第16話 別の街の井戸が壊れたって、それもう他人事じゃなくない?
最初は、ただの噂だと思っていた。
「隣町の井戸が変だ」
昨日、市場で聞いた話。
よくある尾ひれ付きの話だと、そう思っていた。
でも。
「……確定情報だ」
朝、フードの人がそう言った。
私は、パンを口に運ぶ手を止める。
「確定って……」
「井戸が、機能していない」
「水が出ない?」
「正確には」
一拍置いて。
「出そうとしても、戻ってくる」
「……戻る?」
意味が分からない。
「汲み桶を下ろすと、水は触れる」
「だが、引き上げると空になる」
(ホラーじゃん)
「……それ、魔法的にアウトなやつですよね」
「普通の井戸では、ありえない」
つまり。
(完全に異常)
私は、無意識に自分の手を見た。
(私、そんなことできる?)
答えは、すぐ出た。
(……できない)
少なくとも、やった覚えはない。
「被害は?」
「今のところ、水が使えないだけだ」
「でも」
フードの人は、視線を落とす。
「長引けば、街は死ぬ」
その言葉が、重く落ちた。
水は、命だ。
「……その街の人は」
「混乱している」
「原因が分からないからな」
少し考えて、私は聞いた。
「その井戸、私の井戸と……似てます?」
「性質が、違う」
即答。
「君のは、繋げてしまう」
「向こうは、遮断されている」
(逆じゃん)
「……誰かが、意図的に?」
「可能性は高い」
嫌な方向で、話が噛み合っていく。
「井戸は、放っておいても壊れない」
「壊れる時は、必ず理由がある」
胸の奥が、じわっと冷える。
「……じゃあ」
私は、恐る恐る言った。
「これ、私をどうにかすれば解決、って話じゃないですよね」
「ならない」
迷いのない答え。
少しだけ、救われた。
「むしろ」
フードの人が続ける。
「君のような存在がいないと、調べられない」
「……え」
「水脈の異常に、反応できる人間が必要だ」
(それ、私)
嬉しくない適性。
その日の昼過ぎ。
兵士が、倉庫を訪ねてきた。
「……別の街から、正式な連絡が入った」
表情は、硬い。
「井戸の調査を、要請されている」
視線が、一瞬だけ私に向く。
(来た)
「同行を、頼みたい」
空気が、張りつめる。
私は、喉を鳴らした。
「……断れます?」
一応、聞く。
「断れる」
兵士は、正直に答えた。
「だが」
「街は、助からないかもしれない」
(選択肢が、実質一つ)
私は、フードの人を見る。
彼は、何も言わない。
代わりに、待っている。
(また、選ばされる)
でも。
第9話の夜。
第14話の話。
そして、昨日の静かな井戸。
全部が、頭をよぎる。
「……行きます」
声は、思ったより震えなかった。
「ただし」
条件をつける。
「井戸は、勝手に出しません」
「無茶しない」
「監視、つけてください」
兵士は、少し驚いた顔をしてから、うなずいた。
「……分かった」
フードの人が、短く言う。
「移動は、明日だ」
「覚悟は、しておけ」
私は、苦笑した。
「してないです」
「でも」
一歩、踏み出す。
「他人事じゃないってことだけは、分かりました」
別の街。
別の井戸。
でも。
(もう、世界が繋がってる)
そんな気がしてならなかった。




