第52話 井戸は、今日も水を湛えている
世界は、思ったより普通だった。
空は青く、
道には人がいて、
井戸の滑車は、今日もきしむ音を立てている。
封印のあと、
大きな変化は起きていない。
水は出る。
管理は続く。
会議も、判断も、なくならない。
ただ。
決まるまでに、少し時間がかかるようになった。
判断が割れる。
意見がぶつかる。
誰かが「それはおかしい」と言う。
以前なら、
私の一言で整理されていた場所だ。
今は、そうならない。
それを、不便だと言う人もいる。
危険だと言う人もいる。
でも。
「仕方ないよな」と言う声も、確かに増えた。
井戸のそばで、水を汲む人がいる。
「最近、決まるの遅いね」
「前は、もっと早かったのに」
「まあ、でも」
桶を持ち上げながら、
その人は肩をすくめる。
「水は出てるし」
「困ってから考えりゃいいか」
その言葉は、
どの記録にも残らない。
でも。
世界は、そういう言葉で動いている。
――私の名前は、残っている。
管理文書の端に。
井戸異変初期の観測者、として。
評価は、割れている。
英雄だと言う人もいれば、
余計なことをしたと言う人もいる。
名前を覚えていない人も、多い。
それでいい。
私は、誰かの答えになりたかったわけじゃない。
ロウは、語り部になった。
正しさを語らない語り部だ。
「こうすればよかった」とも、
「間違っていた」とも言わない。
ただ。
「あの時、選ばなかった人がいた」
そう話すだけだ。
管理思想の起点にいた人は、
今も、自分が正しいと思っている。
それも、変わらない。
世界は、誰か一人の考えで
完全に書き換えられたりしない。
それが、現実だ。
井戸は、今日も水を湛えている。
揺れない水面。
静かな深さ。
そこに、もう
私の感覚は届かない。
でも。
決めきれなかった、という事実だけが
世界のどこかに、残っている。
それで、十分だ。
世界は、完成しない。
だからこそ、
誰かが選び続けなくていい。
井戸は、今日も水を湛えている。
選ぶのは、使う側だ。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
この物語は、
「世界を救う話」ではありません。
また、「誰かが正しいと証明される話」でもありません。
又子は、強くなりません。
万能にもなりません。
最後まで、答えを出さないまま終わります。
それでも彼女が選んだのは、
「誰か一人が決めきってしまう世界を、そのままにしない」
という行動でした。
井戸は、便利なものです。
水を汲めて、生活を支えてくれます。
でも、同時に「使い方を選ぶもの」でもあります。
この物語で描きたかったのは、
「正しい答え」よりも、
**「決めきれない状態を引き受けること」**でした。
管理することも、
決めることも、
全部を誰かに任せることも、
きっと必要な場面はあります。
ただ、それが
「当たり前」になった時、
誰かが静かに置き去りにされていないか――
そんなことを、少しだけ考えてもらえたら嬉しいです。
又子はもう、物語の中に戻ってきません。
でも、井戸は残っています。
選ぶのは、使う側です。
最後までお付き合いいただき、
本当にありがとうございました。




