第20話 助けてほしいって言われた時点で、もう逃げ道なくない
静まり返った広場で、最初に動いたのは街の人だった。
恐る恐る。
でも、確実に。
倒れた私の方へ、一歩。
「……あの」
年配の男性が、代表するように声をかけてきた。
「あなたが、止めてくれたんですよね」
その言い方が、怖かった。
(止めた、じゃない)
(止まりかけただけ)
「……完全には、止まってません」
正直に言う。
「今回は、たまたまです」
でも、彼はうなずかなかった。
「それでも」
まっすぐな目。
「あなたがいなければ、街はどうなっていたか」
その言葉に、周囲の視線が集まる。
期待。
安堵。
そして――依存。
(やめて)
兵士が間に入る。
「落ち着いてください」
「まだ、調査が必要です」
それでも。
「……お願いします」
今度は、別の声。
「井戸を、何とかしてもらえませんか」
私は、言葉を失った。
(“何とか”が一番困る)
フードの人が、低く言う。
「彼女は、万能じゃない」
「むしろ、危険だ」
それでも、人は縋る。
水を失う恐怖は、それだけ強い。
場所を移された。
街の役所のような建物。
簡素な部屋。
私と、兵士数名と、フードの人。
重たい沈黙。
「……正式に、要請が出た」
兵士が言う。
「この街の井戸問題に、関わってほしいと」
(来た)
「拒否は?」
一応、聞く。
「できる」
即答。
「だが」
続く言葉。
「代替手段がない」
つまり。
(私しか、いない)
フードの人が、視線を落としたまま言う。
「もう一つ、選択肢がある」
その声で、嫌な予感が確信に変わった。
「……封印、ですよね」
自分から言ってしまった。
兵士が、うなずく。
「最終手段だ」
「井戸との反応ごと、君を遠ざける」
胸が、きゅっとなる。
(やっぱり来た)
「それをすれば」
私は、ゆっくり聞いた。
「この街は、助かりますか」
「……今の異変は、止まる可能性が高い」
可能性。
絶対じゃない。
「でも」
フードの人が続ける。
「別の場所で、同じことが起きるかもしれない」
つまり。
(私を消しても、原因は残る)
「……じゃあ」
私は、机の縁を握る。
「ここで逃げたら」
「街は?」
「崩れる可能性がある」
はっきり言われた。
逃げ道が、形を失う。
「……ずるいですね」
ぽつり。
「選択肢、三つくらいあるように見せて」
「実質、一つじゃないですか」
誰も、否定しなかった。
フードの人が、初めてこちらを見た。
「逃げてもいい」
「それは、嘘じゃない」
でも。
「残れば、役目が生まれる」
私は、息を吐いた。
(異世界来て、いきなり重役)
「……少し、考える時間ください」
「必要だ」
即答。
部屋を出て、廊下に出る。
外は、夕暮れ。
街は、まだ立っている。
守られた。
でも、それは――私の上に乗った。
「……助けてって言われた時点で」
小さく呟く。
「もう、無関係じゃないんだな」
フードの人が、少し離れた位置に立っている。
何も言わない。
待っている。
(決めるのは、私)
その重さが、初めてはっきり分かった。
井戸は、まだ静かだ。
でも。
次に揺れた時。
私は――
逃げない理由を、答えなきゃいけない。




