第26話 止めたつもりが、止まってなかった話をします
正直に言う。
私は、やれることをやったつもりだった。
完成しかけの井戸は、まだ噴いていない。
街も、今のところ無事。
だから――
(最悪は避けた)
そう思ってしまった。
「……一旦、距離を取ろう」
兵士の提案に、私はうなずいた。
井戸は未完成のまま。
黒幕の姿も、消えた。
今すぐ何かが起きる気配は、ない。
(……よね?)
嫌な予感が、胸の奥でくすぶっていた。
その時だった。
――ずん。
足元が、わずかに揺れた。
「……え?」
次は、もっとはっきり。
――どん。
「……揺れ、ました?」
兵士たちが、一斉に周囲を警戒する。
フードの人が、即座に顔を上げた。
「……違う」
「ここじゃない」
背筋が、冷えた。
「……別の場所?」
答えは、すぐ来た。
遠くで、低い音が鳴った。
地面の奥から、響いてくるような。
「……あっ」
胸の奥が、強く引かれた。
完成しかけの井戸じゃない。
別方向。
(逃げた)
(溜めてたやつが、逃げた)
「……私」
声が、震える。
「ここ、抑えたせいで……」
フードの人が、短く言った。
「水脈が、別の出口を探した」
兵士の一人が、顔を青くする。
「……街の方だ」
その瞬間、理解した。
(やった)
(やっちゃった)
私は、噴くのを止めたつもりで、方向を変えただけだった。
街へ戻る途中、騒ぎはすぐに聞こえた。
「水が――!」
「地面が割れてる!」
走る。
息が苦しい。
(間に合え)
街の端。
そこには、水が湧いていた。
井戸じゃない。
家の裏。
ただの地面。
でも、水は止まらない。
「……噴出口、変えた……」
誰かが叫ぶ。
私は、その場に立ち尽くした。
(私のせいだ)
(止めたつもりで、逃がした)
水は、幸いにも小規模だった。
家一軒分。
怪我人も、今のところいない。
でも。
(もし、これが街の中心だったら)
想像しただけで、息が詰まる。
フードの人が、私の横に立った。
「……判断としては、間違っていない」
意外な言葉。
私は、顔を上げた。
「……でも」
「結果は、失敗だ」
はっきり言われた。
それが、きつかった。
「……私」
声が、掠れる。
「何もしない方が、よかったんですか」
一瞬、沈黙。
そして。
「それは、誰にも分からない」
即答。
「だが」
続く言葉。
「君が選んだ結果だ」
街の人たちが、遠巻きにこちらを見ている。
責める目。
助かった目。
混ざっている。
(どっちも、きつい)
兵士が、静かに報告する。
「……被害は限定的です」
「住民の避難も完了しました」
胸の奥が、少しだけ緩む。
でも。
(“少しだけ”で済んだのは、運だ)
私は、拳を握った。
「……次は」
小さく言う。
「同じこと、できません」
「できないな」
フードの人が、肯定した。
「黒幕は、確認した」
「君が、抑える方向に動くことを」
つまり。
(次は、それを利用される)
私は、深く息を吸った。
怖い。
悔しい。
情けない。
でも。
「……それでも」
顔を上げる。
「何もしない、は選びません」
フードの人は、何も言わなかった。
でも。
否定もしなかった。
地面から湧く水を見ながら、
私は思った。
(初手で、完璧にやれるわけない)
(でも)
失敗したってことは、学べるってことだ。
そう思わないと、
立っていられなかった。




