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第2話 聖女の始まりは火山から

「というわけで、私……いや、わたくしが『聖女』のフリをしなきゃいけないんだけど、いや、いけないんですけれどですわ……ああもう、めんどくさっ!」


 どすっ、と力任せに枕を殴ってみる。つい魔力が漏れて枕カバーが破けてしまった。


 まあ、漏れたのが火属性の魔力じゃなくてよかったわ……。


 アズナヴール王国において『聖女』とは『竜と対話できる者』を指す。

 だがしかし、一般的な『聖女』のイメージはいろいろとあるのだ。


 たとえば、聖女は物腰柔らかな美人だとか。

 たとえば、聖女は誰にでも優しく温厚で上品な人だとか。


 要するに、世間一般でいうところの『聖女』のイメージは、リディアーヌからかけ離れまくっていると言っていい。


 仕方ないわ。聖女はお姉様だし、私は妹として好き勝手に生きてきたんだし!


 バリエ伯爵の子供は、姉のジャネットとリディアーヌの二人だけ。つまり、ジャネットが婿を取って家を継ぐのが一般的だ。

 リディアーヌはどこぞの貴族の家へ嫁に行くのが通例だが、リディアーヌはとにかく昔から淑女教育が大嫌いだった。


 上品な言葉遣い? テーブルマナー? ダンス? そんなの何の役に立つのよ!

 そんなことより、魔法の才能を磨く方がよっぽど有意義じゃない!


 幼いリディアーヌのそんな我儘は、ある意味正しかった。

 優れた魔法使いである彼女は単純に嫁入りする以外にも無数の選択肢がある。

 そこで両親はリディアーヌの淑女教育を半ば諦め――もとい、娘の自主性を尊重することにしたのである。


 だが、ここにきてそれがリディアーヌを苦しめていた。


「ただでさえ私は似非聖女。聖女らしくない言動をすれば、ニコカスに支持が集まる可能性が高いわよね……」


 ニコレットを慌てさせるためにも、リディアーヌは『聖女』らしくある必要がある。

 そのためには、いわゆる『聖女』らしい振る舞いも大切だろう。


「まあ、それはおいおい入学までになんとかするとして、問題は竜よね」


 ベッドから起き上がり、リディアーヌは手早く着替えた。使用人に手伝ってもらうより、自分でさっさと着替えた方が早い。

 しかも、これからリディアーヌはこっそり屋敷を抜け出すのだ。


 淑女らしい上品なデイドレスを脱いで、リディアーヌは動きやすい冒険者用の服に着替えた。勝手に村に出た際、リディアーヌが購入した品である。

 着替え終わった後は、長い髪を一つにまとめ、帽子の中へしまった。リディアーヌの銀髪は目立つのだ。


「これでよし、っと」


 部屋の窓を開け、風魔法で飛んで屋敷を出る。

 後からバレるだろうが、リディアーヌの風魔法についてこられるほどの魔法使いは屋敷にいない。


 こうしてリディアーヌはいつものように屋敷を抜け出し、フォティア火山へ向かったのだった。





 フォティア火山。バリエ伯爵寮からわずかに北方へ進んだ場所にある、大きな山だ。国境付近に位置するフォティア火山は国の所有領だが、全ての国民に開かれている。

 とはいえ、フォティア火山を訪れる者などほとんどいない。フォティア火山は立派な活火山であり、国が領有しているのも危機管理のためだからだ。


 リディアーヌも、普段はこんなところにきたりしない。

 噴火に巻き込まれてもなんとかできるが、面倒は面倒だ。しかも暑い。


「でもここなら、たぶんいるのよね」


 アズナヴール王国誕生の際、聖女と聖竜によって魔物は一掃された。だがそれも過去の話。現在、人里離れた一部の地域には魔物が復活している。

 そう、まさに、フォティア火山のような一部の地域には。


 しかもフォティア火山は活火山という特殊な環境ゆえに、火属性の魔物が多く存在する。

 そしてこの山を仕切っていると言われているのが、火竜だ。


 竜は珍しく、王都で保護する聖竜以外を見る機会はほとんどない。そんな中、火竜は住処を教えてくれるありがたい存在である。


「聖女は竜と喋れる。だから手っ取り早く聖女のフリをするには、竜と喋れるところを見せるのがいいのよね」


 だが、リディアーヌはあくまでも似非聖女。竜と喋ることなどできない。

 そこで、リディアーヌは考えたのだ。


 竜が私の言うことを聞いてれば、私が竜と喋れてるように見えるんじゃない!?


 竜の声が聖女以外に聞こえないのだから、周囲の人間に伝わるのは『竜が聖女と意思疎通がとれている』という結果だ。

 つまり、竜が聖女の意のままに動いていれば、意志疎通がとれたとみなされるだろう。


「だから、竜に勝って子分にするのよ!」


 リディアーヌの案を聞けば、国中の魔法使いが呆れ返るだろう。

 竜を倒す、なんて普通の魔法使いにできることではないのだ。





「……いたわ!」


 山の頂近く。真っ赤な鱗を持つ火竜が、口から火を吐きながらのそのそと歩いている。

 気紛れに草木を焼くせいで、火竜が通った場所は荒れ放題だ。


 竜を子分にするなんて、面倒だから考えたこともなかった。

 食費はかなりかかりそうだし、そもそも邪魔だし。

 だが、聖女のフリをするにあたって、竜の子分ほど便利なものはない。


「さくっと子分にするしかないわね」


 リディアーヌは空中に右手を掲げ、大きく円を描いた。


 次の瞬間。


 突如現れた氷の縄が火竜を拘束した。ぐぇ、と火竜が情けない溜息を吐く。

 リディアーヌがもう一度大きな円を描く。今度は氷の檻が出現し、火竜を囲った。


 魔法発動時における魔法陣の大幅な短縮。

 これが、リディアーヌが天才と称される一つ目の特徴である。

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