第43話 守る範囲が、広がりすぎている
最初は、街だった。
次に、街道。
その次に、村。
そして今。
「……この範囲」
私は、地図から目を離せずにいた。
「もう、“守る”って言葉で括れる大きさじゃないですよね」
地図いっぱいに引かれた線。
管理区域。
調整対象。
色分けされているのに、
どれも重なり始めている。
「……そうだな」
ロウの声も、少し重い。
「“守る”というより」
「“扱っている”に近い」
(言い方、きつい)
(でも、正確)
「……ここ」
私は、ある小さな印を指す。
「この村」
「前は、管理対象じゃなかったですよね」
「ああ」
「水量は、足りていた」
「……じゃあ」
言葉が、詰まる。
「なんで、今は含まれてるんですか」
ロウは、しばらく地図を見てから答えた。
「周囲が管理区域になったからだ」
胸の奥が、ひやっとする。
「……巻き込まれた?」
「結果的にな」
(結果的、で済ませるには重すぎる)
報告書をめくる。
「この村、別に困ってなかった」
「むしろ」
「今の方が、選択肢減ってます」
「……自前の井戸、使えなくなってる」
「管理と競合するからな」
私は、思わず笑いそうになった。
「……守るために」
「自分で水を汲む自由、消えてません?」
「消えている」
即答。
その潔さが、逆に怖い。
「……ロウ」
私は、ゆっくり言う。
「これ」
「管理側、どこまで想定してます?」
「……端までは、考えていない」
「ただ」
一拍。
「広げ続ければ、安定すると信じている」
(信仰に近い)
私は、椅子にもたれた。
「……善意で始めたことが」
「自分たちでも把握できない規模になる」
「一番、止めにくいやつですね」
ロウは、否定しなかった。
窓の外。
子どもが、水桶を運んでいる。
管理された水。
安定した生活。
でも。
(この子)
(水のこと、自分で選べないんだ)
「……私」
小さく言う。
「守る範囲、広げすぎると」
「誰も、責任取れなくなりますよね」
「……ああ」
ロウが、低く答える。
「だから、事故が起きた時」
「“想定外”になる」
胸が、ぎゅっと締まる。
(また、それ)
「……管理側」
私は、目を伏せたまま言う。
「多分、本気で良いことしてるって思ってますよね」
「そうだ」
「だから、止まらない」
沈黙が、落ちる。
「……ねえ、ロウ」
私は、顔を上げる。
「これ以上、広がったら」
「私」
「どこを見ればいいですか」
ロウは、少し考えた。
「……全体は、見なくていい」
「無理だ」
「じゃあ」
「君が見てきた場所を、見続けろ」
「一つ一つだ」
その言葉に、少し救われる。
(全部、抱えなくていい)
「……守る範囲が、広がりすぎている」
私は、ぽつりと呟いた。
「だから」
「戻れなくなってる」
ロウは、静かに言う。
「戻れなくなる前に」
「気づけるかどうかだ」
地図を畳む。
畳んでも、問題は消えない。
でも。
(見続ける場所は、選べる)
それだけは、覚えておこうと思った。




