十五話
「キヌ! 対戦相手となにいちゃついてるの! 試合中でしょ」
怒鳴り声を上げる小さな物体が、俺と絹の間に割り込んできた。
「樫美亜お姉ちゃん……」
「ほんっと、あんたは惚れやすいわね! 自分に対する好意には疎いくせに、ちょっと優しくされただけで惚れるんじゃないわよ!」
見た目も声も幼いのに、言っていることは年長者としての意見だ。姉というよりは、お母さんっぽい口調だな。
絹が怒られて小さくなっている。絹の方が体は大人なのに、この子――あ、この人の方が姉なのか。さすがお姉さんと言うべきか、姉としての貫録がある。
「あんたも、対戦相手口説いてんじゃないわよ! 真面目に戦いなさい!」
相手は声を荒げて文句を言っているというのに、何故だか不快感が殆どない。決してマゾではないのだが、見た目の幼さとのギャップでこれはこれで、ありな気になってくる。
「生成、またな!」
元気に手を振る姿に、こちらも小さく手を振り返しておく。
「なかなか、良い子だな。うんうん」
「とても楽しそうね」
「そりゃ、スタイル抜群で元気っ子。年齢も近そうだし、素直で可愛いときている。一緒に話して楽しくないわけがない!」
うちのクラスの女子どもの、お手本になって欲しいぐらいだ。久しぶりに、癒し系の女性に出会ったなぁ。
「しまった! 電話番号……せめてメアドの交換ぐらいはできる流れだった!」
「試合終ってから好きなだけやれや」
「ソウデスネ、帽子サン」
背後に立つ人物には初めから気づいていたが、振り返るのも恐ろしいので、前を向いたままで会話をすることを選ぶ。
「てか、なんで彷徨える帽子がここにいるんだ。そっちの戦績は?」
「奪われた」
予想外の言葉に、思わず振り返る。彷徨える帽子は大きく息を吐き、力の抜けた両腕をぶらぶらさせ、見るからに落ち込んでいる。
「相手が見つけたのを確認してジャック眼を発動させて、視界を完全に奪い相手は盲目状態になった確信はあった。それなのに、何のためらいもなく作品を手に取った。あの長女も何らかの《Sデザイア》が使える可能性が高い」
二人の戦いに決着がついたから、長女はこっちにやってきたのか。おそらく、彼女の言う通り長女は《Sデザイア》が使えるはずだ。
根拠はある。彷徨える帽子の《Sデザイア》は情報収集能力には長けているが、直接の奪い合いには向いていない能力だと言える。相手の視界を共有する場合には時間の制限もないが、視界を奪うとなると十秒が限界。それでも相手が普通の人なら、それだけの時間があれば確実に彼女が勝つだろう。
だが《Sデザイア》を持つもの同士の戦いとなると、話は別だ。彼女は、俺や雑食紳士には一対一では絶対に勝てない。俺の賢者モードには能力自体が通用しないし、雑食紳士は視界を奪われたところで、紳士ゾーンを発動してしまえば、狙いの品に相手が近づくことすらできない。
能力の相性にもよるだろうが、普通の一般人では手も足もでない力でも《Sデザイア》持ちとなれば、彷徨える帽子に勝ったのも頷ける。
戦った三女には能力を使った形跡は全くなかった。長女だけが能力持ちとなると、彼女だけの力でのし上がってきた可能性もある。もしくは指令系の能力を持っていて、姉妹とのコンビネーションで戦ってきたか。
予想の答え合わせは、雑食紳士と戦っている次女次第だが。
「速射王は、あの女とじゃれていた割には、ちゃんと作品は勝ち取ったのだな」
……あ、そういや作品を棚に入れると言って、受け取ったままだ。今更返すわけにもいかないか。悪いがこれは戦利品として貰っておくよ。
「おや、速射王様も手に入れましたか。これで二対一ですね」
深く考えすぎていて、雑食紳士が声を出すまで、近くにいたのを全く気付いていなかった。
【一週間マジックミラーハウス生活】は雑食紳士が手に入れた。となると、長女に奪われたのは【精女子学園7】か。できれば三作品とも手に入れて、四品目を待たずに勝利を確定しておきたかったのだが、それは贅沢な望みだったようだ。
「相手はどうだった? 苦戦したのか」
「それがですね。相手にならなかったと申しますか……戦いそっちのけで妙な動きをしていましたから」
雑食紳士は眉根を寄せ、渋い顔している。指定品を奪えたというのに、どうも戦いの内容に納得がいってないようだ。
「妙な動きって、いったい何を?」
「いえ、途中までは普通に探していたのですが、突然「目がー」と叫びだし――」
『みなさーん。まずは三作品を見つけられたようですね。第四地区代表は二品。第七地区代表は一品ですね。第七地区ピンチですよ!』
突如響き渡る放送に、雑食紳士の話が遮られた。話の続きは気になるが、放送を聞き逃すわけにはいかない。
『ですが、まだまだ逆転のチャンスはありますよー。では、お待ちかねの最終指定品は……【左脳はビッチ】』
その題名に、さっきまで調べた作品の中には見覚えはない――とは言い切れない。頭文字だけで判断していたのが、ここにきて足を引っ張るとは。だが、相手を見る限り総合的な能力はこちらが優れている。悩んでいる時間が惜しい。三人と軽く相談して散らばるか。
『とー、【カミさんはサウスポー】になりまーす』
……えっ?
