第48話 降りた人の話
その日は、移動をやめた。
村を出てから、
私は一言も喋らなかったし、
ロウも、無理に話しかけてこなかった。
焚き火の前に座る。
火は、小さい。
風も、弱い。
なのに、
胸の中だけが、落ち着かない。
「……ロウ」
沈黙に耐えきれず、声を出した。
「さっきの村」
「私がいなかったら」
「どうなってました?」
ロウは、すぐに答えなかった。
火を見つめたまま、
しばらく間を置いてから言う。
「……分からない」
「だが」
「同じような場所は、昔もあった」
その言い方が、引っかかった。
「……昔?」
ロウは、視線を上げない。
「俺が、今の立場になる前の話だ」
焚き火が、ぱちっと鳴る。
私は、何も言わずに待った。
ロウが自分から話す時は、
止めない方がいいと、もう知っている。
「……管理思想が」
ロウが、静かに言う。
「ここまで整理される前」
「似たような試みが、あった」
胸の奥が、少しだけ冷える。
「……ロウ」
小さく聞く。
「それに」
「あなたも、関わってたんですか」
ロウは、否定しなかった。
「ああ」
短い答え。
「途中までだ」
(途中まで)
言葉が、重い。
「……その時も」
私は、慎重に続ける。
「こういう村、ありました?」
「あった」
「たくさんだ」
焚き火の火が、揺れる。
「水量は、安定していた」
「数字も、正しかった」
「だが」
一拍。
「人は、荒れた」
私は、唇を噛む。
「……じゃあ」
「どうして」
ロウが、ようやく顔を上げた。
「俺は」
「降りた」
その言葉は、淡々としていた。
後悔も、誇りもない。
「……逃げた、とは」
言いかけて、やめる。
ロウは、少しだけ口元を緩めた。
「言われたことはある」
「今でも、そう思う者もいる」
「……ロウは」
私は、焚き火を見る。
「どう思ってます?」
ロウは、少し考えた。
そして、言った。
「……正しかったと思う」
胸が、少し跳ねる。
「え」
「管理の理屈は、今も正しい」
「多くを救える」
私は、思わず前のめりになる。
「じゃあ、なんで」
「続けなかったんですか」
ロウは、静かに答えた。
「続けたら」
「俺は、人を“数”で見るようになっていた」
その言葉が、胸に落ちる。
「救う数」
「切る数」
「それを、迷いなく比べられるようになる」
「……それが」
声が、少し低くなる。
「怖かった」
ロウが、初めて
感情をそのまま口にした。
私は、何も言えなかった。
「正しさを選び続けると」
「人である感覚が、削れていく」
「俺は」
「そこまで強くなれなかった」
焚き火が、また小さく鳴る。
「……ロウ」
私は、ゆっくり言う。
「それ」
「弱さじゃないと思います」
ロウは、軽く首を振った。
「評価は、いらない」
「ただの事実だ」
少し、間を置いて。
「だから」
ロウは、私を見る。
「君を、止めすぎない」
「俺が、決めきれなかった場所に」
「君を、無理に立たせたくない」
胸の奥が、じんと熱くなる。
「……私」
思わず、笑ってしまう。
「そんな配慮、されてたんですか」
「しているつもりは、なかった」
「でも」
一拍。
「結果的には、そうなった」
私は、焚き火に手をかざす。
「……ロウ」
「あなたが降りた場所」
「私、今、立ってませんか」
ロウは、答えなかった。
でも。
その沈黙は、否定じゃない。
火は、静かに燃えている。
大きくもならないし、
消えもしない。
(ああ)
(似てる)
私は、そう思った。
ロウが降りた場所に、
今、私が立っている。
それが、偶然じゃないことだけは――
はっきり、分かった。




