第3話 桃源郷という名の夢
——桃源郷という名の夢を視る秋——
(なんだ、この視点は? ……もしかして、走馬灯が終わったのか?)
彼、岩地秋が目にした光景。
それはとても不思議な光景だった。
触れられそうで、触れられない。
秋は夢という形でかなりリアルな彼の未来像を俯瞰して視ていた。
その未来像は時間跳躍前の彼が自殺希願者のまま生きた先に待っていた姿だ。
世間から見た彼はアラサーと言われる世代よりも少し年齢を重ねた世代。
アラフォーを目前にしていた。
そこでの彼はとても見るに堪えない姿をしていた。
(未来の俺、逃げ続けた結果、これか……)
秋はその姿を信じたく無かった。
それもそのはず彼はバイトで食いつなぐ毎日。
周りに居た友達との差も気付いたら圧倒的。
世間という名の中にある社会のピラミッドで最下層に位置していた。
——桃源郷という名の夢から覚めた秋——
絶望感を味わっていた秋の背中には寝汗を大量にかいていた。
その寝汗をリアルに感じれた秋は、ひと安心した様子で目を覚まし独り言を発した。
「……夢、だったのか」
「あ、あき起きたね。心配だったんだから。凄くうなされた様子だったし」
「え? お母さん!?」
秋は岩地母の存在に気付かないくらい夢に溶け込んでいたのだと自覚した。
「……変な夢、見てたからかな」
「それもそうだろうね。とりあえずもう起きる時間だし! 着替えて! じいちゃん家行ってきて! 朝ごはんはどうする?」
「わかった。朝ごはん、食べるけど時間ないから軽くでいいかな」
「分かった! とりあえずじいちゃんお願いね。私は車乗って待ってるから! 朝ごはんは、パンでいいよね?」
「それでいいです」
朝の用事を済ませてなんの躊躇いも無く車に乗り込み広幡駅まで送って貰い学校に向かった。
駅に向かう道中、岩地母はずっと何か言っていたが彼はあまり反応出来なかった。
それもそのはず、夢のことをずっと考えていた。
「ちゃんとするんだよ!」
「うん」
「分かってるの?」
「うん」
「ならいいけど! ちゃんとしないと自分が困るんだからね!」
「うん。わかってる」
ずっとこんな調子だったが、やけに耳の痛い話だった。
それもそのはず、自分の将来を夢という形で視てきたばかりなのだから。
そしてその夢は岩地母の言う自分が困る未来、その物だった。
「行ってきます」
広幡駅に着くと逃げるように岩地母の運転する車から秋は降りた。
そしていつもと発車時間が、一緒の電車に乗って指谷駅に向かった。
電車の中では朝から頭を使いすぎて疲れていた様子だった彼は、乗り換え駅の長治駅まで眠りについてしまった。
彼は中学の時から含めて4年間ずっと同じ通学路だったために、その記憶は色濃く残っていた。
だからこそ寝ていても基本的には寝過ごしたりすることが無かった。
長治駅に着いて乗り換えをしている時。
周りの歩いている人達にぶつからないように気を付けながら、秋は左胸のポケットに触れてスマホを探した。
そこで気付いた。
(やらかした……)
そう。彼はスマホを家に忘れてしまった。
(まあ、いっか)
スマホで暇を潰そうとしていた彼は自分に落胆をしながらも懐かしさを覚えていた。
1周目の時、秋はよくこんなドジを踏みながら生活をしていた。
長治駅からたったの3駅。
電車に揺られて、気付いたら指谷駅に着いていた。
指谷駅に着いてからは周りには知り合いは居なそうに見えて1人で学校に向かった。
学校に向かう道中。
1周目の時、どんな行動を取っていたのかを秋は思い出していた。
入学式の次の日で第1印象が決まる。
なるべく下手な行動や言動はしないようにしたかった。
(たしか、初日は自己紹介を軽くするイベントがあったはず)
自己紹介をする場は正に大事だ。
ここで、どれくらい自我を出していくのか考えておかないと良い塩梅で話せない。
元々、変な所で几帳面な性格が出る秋は細かくまるで台本を書くかのように、頭の中で思い描いていた。
頭を必死に働かせて考えながら歩いている時に、後ろから聞き馴染みのある声が聞こえてきて振り返った。
「いわち、くんだよね?」
それは親友であり相棒の姿だった。
「おう! ほうせい!」
(あ、まずった)
「お、おう……?」
(さすがに引かれるよな……)
「あーごめん。たまに距離感間違えちゃう時あってさ」
「ま、まぁそういう時も、あるよね」
すんごく気まずい空気が流れてしまって、やらかしたなと思いつつも平気だろうと謎の自信で秋は無言を貫いた。
しばらくして学校に着いて同じ教室に行き、お互いの席に向かった。
と言っても、席は近い。
名前順の席順になっているから前後ろの関係性にあった。
(この席、懐かしいな)
そう感じながらも無言で席に座った。
そして、とうとう自己紹介の時。
1人、また1人と自己紹介を終えていった。
(おいおい、意外と短いな、みんな)
かなり長く台本を書いてた秋は焦っていたけど名前順だったため、直ぐにその時は来た。
「名前は岩地秋って言います。岩地って呼んで下さい。一応、内進生です。趣味……は特に無いです」
その後も自己紹介は当然のように続いていったが、なにも耳に入ってこなかった。
(まずい、まずい、まずい)
こういう時、面白いことを言ったり出来ない性分。
だからそこは仕方がない。
ただ趣味の所で音楽聴くアピールをしようと思っていた。
焦ってしまった彼はかなり長い台本にある中身の内半分くらいしか話せなかった。
そう。このアピールが今回の肝だった。
1周目の時、高校1年生の彼には片想いをしている相手が居た。
正確には、片重いだったのかもしれない。
そして、その片重いが後悔の元でもあった。
その相手とは、この同じ教室の中にいる人でこの自己紹介のタイミングで、色々ある趣味の中にカラオケで歌うことも公言していた。
その記憶があったからこそのアピールポイントだったのに自分で潰してしまった。
(どんだけ歳をとっても、人は変われない生き物なんだな)
この失敗で心が折れてしまった彼は1日、また1日と全く意味が無く生産性の無い日々を過ごしていた。
その日々は、自分の記憶にある高1の姿と何も変わらなかった。
それは後悔の残る日々、その物だ。
1周目の時、彼は高校に入学してから彼女を作って青春を送りたい。
そんな淡い期待を込めながら学校生活を送っていた。
間もなくして、気になる人が出来ていた。
その気になる人は彼の片重いの相手。では無かった。
その流れを辿るように無駄な日々を過ごしている中。
時間跳躍後の彼にも全く同じ人で気になる人が出来た。出来てしまった。
(俺には好きな人が居るだろ……!)
ここでやっと時間跳躍者として秋は自我を取り戻した。
自我を取り戻した時は2度目の修学旅行を終えて帰る新幹線の中だった。
天翔高校の場合、入学して1ヶ月半で修学旅行が行われていた。
そしてこの新幹線の中での出来事は秋にとって転機となることだ。




