第33話 井戸異変の報告が多すぎる
最初は、一日に三件だった。
「……また来ました」
詰め所の扉が開くたび、
同じ言葉が繰り返される。
「井戸の報告です」
(でしょうね)
私は、机に広げられた地図を見下ろした。
印が、増えている。
赤い印。
青い印。
まだ色分けする余裕があるのが、逆に怖い。
「……これ、全部今日ですか」
「今日だけで、七件」
ロウの声は落ち着いている。
落ち着いているけど、
慣れてきている感じがして、嫌だった。
「……増え方、おかしくないですか」
「加速している」
即答。
兵士が、新しい紙を置く。
「こちらは、異変というほどではないのですが」
「水の味が変わった、と」
私は、思わず眉をひそめた。
「味?」
「鉄っぽい、甘い、苦い……」
「地域ごとに、ばらつきがあります」
(それ、もう異変)
「……井戸、喋り始めてません?」
ぽつりと漏れた私の言葉に、
室内が一瞬、静かになる。
ロウが、こちらを見る。
「……あながち、間違いではない」
否定しないのが、怖い。
「水質だけじゃない」
ロウは、別の報告書を取った。
「魔法の反応が、ずれている地域がある」
「同じ術式なのに、効果が変わる」
(世界の基準がズレてる)
私は、深く息を吸った。
「……これ」
地図を指す。
「まだ“事故”起きてないですよね」
「今のところはな」
「じゃあ」
言葉が、少し詰まる。
「これ全部、“予定通り”ってことですか」
ロウは、少しだけ間を置いた。
「……その可能性は高い」
ぞっとした。
(被害が出てないのが、成功)
(成功してるから、報告が増えてる)
「……やだなぁ」
思わず、乾いた笑いが出る。
「壊れてないから、止められない」
「止めたら、壊れるかもしれない」
詰んでる。
「……これ」
私は、机に手をついた。
「誰が困るか、分かってやってますよね」
「当然だ」
ロウは、淡々と答える。
「困らせないために、やっている」
言葉の意味が、重すぎる。
「……善意って」
小さく呟く。
「一番、止めにくいですね」
報告は、止まらない。
紙が、積み上がる。
地図が、埋まっていく。
私は、ふと気づいた。
「……ロウ」
「なんだ」
「これ」
指で、ある地域をなぞる。
「私が行ってない場所ばっかりじゃないですか」
ロウの視線が、地図に落ちる。
「……そうだな」
「意図的、ですよね」
「君を避けている」
(完全に、存在バレ)
私は、椅子に深く座り直した。
「……じゃあ」
視線を上げる。
「次、私が行く場所は」
「狙われますね」
「可能性は高い」
即答。
でも。
逃げ道は、もう考えていない。
「……分かりました」
私は、ゆっくり言った。
「報告、全部ください」
「整理します」
ロウが、わずかに目を細める。
「……無理はするな」
「無理は、もう前提です」
自分でも、驚くほど落ち着いた声だった。
地図の上の井戸たち。
どれも、静かだ。
でも。
(この静けさ)
(嵐の前どころじゃない)
世界が、準備されている音がした。