予想外過ぎる二品目の発表に、思考が飛んだ。雑食紳士も彷徨える帽子も意表をつかれたようで、口をぽかーんと開いてる。
『もしかして、何で二つもあるんだと思っていませんかー? じ、つ、は、今回からルールの変更がありまして、せっかくの団体戦なのだから、団体戦らしいシステムにしようぜっ! というノリで変更されましたー。ごめーんね』
謝る気などさらさらない、暢気な声に神経が逆なでされる。
「おい、話が違うだろ! こっちは前からのルールをふまえて作戦を練っているんだ! 責任者出てこい!」
彷徨える帽子がスピーカに向かって罵声を浴びせている。
「気持ちは分かるけど、落ち着いて。怒ったところで話を聞いてくれるような奴らじゃないだろ。どうどう」
興奮状態の馬を落ち着かせるかのように、彼女の背中を軽くさする。
三姉妹の方を見てみると、彼女たちも納得がいかないようで文句を言っている。特に長女がお怒りのようだ。どうみても外見が中学生以下のロリ顔だというのに、中指を立てている姿が様になっているのが不思議だ。
『怒っちゃやーよ。私が決めたんじゃないんだから、文句を言われたところで、どうしようもないんだけどね。てへっ』
聞いている者を不快にさせるのが、お上手なことで。わざとやっているのは理解しているのだが、それでもイラッとくる。
『よーしお姉さん逆境にも負けずに説明始めちゃうよー。まず、何で二つもあるのかというと、一つを守って、一つを奪ってほしいからでーす。では、でてこいやー』
どこかで聞いたことのあるフレーズだが、そこは今触れるべきポイントではないのだろう。
司会者の掛け声に合わせて、地面が振動し始める。微かに揺れを感じる程度だったのだが、次第に揺れは大きくなり、今は立っているのも辛い
「おおおっ、な、なんだ?」
「これは、一体……」
雑食紳士が彷徨える帽子を支えて、何とか倒れずに済んでいる。俺は支えてくれる人もいないので、壁際の棚に手を置いて耐えるしかなかった。
今、俺たち三名は入り口から見て、右側の壁を背に立っているのだが、二メートル程前にある地面の一部がゆっくりとスライドしていく。床が移動し終えると、そこには一メートル四方の穴が開いていた。
その穴から徐々に何かが、せり上がってくる。その物体はどうやら、白い大理石でできた四角柱のようで、腰のあたりまで伸びると振動も治まり、石柱も動きを止めた。
そして、その石柱の上には【左脳はビッチ】と表紙に印刷された、レンタル品がある。
『みなさーん。自分たちの前にある作品を確認できましたかー? それを貴方たちが死守しなければならない、カワイ子ちゃんとなりまーす。それが相手に奪われたら、そこで終了となりますから要注意ですよ!』
顔を上げて確認してみるが、やはり、三姉妹の前にも同様に石柱が現れている。
『要はー、それを守りながら、相手の指定品を奪えば勝ちでーす。みんな、分かったかな。じゃあラストバトル、レディー……ゴーッ!』
驚きもここまで続くと冷静にもなれるってものだ。素早く考えを巡らし、二人に指示を出す。
「雑食紳士の能力は防衛向きなので、ここでそれを守って。俺は敵にアタックをかけてみるから、帽子は俺が相手に近づいたら敵の視界を完全に奪って」
「わ、分かった。だが、視界を奪えるのは一人だけだぞ」
「じゃあ、作品の前で守っているレンタランカーで頼む」
策と呼べるようなものではないが、向こうもこの状況に戸惑っているはず。ここは先に動いた方が有利になる。相手の体制が整わないうちに一気に決めよう。
獲物に狙いを定め、敵陣に向かい飛び出す。相手も俺の姿を見て冷静さを取り戻したようで、三女がこちらに向かい走り込んできた。
だが、俺と争う気はないようで、走る速度を落とすことなく、すぐ脇ををすり抜けていく。油断をせずに相手の動きを横目で確認すると、三女の絹と視線が交差した。
「終わったら、ゆっくり話そうな!」
満面の笑みと、その言葉を残し、彼女は走り去っていった。
あの魅力あふれる笑みと、引き締まりながらもボリューム感あふれる後ろ姿に、後を追いかけたくなったが、何とか理性で抑え込み思いとどまる。
「戦場には甘い誘惑が多すぎる……ふっ、男は辛いな」
心の葛藤があまりに情けなかったので、独り言で格好をつけてみた――虚しさが極まっただけだった。
馬鹿な事をやっている間に、対象の指定作品まであと少しの距離に到達した。目の前には石柱を守る合法ロリ――長女がいる。名前は確かカトレアと呼ばれていた。名前の字は漢字なのかカタカナなのかも不明なので、長女でいいか。
少し離れた後方に、次女もいるな。落ち着いた様子でそこに立っている姿は、妹だというのに、まるで保護者が我が子を見守っているかのようだ。
「ほぅ、あんたが相手か。一人で来たということは、何かしらの力があるのかな」
長女の口ぶりから察するに、《Sデザイア》を知っていると考えて間違いなさそうだ。となると相手も能力者と考えるべきだろう。どんな能力があるにしろ先手必勝!
俺は走る速度を落とすことなく、軽く右手を挙げた。
この合図を理解した彷徨える帽子が、ジャック眼を発動して視界を奪ってくれるはず。
「おっ、これは、またあの子の能力か。私には効かなかったのを理解できなかったのかい」
一瞬だが相手の体が赤く輝いた――と同時に俺の視界は闇を映し出す。




