第51話 使えなくなるという選択
結論を出したのは、
議論の直後じゃなかった。
その場では、
私は何も言わなかったし、
誰も、続きを急かさなかった。
井戸のそばを離れ、
しばらく歩いた後。
ようやく、私は口を開いた。
「……ねえ」
声は、思ったより普通だった。
「私がここにいる限り」
「管理は、もっと“うまく”進みますよね」
ロウは、否定しなかった。
「進むだろうな」
「……ですよね」
乾いた笑いが出る。
「私」
「止めてるつもりだったのに」
「一番、整えてました」
遠くで、井戸の滑車がきしむ音がする。
誰かが、水を汲んでいる。
今日も、普通の日だ。
「……それで」
私は、足を止める。
「一つ、提案があります」
ロウが、こちらを見る。
そして。
あの人――
管理思想の起点にいる人も、
何も言わず、待った。
「私を」
息を吸う。
「使えなくしてください」
一瞬、風が止まった。
「……封印か」
あの人が、静かに言う。
「完全に消えるわけではない」
「だが」
「井戸との接続は、切れる」
私は、うなずいた。
「それでいいです」
「……理由は」
あの人が、続ける。
「世界を救うため、ではないな」
「はい」
「管理を壊すためでもない」
「はい」
一拍。
「完全制御を、不可能にするためです」
その言葉に、
あの人は、少しだけ考えた。
「合理的だ」
即答。
「君がいなければ」
「判断は、遅くなる」
「迷いも、増える」
「それは」
「世界にとって、リスクだ」
私は、苦笑する。
「そうですね」
「でも」
「それが、普通だと思うんです」
ロウが、低く言う。
「……止めない」
「君が、そう決めたなら」
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
「……ありがとう」
私は、そう言ってから気づく。
「いや」
「ありがとう、じゃないですね」
「止めないでくれて」
「それだけで、十分です」
準備は、淡々と進んだ。
大きな魔法陣も、
派手な詠唱もない。
ただ。
井戸の水面に、
静かに触れる。
冷たい。
(……あ)
その瞬間、
分かった。
位置が、分からない。
流れも、分からない。
あの、嫌な予感が――
完全に、消えていた。
「……終わったな」
ロウが、静かに言う。
世界は、変わらない。
空も、地面も、
井戸の水も。
でも。
私だけが、外れた。
「……ねえ」
私は、少しだけ笑う。
「これで」
「誰も、正解って言えなくなりましたね」
あの人は、うなずいた。
「そうだ」
「だが」
「それでも、世界は進む」
「ええ」
私は、息を吸う。
「それで、いいです」
井戸は、今日も水を湛えている。
管理は、続く。
判断も、続く。
ただ。
私という“近道”だけが、消えた。
それが、
私の選んだ結果だった。




