第21話 誰かが井戸を使ってるって話、聞きたくなかったんですが
結局、その日は答えを出さなかった。
正確には、
出せなかった。
「一晩、考えてくれ」
そう言われて、
私は仮の部屋に通された。
窓の外は、静かな夜。
街は眠っている。
(この静けさ、信用できないんだよなぁ)
ベッドに腰掛けたまま、
私は天井を見つめていた。
逃げる。
残る。
封印される。
どれを選んでも、
誰かが傷つく。
(異世界って、もっと雑に冒険するもんじゃなかった?)
ため息をついた、その時。
――こんこん。
ノック。
「……はい」
ドアの向こうに、フードの人が立っていた。
「話がある」
嫌な予感しかしない。
部屋の外。
誰もいない廊下。
「今日の井戸」
いきなり本題。
「自然発生じゃない」
私は、黙ってうなずいた。
「……やっぱり」
「意図的だ」
断定。
胸の奥が、ひやっと冷える。
「誰かが、あの井戸を“作った”」
「……作るって」
言い直す。
「壊すんじゃなくて?」
「遮断し、溜めて、噴き出させる」
あの水の動きが、脳裏によみがえる。
「……モンスター、量産できますね」
「できる」
短い肯定。
私は、壁にもたれた。
(世界、思ったより物騒)
「目的は?」
「まだ分からない」
「だが」
一拍。
「井戸を“制御できる”と誤解している」
その言葉が、重かった。
(それ、過去に街壊れたやつじゃん)
「……同じ失敗、繰り返す人いるんですね」
「いる」
即答。
迷いがない。
私は、少しだけ睨む。
「……知ってる言い方ですね」
一瞬、沈黙。
「……昔、似た現場を見た」
それだけ。
それ以上は、言わない。
「で」
私は、腕を組んだ。
「私の役割は何ですか」
逃げずに聞く。
「餌?」
自嘲気味。
「違う」
フードの人は、即座に否定した。
「“指標”だ」
「……しひょう?」
「水脈の歪みを感じ取れる」
「どこが、壊されているか分かる」
(人間・探知機)
「……嬉しくないです」
「だろうな」
その返しが、妙に優しかった。
少し沈黙してから、私は言った。
「……封印したら、楽ですよね」
「楽だ」
即答。
「だが」
「問題は、残る」
私は、目を閉じた。
(やっぱり)
「……黒幕、近くにいます?」
「可能性は高い」
「この街の井戸は、実験場だ」
背中が冷える。
「……私」
小さく言う。
「狙われてます?」
「可能性はある」
はっきり。
「だが」
「君がここにいると知って、動いた可能性もある」
(つまり)
(私、引き金)
廊下の灯りが、揺れた気がした。
「……じゃあ」
私は、深呼吸する。
「逃げたら、もっと酷くなりますね」
「そうだ」
否定しない。
「残れば?」
「狙われる」
(どっちも地獄)
でも。
「……でも」
私は、ゆっくり顔を上げた。
「もう、起きちゃってるんですよね」
「起きている」
「じゃあ」
小さく笑う。
「見ないふり、できないです」
フードの人は、しばらく私を見ていた。
そして、言った。
「覚悟は、後でいい」
「今は、状況を知れ」
廊下の先で、誰かの足音がした。
兵士だ。
「……明日から、調査を始める」
「街の外も、見る」
私は、うなずいた。
「……はい」
部屋に戻る。
扉を閉めた瞬間、
膝が、少しだけ震えた。
(怖い)
でも。
(知らないままより、マシ)
ベッドに倒れ込む。
天井を見上げて、呟く。
「……井戸から始まった人生、重すぎでは?」
返事はない。
けど。
この世界のどこかで、
誰かが次の井戸を、準備している。
そんな気がしてならなかった。




