第3話 火竜は似非聖女の子分です
「ぎゅる……きゅる……」
氷の檻で捕えた火竜に近寄ると、火竜はリディアーヌを見て情けない声を出した。
火竜の弱点は水や氷。つまり水属性魔法は火竜に対する効果が極めて高い。
しかし普通、フォティア火山のような場所では水属性の魔法使いは思うように動けない。属性と環境の相性が悪すぎるからだ。
でも、私には関係ないわ。だって私、別に水属性じゃないもの。
「ねえ、貴方。私の子分になりなさい」
「……ぎゅるぎゅる」
「……やっぱり、なに言ってるか全然分かんないわね」
「ぎゅる」
火竜の方がリディアーヌの言葉を理解している可能性はあるが、とにかく会話を成立させることは不可能だ。
だが聖女として、リディアーヌは竜と会話しているように見せなければならない。
「聞きなさい。今日から私が貴女の主人よ。断ったら氷漬けにするわ」
再びリディアーヌが空中に円を描こうとした瞬間、火竜はぎゅる!! と大きく鳴いた。
頭を激しく振った後、何度も地面に擦り付ける。服従を示しているのだろう。
「いい判断ね。そうだ、貴方に名前をつけてあげるわ」
覚えやすく、かつ、火竜っぽい名前がいい。
三秒だけ悩んだ後、リディアーヌは笑顔で宣言した。
「貴方は今日からサラドよ!」
◆
「リディー!? ど、どうしたの、これはいったい……!?」
屋敷に戻ると、中庭で紅茶を飲んでいたジャネットと遭遇した。ジャネットは昔から、落ち込むと中庭で紅茶を飲むのだ。
屋敷を出た時のように部屋から戻れば見つかることはなかっただろうが、さすがのリディアーヌも、無断で屋敷に火竜を入れることはできない。
だってこの子、くしゃみ感覚で炎とかまき散らすし。
「お姉様、この子はサラド。私の子分にするわ」
「こっ、子分!? 竜を!?」
ジャネットは立ち上がると、慌てて駆け寄ってきた。ジャネットが手を伸ばした瞬間、サラドが地面に寝転がって腹を見せた。
「はっ!?」
「リディアーヌ、だめよ。この子のこと、ずいぶん痛めつけたんでしょう? 怖がっているわ」
きゅる……とサラドが鳴く。ジャネットは慈愛に満ちた眼差しでサラドを見つめ、何度もサラドの頭を撫でた。
「サラドちゃん、ごめんなさいね。わたくしの妹、ちょっと荒っぽいけどいい子なの」
「きゅる……(ちょっと?)」
「ほんのちょっとよ。それにわたくしからも言っておくから、仲良くしてくれる?」
「ぎゅるぎゅるぅ、きゅる……(そこまで言うなら仕方ない。それに、逃げられたら殺されそうだ)」
「まあ! さすがにそんなことはしないはずよ! ……きっと」
理解はできないが、なんだかものすごく失礼な会話が行われているような気がする。
っていうか、やっぱりお姉様はさすがね。私にはちっとも分からない竜の言葉が分かるなんて。
「お姉様。ここにいる間、通訳になって私とサラドを会話させてくれない? 入学までに、どうにかサラドと意思疎通しているように見せたいのよ」
「……リディー。聖女のふりなんて……」
「するわ。お姉様、このままじゃ生きていけないでしょ」
リディアーヌの言葉にジャネットは黙り込んだ。
ジャネットはリディアーヌによる復讐を応援してはいないものの、否定もできないという立場なのだ。
ジャネットが聖女を騙った、という五回を解けない限り、バリエ家に明るい未来はない。条件のいい婚姻等望めるはずもないし、社交界から追い出され、どんどん孤立していくだろう。
だから今、私がやらなきゃいけないのよ。
「お姉様にしかできないことなの。お願い」
「……分かったわ。でも代わりに、一つだけ約束して」
ジャネットはリディアーヌをいきなり抱き締めると、泣きそうな声で囁いた。
「リディーが危険な目に遭いそうになったら、絶対に逃げること。貴女の命より大切なものなんてないのよ」
「お姉様……」
「分かった?」
「……分かったわ」
いい子ね、と微笑み、ジャネットはリディアーヌの頭をそっと撫でた。
どれだけリディアーヌが魔法使いとして強くなろうとも、ジャネットにとってはずっと、小さくて可愛い妹のままなのだ。
◆
「サラド、ジャンプ!」
リディアーヌが右手を勢いよく上げると、サラドがその場で飛び跳ねた。
「サラド、火炎噴射!」
リディアーヌが右手を鳴らすと、サラドは口から勢いよく炎を吐き出した。
うん、いい感じね。だんだん意思疎通がとれるようになってきたわ。
ジャネットを通訳とし、リディアーヌは毎日のようにサラドとの意思疎通訓練を行った。
今では、訓練された猟犬くらいには言うことを聞く。
会話はできないものの、これなら『会話できている』と周囲を欺くことはできるはずだ。
「……無事、入学式に間に合ったわね」
来週、リディアーヌはアズナヴール王立学院に入学する。
いよいよ、『聖女』としての生活が幕を開けるのだ。




