第30話 井戸は、まだ終わらない
夜が明ける頃、ようやく街は落ち着いた。
水の噴出は止まり、
新たな被害も出ていない。
でも。
(解決、ではない)
それは、誰の目にも明らかだった。
倉庫街の裏。
水の跡が残る地面を前に、
私は深く息を吐いた。
「……一晩で、色々ありすぎませんか」
自分でも分かるくらい、疲れた声。
「そういう局面だ」
隣で、ロウが答える。
名前を知っただけなのに、
距離が少し縮んだ気がする。
「黒幕は?」
兵士の問いに、ロウは首を振った。
「撤いた」
「今は、だが」
(ですよね)
私は、空を見上げた。
朝焼けが、やけに綺麗だ。
(こういうの、騙される)
「……私」
ぽつりと口を開く。
「正直、まだ怖いです」
「分かる」
ロウは、即答した。
「怖くなくなったら、危険だ」
(名言っぽい)
街の代表が、こちらに来る。
「……ありがとうございました」
深く、頭を下げられた。
その動作に、私は慌てる。
「ち、違います」
「私、完璧に止めたわけじゃないですし」
「それでも」
代表は、顔を上げた。
「逃げなかった」
その言葉が、胸に刺さる。
(それだけで、評価されるのも複雑)
でも、否定できなかった。
兵士が、改めて告げる。
「街としては」
「あなたに、正式に協力をお願いしたい」
「井戸異変が起きた時の、現地対応者として」
私は、思わずロウを見る。
彼は、何も言わない。
選ばせている。
(また、選択)
でも。
今度は、少し違った。
「……条件、あります」
私は、指を一本立てる。
「私一人で決めないこと」
「必ず、相談します」
「勝手に英雄扱いしないこと」
「……あと」
一拍。
「逃げたくなったら、逃げます」
場が、一瞬静まった。
それから。
「……了承します」
兵士が、うなずいた。
ロウが、小さく息を吐く。
「いい条件だ」
「ですよね」
私は、少しだけ笑った。
井戸を見る。
静かな水面。
でも、知っている。
(終わってない)
(むしろ、始まった)
「……異世界来て」
小さく呟く。
「井戸に人生振り回されるとは思いませんでした」
「まだ、振り回される」
ロウが言う。
「覚悟しておけ」
「……やめてください、現実的なこと言うの」
でも。
逃げない。
それは、もう決めた。
私は、井戸から目を離した。
街の方を見る。
人が歩き、
水を使い、
普通の一日が始まっている。
(守りたいかどうかは、まだ分からない)
(でも)
壊したくは、ない。
それだけで、今は十分だ。
井戸は、まだ終わらない。
でも、私も。
ここで終わるつもりはなかった。




