第2話 2度目の入学式
彼、岩地秋は徒歩で最寄り駅である広幡駅に向かおうとした。徒歩だと実家から30分程かかる道のりだ。
その時、背後から慌ただしくアスファルトを蹴り上げてこちらに向かって来る足音が聞こえた。
思わず彼は振り返ると母親が、ものすごい形相で走って来ていた。
流石に立ち止まるべきだと感じた彼は歩みを止めた。
直ぐに追いついて息を切らしながらも岩地母は発した。
「確かに、今日から、高校生だけど、まだ子供なんだし! 駅まで送っていくよ!」
岩地母はそれだけ伝えると手招きしながら車の方へとゆっくりと歩いた。
秋はどうして徒歩じゃいけないのか分からなかったが、同時に記憶を辿った時に車で毎朝送って貰ってた様子を思い出した。
そしてその送迎が凄く鬱陶しく感じていた自分の感情も思い出した時に、車での送迎がどれだけ大変かを、目の当たりにしてきたからこそ感謝しかないなと思い、感謝の意を込めて返事をした。
「ありがとうございます」
気付いたら岩地母は運転席のドア横で待っていた。
「なんでそんな敬語なの? なんかあき朝からおかしいよ? 緊張でもしてるの? まあいいやとりあえず早く乗って、送っていくから」
「いやそんなことないけど。わかった」
そう言うと秋は後部座席の左側に座った。
車で駅に向かうことによって10分程で着くし彼にとってはとても楽をした感じだった。
駅に着くまでの10分間、車内で岩地母はずっと入学式の写真をどんな角度で撮るかの話を楽しそうに話していた。
駅に着いたら岩地母はすかさず秋に声を掛けた。
「後でまた合流するからね! 気を付けてね!」
「わかった。行ってきます」
秋は車のドアを閉めると広幡駅のホームへと向かった。
広幡駅から高校の最寄り駅である指谷駅まで40分程かかる。
この40分間ある電車の中。
彼はブレザーにある左胸ポケットに右手を入れてスマホを右手に持ちだして時間跳躍について色々調べた。
(まじかよ……)
心の中の声が漏れた。
彼は信じ難い物を目にした。
時間跳躍をネットで調べるとそもそもそんな言葉すらいくら調べても存在しなかった。
そう。つまり彼、時間跳躍者はこの瞬間世の中から完全に否定される存在となってしまった。
それを知った彼は全身鳥肌が立っていた。
(俺はなんなん、だ?)
心の中で自分に問いかけた彼は取り乱しそうになった。
無理もない。世の中に自分の存在、その物を否定されることなど普通経験しないことだ。
絶望に駆られていると乗り換え駅である長治駅のアナウンスが電車の中で流れた。
「まもなく長治〜。長治。お出口は、左側です」
彼はかなり動揺した様子だったが時間は止まること無く流れていくので、冷静に今の自分の持っている記憶を、過去の自分と照らし合わせながら生きていくことにした。
この状況を逆手に取って上手く利用しようと決心をした彼は長治駅で乗り換えをして指谷駅に向かった。
指谷駅でたまたま男友達の旧友である橘大地の後ろ姿を見かけたので声を掛けた。
「おうっ! たっちゃん!」
「お〜。岩地やん。おひさ〜」
「いやあたっちゃんと一緒のクラスでひと安心したわぁ」
「何言ってんの? まだ分かってなくね?」
彼は記憶の中で橘と一緒のクラスなのを覚えていたからそれがつい出てしまった。
実際には学校に着いて初めて分かる物だ。
これはまずいと思い焦った様子で秋は返事をした。
「間違えた! 間違えた! なったら良いなぁてことよ!」
たっちゃんは不思議そうな顔になりながらも笑って返してきた。
「そらま〜。そうだろ」
「だよなぁ」
「でも、普通に考えたら一緒のクラスに内進、結構いるだろうしな」
「誰でも良いって、訳じゃないからさぁ。そこむずくね?」
「知り合い居てくれれば俺は問題無いな」
「たっちゃんはそういう所、冷めてんだよなぁ。つか行こうぜ」
「だな。行こう」
2人で学校に向かうと色んな内進生と合流しながら気付いたら秋が通っていた高校。天翔高校に着いた。
(またここに来るとはな……)
彼は心の中で呟いた。
天翔高校での生活で酸いも甘いもを、経験して来た彼は戻って来れた嬉しさ反面、怖さ反面というなんとも言えない感情になって、足が立ちすくんでいた。
「……岩地? 大丈夫か?」
「たっちゃんありがとう。あんま今日寝れてなくてそれでね」
悟られまいと秋は出来るだけの笑顔を振る舞った。
