二十二戦目「問題児は、疑われる」
一気に……!
駆け抜ける……!
side馬超
玉の考えの元、あたし達西涼軍は西に撤退し、陣営を築いて休みを得ることにした。
先の戦での被害が大きかったみたいで・・・母上が生きていた時から居た兵達もその数を減らしていた。
無事なものも少なく、ここまで撤退する最中、力尽きて倒れる者もいた。
「このままじゃ・・・」
負けてしまう。
そんな言葉があたしの頭の中に浮かんだ。
軍師じゃないから難しいことはあたしにも分からないけど、不利というのが分かる。
何十万もいた兵もかなり減っているように見える。
「どうするんだよぉ・・・玉・・・」
天幕の中であたしは悩んでいた。
・・・腹減ったなぁ。
兵糧が足りないせいで、腹いっぱい食べれていない。
兵の多くは母上に恩を感じていたから我慢しているみたいだけど・・・。
それに最近、噂だと・・・
「翠いるかぁー?」
天幕に突然玉が入ってきた。
だけどその姿はあまりにも酷かった。
「玉・・・大丈夫か?」
「大丈夫って何が?」
「お前の体調だよ。眼は隈で真っ黒だし、見た目死人になっているぞ? 寝てるのか?」
「あー、一応大丈夫。それにちゃんと寝てるよ。・・・少し」
「・・・全く、あんまり無理しないでくれよ」
「ハハ・・・」
笑ってごまかす玉。
ここで倒れられたりしたら困るのだ。
「そういえば最近、夜に部下数十人くらい連れて時々陣営の外出てるって兵士から報告があったんだけど、なにしてんだ?」
「あー、なんというか・・・」
言いよどむ玉。なぜ?
「計略の準備ってだけじゃダメ?」
「まぁ、計略なら仕方ないけど・・・」
罠でも張っているんだろうか。
まぁ、それにしか思いつかないけどさ。
「んじゃ、俺はやることあるからさ」
「ああ、無理すんなよ」
玉がまるで生ける屍のように、のそりのそりと天幕を出て行くと、すれ違いに1人の兵が入ってきた。
「馬超様・・・今の馬鉄様の様子・・・」
「ああ、いろいろと無理をしてるみたいでな・・・全くあいつは昔から無理をするやつらだからな。で、何の用だ」
「はい、先ほど捕虜にした魏兵から聞いた話なのですが」
「捕虜? 捕らえたのか?」
「先の戦にて捕らえた魏兵でして、撤退で逃してしまいましたが、重用な情報を聞きだせました。遅れてしまいましたが、まだ古くは無い情報です」
「そういうことは玉・・・馬鉄の方に報告するべきだと思うのだが」
「それが、馬鉄様に関する情報なのです」
「玉の?」
「はい、実は・・・」
あたしは兵の話を聞いて、思わず机をひっくり返してしまった。
これがいつものようなあたしだったら信じなかっただろう。
しかし、長い戦に疲労が溜まる体。
すっかり疲れきってしまっていたあたしは判断を間違えた。
彼を疑い始めてしまった。
あたしが。
「そんなはずは・・・」
「あるのです馬超様。某の推測ですと、そろそろ我らを壊滅しようと罠を張っているのではないでしょうか」
確かに、心当たりがある。
「馬鉄様は『西涼賢者』と呼ばれるほど、我らの土地である西涼では珍しい名士であります。そこまで用意周到なのもありえるのではないでしょうか」
「・・・それだけで十分だ。出て行け」
「御意。馬超様、お気をつけを」
「ああ」
去っていく兵士にあたしは散らかった天幕の中、座り込んだ。
(どういうことなんだよ・・・玉・・・!)
段々と怒りがこみ上げて行く。
今まで信じていたのに。
なぜ?
どうして?
何が目的なんだ?
考えることが苦手なあたしの頭の中を疑問がぐるぐると回っていく。
「・・・まだだ。あたしが直接見たわけでも聞いたわけでもないんだ」
もしかしたら曹操の策かもしれない。
あたしはそれで自分を納得させるのだった。
そして数日後。
戦況は依然として膠着状態であり、玉が言うには小競り合いが少しあるくらいらしい。
そんな玉にまた、不思議なことが起きた。
「玉ー? 書簡が届いたって聞いたんだけど」
「ああ、来たんだけど・・・」
玉の天幕を訪ねると、彼は座って届いたらしい書簡を首を捻りながら呼んでいた。
「どうした?」
「これを見てくれ」
玉があたしに見せたのは所々墨で読めなくされた書簡だった。
おかしい。
あたしの頭の中にそんな言葉が浮かんできた。
「これはどういうことだ」
「俺にも分からん。孟徳殿は一体何を考えているのか・・・」
曹操のことを孟徳と字で呼んでいる玉。
なぜそんなに親しげなんだ?
確かに玉は真名を知らない知り合いは字で呼んでいる。
しかし、軍議の時は「魏」とかとしか呼んでいない。
おかしい。
「・・・なぁ、玉」
「なんだ?」
「玉はあたしのことを裏切らないよな?」
あたしの言葉に玉は驚いたように目を見開いて、微笑む。
「当たり前だろ。俺が翠を裏切るわけないだろ」
「翡玉も、蒲公英もか?」
「何言ってんだよ。俺は翡翠さんの土地も、翡玉も、蒲公英も、民も裏切るなんてことはしない」
少しやつれた顔だったけど玉の笑顔にあたしは嬉しくなった。
(そうだ。玉があたしを裏切るわけがないんだ)
疑ってしまったあたしが恨めしい。
疲れているだけだ。うん。
その夜、あの兵士がやってきた。
「馬超様、馬鉄様の処遇はいかがなさりますか」
「その話はもういい」
あたしの言葉に兵士は驚いたように声を荒げた。
「ど、どういうことですか!? 馬鉄様は魏と内通しているのかもしれないんですよ!?」
「そんなはずはない。玉が、あたしを裏切るわけがない」
「落ち着いて考えてみてください。某も例の手紙を拝見させていただきましたが、おかしいとは思わないのですか?」
「何がだよ」
「墨で読めないようにされた書簡。絶対、裏があるはずです」
「・・・むぅ」
確かにおかしいと思うようなことはあったけど・・・。
「もう一度お考えください。絶対に裏があるのですからでは、失礼します」
前回と同じように去っていく兵士に、あたしは溜め息を吐いた。
(玉が裏切るはずがない)
そう、頭の中で断言する。
そして、あたしは戦に備えて、愛槍の銀閃を磨き始めるのだった。
数日後。
あたしは出会ってはいけない場面で、この戦いの終わりの原因となってしまう出来事に出くわしてしまうのだった。
その時、あたしに諫言する兵士はいなくなっていた。
しかし、ただでさえ多い西涼軍にたかが1人兵士がいなくなっても気がつくことはなかったのである。
完結まじかなので投稿が速くなります。
というか今年完結なわけですから四日しかないんですけども。