
「何なら、俺と二人で行くか?」
「やだよ。緋斗と行っても楽しくないし」
「ひでえなおい!」
悪いな二人とも。どうしても外せない用事だからな。
「じゃあ、そういうことでまた誘ってくれ」
俺は机の脇に掛けられていたカバンを手に取ると、足早に教室を後にした。
翌日俺は全力疾走で目的地へ急いでいた。
「ごめん、待った?」
「遅い、五分遅刻だ」
肩を怒らせ、膨れっ面をしている彼女に謝りつつ、足早に近寄る。
頭一つ分小さな彼女は、こちらを見上げ不機嫌さを隠そうともしない。
「ほんっとゴメン」
寒さで少し赤くなっている頬を両手でそっと包む。
「あ、うん。まあ、いい」
それだけで機嫌が直る彼女が可愛らしくて、抱きしめたくなる。
「そろそろ、私の存在に気付いてほしいのですが」
彼女の斜め後ろに控えていた、タキシードを着こなした老紳士が客観的に観れば穏やかに見える笑顔をしている。注視すると、目が笑ってないのが分かる。
「いたんだ」
「いたのか」
「お二方、酷すぎますぞ」
いつものメンバーが集まったのには、もちろん理由がある。
「では、揃った事ですし参りましょうか」
「ああ、ここで勝って……なんだ、か、母さんに心配しなくてもいいことを、示さないとな」
「そうだな。よっし、気合入れていくか。戦利品も楽しみだ!」
「全国大会優勝者には――あえて、ここでは申しますまい。ですが、貴方の愚息が満足できることは断言しておきましょう」
「マジデスカ」
「大マジです」
これは期待が膨らむ。結局県大会優勝の褒美はあのごたごたで貰えなかったから、全国大会優勝者への特典にいやが上にも期待が高まる。
「おい、生成」
俺も学習能力がないよな。彼女の聞き慣れた感情を殺した声を聴く度に、そう思うよ。
「お前は、まだああいうのが……見たいのか」
あれ? いつもと違って怒ってはいるのだろうが、何か言葉尻に迫力がない。
「そりゃ、まあ、男だからね」
「だ、だったら! その、なんだ。そんなに見たいなら、私のを見ればいいじゃないか!」
「なっ」
顔面を真っ赤にして叫ぶように言った彼女の言葉に、驚きすぎて声も出ない。
「生成が望むなら、全部見せても……」
「いや、性癖が違うから」
申し出は嬉しいけど、趣味が違うだろうし。
俺の返答が予想外だったらしく、彼女は口を大きく開け呆けた顔でこっちを向いている。
「だって、むっちゃんの取ったレンタル品って、シンプルな感じのものだよね? ちょっと俺の好きなジャンルと違うはずだから」
「お、お、お、お前! そ、そっちのことかっ。そ、そうか、ああ、うん、良かった」
「えっ。そっちって、どっちのこと?」
「う、うるさい! もう、その話はいいんだよ。今日の戦いのこと考えるべきだ!」
相変わらず感情が顔や仕草に出て分かりやすい。この慌てたり、怒った姿を見ているだけで俺は満足だよ。
「やれやれ、生成様も中々の奥手ですな。むしろ、臆病と呼ぶべきでしょうか」
耳元に口を近づけ囁く雑食紳士には、全てばれているようだ。
「こう見えても、結構古い考えなんだよ」
告白はちゃんとした場所で男からするべき。そういう行為を行うときは、ちゃんと責任をとれる立場に自分がいること。これは絶対に譲ることができない。
「その考えは立派ですが、その若さで勢いに流されないのは尊敬に値しますね」
それは少し違う。これが、通常の精神状態であれば、あの言葉に欲情して有無も言わせず抱きしめ、彼女を自分のものにしたのかもしれない。
しかし、今日は戦いの前。そう、つまり、賢者モードを発動しなければならない日だ。その戦い前に俺は発動条件を満たす為に、しておかなければならないことをやってきた。だから、待ち合わせの時間に少し遅れたのだ。
「ついているのか、ついていないのだか」
俺の独白は誰に聞かれることもなく、見上げた黄色がかった太陽に吸い込まれていった。
皆様、いかがでしたか?
前作ポリッシャーとは全く違う話ですが、どちらの方がお好みでしょうか。
今作は、イメージ的には少年漫画だったのですが、少年誌でこの内容やったら苦情の山でしょうね。
ちなみに、少々エロ要素がありますが、個人的にはこういう内容の話は苦手です。
ええ、信じてもらえないかもしれませんが、エロいのは苦手なのです!
次回作はポリッシャーの続きか、全く新しいのを書いてみようかと思っています。
一月中に上げられたら御の字でしょうか。
最後にここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。