「そういう感じね。ならいいけど」
「おう」
学校の門をくぐって中に入るとどのクラスに誰が入るかの張り出しがされていた。
そこには懐かしい名前が沢山合って、少し感情が込み上げてくることにより、つい涙が出てしまった。
彼は慌ててトイレの個室に逃げ込むように走り込んだ。
(どうして涙なんか出るんだ……)
どうして涙が出てきたのか、理由は彼にとって分かりたくなかったが、分かっていた。
彼はこの天翔高校を1年で退学したからだ。
理由は自分自身にあった。
それを思い出していたからこそ感情が込み上げてきてしまった。
(切り替えろ……切り替えろ……切り替えろ……)
自分に言い聞かせた。
「よしっ! バチンッ」
気合いを入れるために小さな声を出して、自分の頬を両手で叩いて個室から出た。
2度目の入学式が体育館で始まった。
周りには内進生の顔も合ったが殆どが外進生の顔で埋め尽くされていた。
そしてここで親友であり相棒である上野豊生との出会いがあった。
秋の記憶では、橘大地と上野豊生が野球部繋がりの知り合いで、その横の繋がりの影響もあって入学式から仲良くしていた記憶だ。
ただ記憶が薄かったため、細かいシチュエーションまでは定かではなかった。
そして、そのタイミングは急にやってきた。
豊生から秋は声を掛けられた。
「初めまして、同じクラスの上野豊生って言います。ほうせいとか適当で大丈夫っ!」
たっちゃんが焦った様子で口を開いた。
「俺から岩地のこと紹介しようと思ってたのに。ま、いいか」
「たっちゃんがほうせいって呼んでるし、ほうせいって呼ぶわ。よろしくぅ」
秋は手を出すと直ぐに豊生も手を出してきてぎゅっと握りあった。
やっぱりこいつは良い奴だなと確信した。
そんなことをしていると入学式も終わりその日の学校行事は終わっていた。
2度目の入学式を終えて彼の肩の荷が降りた所でまだ終わってないと、滑り込むかのように岩地母が秋を見つけ出して声を掛けてきた。
「やっと見つけた! とりあえず写真撮るよ! たっちゃんとか誰かいないの!?」
「今はいないけど、たっちゃんと一緒のクラスだった」
「良かったじゃない! 今いないのは仕方ないから、あき! 1人で写真撮ろう!」
正直、だるいなって思ったがふと記憶を振り返るとこの写真写りが悪すぎて、だいぶ文句言われたのを思い出した秋は、出来るだけ満面の笑みで写真対応した。
「お! 珍しくいい顔してくれたね! ありがとう!」
「はいはい。帰りは自分で帰るから大丈夫」
「分かった! 私も周りの人達とママ友になってから帰る。だから先帰っていいよ」
なんで復唱するんだろうと思いながらも無視をして自分の足で、帰宅することが出来ると安堵した。
彼は帰宅時に自分がどうしたらこの時間跳躍を上手く活用して、生活していけるのかを模索していた。
勉強面で活用するとしても元々大して勉強をしてなかったため活用しきれないし、勉強面をどうにかするなら時間をかけて、勉強する努力を重ねた方がいいと思った。
問題はプライベートの方だ。
この記憶を活かして、どうにか上手い方向に持っていけないものかと考えていたが、あまりいい答えが出なかった。
こうなったら場面場面で、記憶を頼りに自分の感情をコントロールしながら、生活していくのがベストなんじゃないかと考えに至った。
思考を張り巡らせていたおかげで、気付いたら自宅まで無意識的に歩いて帰宅していた。
家のドアの鍵を開けて自分の部屋に戻ろうとしたら、朝には気づけなかった猫の声が聞こえた。
「みゃー」
秋の実家ではケージの中に猫を1匹飼っていた。
普段歩き回らなくて自分の匂いがとても好きな猫だ。
名前はみゃー子。単純にみゃーと鳴くからみゃー子だ。
秋はケージの中からみゃー子を出して優しく話しかけながら触れ合っていた。
「みゃー子懐かしいなぁ。久しぶりだなぁ」
「ゴロゴロ」
「直ぐに喉の音鳴らすのみゃー子らしいなぁ。ありがとうな」
10分程触れ合った所でみゃー子をケージに戻し、自分の部屋で着替えを済ましてから頭を休めるために寝た。
岩地母の声がした。
「あき! お風呂!」
「わかった」
「ご飯は?」
「要らない」
「あーそ! とりあえず入って」
風呂を済ませて自分の部屋に戻った。
寝床に入り彼は、この桃源郷のような走馬灯が、どこか終わってしまうのではないかと心配になりながら就寝した。




