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第1話 粗暴令嬢、『聖女』始めます!

「……ごめんなさい、お母様、お父様、リディアーヌ」


 顔を真っ青にした姉が領地へ帰ってきたのは、土砂降りの冬の夜だった。

 王都から一度も休憩を挟まずに馬車で帰ってきた姉の顔はやつれ、王立学院の制服はしわくちゃになっている。

 いつもは黄金のように輝いている髪も、心なしかくすんでいるように見えた。


「お姉様!」


 駆け寄って姉を抱き締める。その瞬間、姉は呆気なく床に崩れ落ちた。

 華奢な肩が震え、姉は床に手をついて泣き始める。父も母も、黙ってそっと姉の肩に手を添えた。


『ジャネット・バリエを、聖女を騙った罪、及び王太子へ危害を加えた罪で退学とする』


 三日前、王都から届いた知らせだ。しかし、そこに詳細は書いていなかった。

 リディアーヌも両親も、そんな紙一枚でジャネットの罪を信じたりしない。


 それに、私は知ってるわ。お姉様は正真正銘、聖女よ。


 この国の聖女とは、『竜と会話ができる者』を指す。唯一聖属性の魔物である竜は、アズナヴール王国建国の際、聖女と共にこの地に蔓延る魔物を一掃したのだ。

 聖女は魔力を全く持たない代わりに、竜と対話することができる。ジャネットは幼い時、王都で聖竜に会い、竜の言葉を理解した。


 実際彼女は竜の背に乗せてもらっていた。気難しい竜は、滅多に人を背に乗せることなどないのに。


「私はお姉様を信じてるわ。お姉様は本物の聖女だもの。なにがあったのか、ちゃんと教えて」

「……リディー」


 ジャネットは顔を上げ、右手の甲で涙を拭ってゆっくりと口を開いた。


「学院の創立記念式典で、私は聖竜の案内役を務めたの。でも、なぜかいきなり聖竜が暴れ出して……私の言葉は届かなくて、聖竜の尻尾が王太子殿下の頬にあたったのよ」

「聖竜が、いきなり?」


 聖竜は、建国の際に魔物を一掃した竜の末裔である。王立学院に保護された穏やかな竜で、聖女がいなくとも、滅多に暴れることはないはずだ。


「ええ。その後、ニコレットが……アロシュ侯爵家の令嬢が聖竜を抱き締めたら、聖竜はすぐにおとなしくなったわ。だから、彼女が本物の聖女で、わたくしは偽物だと……」


 話し終えると、ジャネットは再び床に手をついて泣き始めた。


 ――聖女は、王国に一人しか存在しない。


 聖女が死ぬまで、次の聖女は生まれない。昔から王国ではそう信じられている。

 つまりニコレットが本物の聖女であれば、ジャネットは偽物ということになってしまう。


「……分かりましたわ、お姉様。お姉様は、ニコレットとやらに嵌められたのね?」


 リディアーヌの瞳が、怒りの炎を宿して燃えた。銀色の髪に桃色の瞳という人形のように愛らしい容姿の彼女だが、実のところ、貴族の令嬢とは言えないほど気性の荒い娘である。


「は、嵌められたかどうかは……本当に、ニコレットも聖女なのかもしれないもの……」

「そんなわけないわよ!!」


 ドン! と床を蹴りつける。綺麗に磨かれた大理石の床にヒビが入り、両親は同時に溜息を吐いた。

 リディアーヌのせいで、屋敷の修繕費は馬鹿にならないのだ。


 いけない、いけない……つい魔力が溢れてしまったわ。


「お姉様は優しすぎるわ! そのニコカス? とかいう女が本当に聖女なら、王太子殿下の頬を傷つける前に止めるはずじゃない!」

「……リディー、ニコレットよ」

「ニコカスで十分よ。カスでいいくらいだわ」


 両親もジャネットも、さすがに今はリディアーヌの淑女らしからぬ言葉遣いを責める余裕はないらしい。

 責められたところで、今のリディアーヌが改めるはずもないのだが。


「任せて、お姉様。そのカス、必ず私がなんとかしてあげるから!」





「リディアーヌ。本気なのか?」


 二人きりになった書斎で、父は不安そうな顔を浮かべた。ジャネットの退学騒ぎから約一週間、父はまともに眠れていないようでやつれている。


 ジャネットが王立学院を退学になったことは、既に国中の貴族に知られているだろう。しかも理由が理由だ。

 バリエ伯爵家への風当たりも強く、母は毎月参加していた茶会から出禁を言い渡された。


 王太子が『ジャネット嬢の罪をこれ以上問うことはしない』と明言してくれたおかげで、なんとか爵位の剥奪は免れたが、社交界にバリエ家の居場所はない。


 それも全部、あのニコカスのせいよ!


「はい、お父様。私は本気です。私は予定通り来春、アズナヴール王立学院に入学するわ」


 アズナヴール王立学院は、貴族の子弟が通う伝統と歴史ある学院だ。

 そして、ジャネットが退学となった学院である。


 リディアーヌが普通に入学したところで、温かく迎え入れてくれる生徒等いないだろう。なにせ彼女は、聖女を名乗った悪女の妹なのだから。


「……リディー。他にも学校はある。アズナヴール王立学院に行けば、リディーがどんな扱いを受けることやら……」


 想像しただけで苦しくなったのか、父は両目に涙をためた。ありがたい愛情だが、あいにく、逃げるつもりは全くない。


「お父様。私はお姉様の汚名を晴らしたいんです。そのために、逃げるわけにはいきません」

「……私もジャネットを信じている。でも、どうやって……」

「私が――いえ、わたくしが、『聖女』として入学してやりますわ!」


 父が口をあんぐりと開けたのは、聞き慣れぬ次女の言葉遣いに対してか、あるいは理解不能な台詞に対してなのか。

 おそらくは両方だろう。


『聖女』とは、竜と会話のできる唯一の存在。

 そして、魔力を持たぬ者。


 生まれた時から膨大な魔力を持つリディアーヌは、ある意味『聖女』から最も離れた存在だ。


「新たな偽物が現れれば、ニコカスも黙ってはいないでしょう」

「リディー、それは……」

「目には目を、毒には毒を、偽物には偽物を」


 にぃ、とリディアーヌは口の端を上げ、聖女らしからぬ笑顔で宣言する。


「わたくしが聖女になって、ニコカスを学院から追放してみせますわー!」


 かくして、似非聖女が誕生したのだった。

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