第22話 調査って言われたけど、これもう近づいちゃダメなやつですよね
正直に言う。
私は「調査」という言葉を、少し甘く見ていた。
地図を広げて、
「この辺怪しいですね」
みたいな話をするものだと思っていた。
現実は。
「……完全に街の外じゃないですか」
「そうだ」
兵士の返事は短い。
門を出て、しばらく歩く。
人の気配が薄れ、草が伸び放題になる。
(つまり、モンスターが出ても文句言えない場所)
嫌な予感しかしない。
しばらく進んだところで、
それは突然来た。
――静かすぎる。
「……あれ?」
足が止まる。
風が、ない。
草が、揺れていない。
ついさっきまで聞こえていた虫の音も、消えている。
「……ここ」
声に出した瞬間、
喉が、ひくっと引きつった。
「どうした」
「分かりません」
即答。
「でも、ここ……嫌です」
兵士が首を傾げる。
「嫌、とは?」
「生理的に、です」
説明できない。
でも、体が拒否している。
フードの人が、周囲を見回した。
「……水脈が、浅い」
「地表に、近すぎる」
私は、地面を見る。
一見、ただの草原。
でも。
「……円、ありますよね」
誰も言わなかったことを、口に出す。
そこには、不自然な円形があった。
半径数歩。
綺麗すぎるほど、均一。
内側だけ、草が枯れている。
しかも、根元から。
(……井戸)
まだ掘られていない。
石もない。
なのに。
(もう“井戸”だ)
一歩、近づいた瞬間。
「……っ」
胃が、きゅっと縮んだ。
吐き気に近い感覚。
「無理」
反射的に声が出る。
「ここ、無理です」
フードの人が、私より早く反応した。
「……触るな」
低く、短い声。
しゃがみ込み、円の縁を指でなぞる。
その指が、途中で止まった。
「……未完成だ」
兵士が、息を呑む。
「未完成……?」
「井戸の“途中”だ」
その言葉で、理解した。
(失敗じゃない)
(止められるところまで、やった)
地面の中心。
ほんのわずかに、沈んでいる。
穴でもない。
割れ目でもない。
呼吸しているみたいに、浅く上下している。
「……生きてますよね、これ」
自分の声が、震えているのが分かる。
「……ああ」
フードの人は、否定しなかった。
「水脈に、触れている」
「あと一手で、繋がる」
兵士が、思わず後ずさる。
「完成したら……」
「噴く」
即答。
「水が」
「地面が」
「最悪、街が」
短い言葉が、重なる。
頭の中で、勝手に映像が浮かぶ。
井戸。
噴き上がる水。
逃げ惑う人。
(ダメだ)
(これ、完成しちゃダメなやつだ)
「……これ」
私は、確信して言った。
「失敗作じゃないですよね」
「……ああ」
「成功する直前で止めたやつですよね」
フードの人は、答えなかった。
でも、その沈黙が答えだった。
その時。
――かさ。
草が、わずかに揺れた。
全員が、同時に顔を上げる。
「……誰か、います」
理由は分からない。
でも、確信があった。
遠く。
草むらの向こう。
一瞬だけ、
人影のようなものが見えた。
「追うな」
フードの人が、即座に言う。
「罠の可能性が高い」
次の瞬間、
気配は消えた。
静寂が戻る。
私は、円形の跡をもう一度見た。
未完成の井戸。
でも。
(これ、試作品だ)
(本命は、別にある)
胸の奥が、冷たくなる。
「……次は」
小さく呟く。
「完成させる気ですね」
誰も、否定しなかった。




