第19話 溜めてたものが、ついに溢れました
嫌な予感は、当たる。
当たらなくていい時ほど、正確に。
「……下がってください!」
私の声が、広場に響いた。
井戸の水面が、明らかにおかしい。
さっきまで静かだったはずなのに、
小さく、泡立っている。
(溜めすぎた)
理由は分からない。
でも、直感だけははっきりしていた。
「どういうことだ!?」
街の人の声。
ざわめき。
「井戸が……」
「音、してない?」
ごぽっ。
低く、嫌な音。
次の瞬間だった。
――ばしゃっ!!
水が、溢れた。
ただの水じゃない。
粘つくような、重い水。
色も、少し濁っている。
「うわっ!」
「下がれ!」
兵士たちが人を押し戻す。
私は、井戸から一歩も動けなかった。
(これ……)
水が、地面に広がる。
でも、流れない。
集まる。
中央に。
「……嘘でしょ」
水が、盛り上がった。
形を、持ち始める。
腕のようなもの。
歪な胴体。
「……モンスター?」
誰かが叫んだ。
正解だと思う。
でも。
(私、知ってる)
(これ、普通のやつじゃない)
水の塊が、ぎし、と音を立てた。
動くたび、地面が湿る。
フードの人が、私の前に立つ。
「下がれ」
「……私、これに反応してます」
胸の奥が、引っ張られる。
井戸魔法が、勝手に。
(繋がろうとしてる!)
「繋ぐな!」
即座の声。
「今、繋げば」
「こいつごと、全部呼ぶ」
(最悪)
兵士たちが、武器を構える。
だが、躊躇が見える。
水系モンスターは、斬りづらい。
しかも、街のど真ん中。
「……私」
歯を食いしばる。
「ここで、何もしない方が被害大きくなりますよね」
フードの人は、一瞬だけ迷った。
そして。
「……限定的に、抑えろ」
「抑える?」
「繋げるな」
「“留めろ”」
(無理難題!!)
でも。
やるしかない。
私は、両手を前に出した。
井戸じゃない。
モンスターでもない。
地面と、水の境目に意識を集中する。
(流れるな)
(広がるな)
魔法が、軋む。
胸が、痛い。
「……っ!」
水の動きが、鈍った。
完全じゃない。
でも、止まった。
「今だ!」
兵士たちが、一斉に動く。
網。
魔法の拘束具。
水の塊が、暴れる。
地面が、揺れる。
(やめて……!)
私の視界が、ぐらつく。
「……限界」
その声と同時に、
フードの人が前に出た。
何かを地面に打ち付ける。
鈍い音。
水が、悲鳴みたいな音を立てて――
崩れた。
水は、水に戻った。
広場に、静寂が落ちる。
私は、その場に膝をついた。
「……生きてる?」
自分に聞く。
返事はないけど、
意識はある。
フードの人が、私を見下ろした。
「……無茶をしたな」
「はい」
即答。
「でも」
私は、息を整えながら言う。
「繋げてたら、もっと酷かったですよね」
少しだけ、間があって。
「……ああ」
肯定。
街の人たちが、遠くでざわついている。
恐怖と、安堵と、
そして――期待。
(やめて、その目)
私は、井戸を見た。
水面は、また静かだ。
でも。
(完全に止まったわけじゃない)
これは、始まりだ。
誰かが、
井戸を使って、何かをしようとしている。
そして。
(私の魔法は、ちょうどいい起点になる)
胸の奥が、冷たくなる。
「……次、来ますよね」
私の言葉に、フードの人はうなずいた。
「来る」
「もっと、はっきりした形で」
私は、苦笑した。
「異世界来て、井戸で街守る係になるとは」
誰も、笑わなかった。
それが、答えだった。




