第46話 君のおかげで、うまくいっている
褒められるのって、こんなに気持ち悪かったっけ。
「おかげで、うまくいっています」
管理側の人は、そう言って頭を下げた。
深々と。
丁寧に。
感謝しかない、という顔で。
「あなたの視点は、とても貴重でした」
「感情論に見えがちな部分を、理屈として整理できた」
「おかげで、現場の混乱も減っています」
(……いや、待って)
私は、笑顔を作るのに失敗した。
「えっと……」
喉が、少し引っかかる。
「“おかげで”って」
「具体的には、どの辺がですか?」
自分でも分かるくらい、
ちょっと必死な聞き方だった。
管理側の人は、悪気なく答える。
「管理区域の再編です」
「例外を明確に定義できたことで」
「判断が、ずいぶん早くなりました」
地図が、広げられる。
色分けされた線。
整理された境界。
……整いすぎている。
(これ)
(私が言ったやつだ)
“問題が起きていない場所まで、同じ基準で管理しなくていい”
確かに、私はそう言った。
でも。
「……判断、早くなったんですね」
「ええ」
即答。
「迷う時間が減りました」
胸の奥が、きゅっと縮む。
(迷わない世界)
(それ、良いこと?)
「管理が進んだ地域では」
管理側は続ける。
「水量は安定し、住民の不満も減っています」
「感謝の声も、多いですよ」
報告書を渡される。
数字。
評価。
成功率。
全部、綺麗。
……綺麗すぎる。
「……私」
思わず、口をついた。
「そんなに、役に立ってました?」
一瞬、空気が止まる。
でも、すぐに。
「もちろんです」
断言。
「あなたがいなければ、ここまでスムーズには進まなかった」
その言葉で、はっきり分かった。
(あ)
(私)
(歯止めじゃない)
(潤滑油だ)
会議が終わり、外に出る。
風が、冷たい。
「……ロウ」
隣を歩きながら、ぼそっと言う。
「今の聞きました?」
「聞いていた」
「……私」
少し、声を落とす。
「止めてるつもりでした」
「そうだな」
「でも」
足を止める。
「進めてますよね」
ロウは、すぐには答えなかった。
井戸の方を見る。
水面は、静かだ。
……静かすぎる。
「……止めてはいない」
ようやく、そう言った。
「だが」
「君の意見がなければ」
「もっと乱暴な形で進んでいた」
(それ、慰め?)
(それとも事実?)
「……ねえ、ロウ」
私は、井戸を見つめたまま言う。
「私の井戸魔法」
「最近、変じゃないですか」
ロウが、こちらを見る。
「……気づいたか」
「やっぱり」
胸の奥に、薄い不安が広がる。
「前みたいに」
「嫌な感じが、はっきり分からない」
「反応も、遅い」
「……私」
苦笑する。
「鈍ってますよね」
「使われ続けた結果だ」
ロウの声は、淡々としている。
「観測され」
「記録され」
「前提に組み込まれた」
「……だから」
一拍。
「“特別”ではなくなっている」
それを聞いて、なぜか少し安心した。
(良かった)
(便利なままじゃなかった)
でも同時に、怖くもなる。
「……じゃあ」
私は、小さく息を吸う。
「私がいなくなっても」
「もう、進みますよね」
ロウは、否定しなかった。
「進むだろう」
「……ですよね」
井戸の水面が、わずかに揺れる。
でも、前みたいな“引っかかり”はない。
(分からない)
(でも、進んでる)
管理側の人の言葉が、頭に残る。
――君のおかげで、うまくいっている。
「……ロウ」
私は、はっきり言った。
「このまま行くと」
「私」
「“必要な存在”になりますよね」
「……ああ」
「それ」
少し笑う。
「一番、嫌なやつですね」
ロウは、何も言わなかった。
否定しない沈黙。
それが、答えだった。
井戸は、今日も水を湛えている。
安定している。
問題はない。
でも。
その安定の一部に、
私が組み込まれていることだけが――
どうしても、気持ち悪かった。




