第45話 それでも判断する役を降りなかった
その提案をしたのは、私だった。
しかも、自分では
かなり慎重に考えたつもりだった。
「……この井戸」
私は、管理側の代表者を前に、地図を指した。
「一度、調整の対象から外しませんか」
空気が、ぴんと張る。
ロウは、横にいる。
でも、何も言わない。
(止めないんだ)
「理由を、聞いても?」
代表者は、穏やかな声で言った。
「水量は安定しています」
「問題は、起きていません」
「だからです」
私は、はっきり言った。
「問題が起きていない場所まで」
「同じ基準で管理する必要はない」
「……それは」
代表者が、少し考える。
「“自由度を残したい”ということですか」
「はい」
即答。
「全部を同じ枠に入れたら」
「違和感が、見えなくなります」
管理側の数人が、顔を見合わせる。
反発は、ない。
それが逆に、怖かった。
「……興味深い意見です」
代表者は、ゆっくりとうなずいた。
「実は」
一拍。
「同じことを、我々も考えていました」
(……え)
胸の奥が、ざわつく。
「ですが」
代表者は続ける。
「感情論と取られる恐れがあった」
「あなたのような第三者の視点があれば」
「理屈として、通せます」
私は、言葉を失った。
(それ、褒められてる?)
「……つまり」
恐る恐る、聞く。
「私の意見を」
「採用する、と?」
「ええ」
即答。
「あなたの判断として」
その言葉で、背中が冷たくなった。
「……判断、じゃなくて」
言いかけたが、遅い。
「ありがとうございます」
代表者は、頭を下げた。
「これで、管理の精度が上がります」
――精度。
嫌な単語が、耳に残る。
会議が終わり、外に出た。
風が、やけに冷たい。
「……ロウ」
私は、歩きながら言った。
「今の」
「止めるべきでしたか」
ロウは、少しだけ考えてから答えた。
「……止める理由は、なかった」
「……ですよね」
私も、そう思っている。
思っている、けど。
(何かが、ずれてる)
翌日。
報告が、届いた。
「……管理区域が、再編されました」
「又子さんの提案を基に」
地図が、差し出される。
私は、それを見て――
言葉を失った。
「……え」
外されたはずの井戸。
確かに、外れている。
でも。
「……他が」
声が、震える。
「他の地域が、より強く管理されてる」
ロウが、地図を見る。
「……均一化されたな」
代表者の言葉が、蘇る。
――精度が上がります。
(私)
(自由を残すつもりで)
(効率化を進めてる)
「……ロウ」
私は、立ったまま動けなかった。
「私」
「やっちゃいましたよね」
ロウは、否定しなかった。
「……ああ」
見たくなかった答え。
「君の提案は」
「“例外を作る”ためのものだった」
「だが」
一拍。
「彼らは、それを“基準の最適化”に使った」
喉が、ひくっと鳴る。
「……私」
小さく言う。
「止める側だと思ってました」
「問いでいるつもりでした」
拳を、ぎゅっと握る。
「なのに」
「一番、都合のいい材料に」
「自分から、なってます」
風が吹く。
井戸の水面が、遠くで揺れる。
噴かない。
壊れない。
より安定している。
「……それでも」
私は、顔を上げた。
「判断する役を」
「降りなかったのは、私です」
ロウが、静かに言う。
「だから」
「次は、もう一段厳しくなる」
「……ですね」
逃げない。
背負いすぎない。
そう決めたはずなのに。
選んだ結果からは、逃げられない。
私は、地図を見つめた。
そこにあるのは、
静かに整えられた世界。
そして。
その一部を
確かに、私が動かしてしまった痕跡だった。




