第5話 宿を探してるだけなのに、問題しか起きないんですが
街に入れた。
それだけで、今日は勝ちだと思っていた。
「屋根……壁……人……文明……」
私は通りの端で、こっそりガッツポーズをした。
人目があるので控えめに。大人の対応。
正直、もう限界だった。
草原は危険、森は怖い、うさぎは論外。
ここまで無事だったの、だいぶ奇跡寄り。
「とりあえず……宿!」
今日の目標はそれだけ。
安全な寝床。
それ以上は望まない。
私は一番それっぽい宿に入った。
「すみませーん」
カウンターの向こうから、きちんとした服装の宿主が顔を上げる。
「一泊、いくらですか?」
返ってきた金額を聞いた瞬間、私はフリーズした。
「……え?」
脳内で計算する。
(高い)
(想定の)
(五倍)
「……あの、水出します!」
口が勝手に動いた。
次の瞬間、私は両手で自分の口を塞いだ。
(だめだめだめだめ!)
宿主の目が、すっと細くなる。
「……魔法は禁止だよ」
「ですよね!!」
私は反射的に頭を下げ、そのまま逃げるように店を出た。
(……森で会った人、正しかった)
重い忠告ほど、あとから効く。
次。
次はもっと安そうなところ。
薄暗い路地の奥、看板の文字も一部欠けている宿に入る。
「……ここなら、いける気がする」
中は古いけど、屋根はある。
床もある。
ベッド……は、まあ、ある。
「一泊?」
「はい!」
「前払いだよ」
私はポケットを探した。
ない。
そもそも、財布がない。
「……あの」
勇気を出す。
「お金、ないんですけど……」
宿主は一瞬だけ私を見て、考え込んだ。
「仕事は?」
「あります!」
即答。
勢いだけはある。
「何ができる?」
詰まる。
(何ができる?)
(私、高校生……)
「えっと……運ぶ、とか?」
やってみた。
重すぎて腰をやりかけた。
「……皿洗い?」
水が冷たすぎて手が死んだ。
「……水くみ!」
言いかけて、止まる。
(井戸は出せない!)
宿主は私をじっと見て、ため息をついた。
「……裏の倉庫でいいなら、寝かせてやる」
「本当ですか!?」
「一晩だけだぞ」
「ありがとうございます!!」
勝った。
倉庫は藁と毛布だけだったけど、
今の私には五つ星ホテルだった。
「屋根ある……」
藁に寝転がり、天井を見る。
静かだ。
喉が、渇いた。
でも。
(井戸は……だめ)
思い出すのは、
距離を取られた視線と、短い言葉。
「……井戸魔法、生活向きじゃなさすぎでは?」
小さく呟いて、毛布をかぶる。
「……財布、欲しい」
切実に。




