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新月の下、澪標は輝く  作者: でまちやなぎ


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第二話

 ミオは抵抗しなかった。あえて座らない理由もなかったからである。


 アナスタシアは満足気に笑った。


「素直な子ね。ところで、あなたはいくつ?私は十六、日本なら女子高生。学園艦に乗っていたかもしれないわね」


「……十六。同い年だ」


「ふふ。あなたとは仲良くやれそう」


「この狂人が……」


「狂っていないと独裁者なんて務まらないわ。……それにしても、おかしな世の中よね。十六歳の独裁者に十六歳の暗殺者。ねえ、世界はなんでこんなおかしなことになったのかしら」


「世界はバカばっかりだからだ」


「気が合うわね。私も同じ考え。だから考えたことがあるの。核ミサイルを全世界にぶっぱなして、皆殺しにしてやろうって」


 共和国は核実験を繰り返していた。しかし核兵器を保有するには至っていないというのが各国情報機関の見立てではあったし、そもそも核兵器を維持できる資金も共和国にはないはずである。


「でも、辞めた。何発撃ったところでアメリカの大統領だけは絶対に死なないもの。あいつはきっと、自分だけは特製シェルターに籠って生きながらえる」


「それなら暗殺でもすればいいだろう」


「あいにく、ウチには優秀な暗殺者はいないのよ。もちろんいるにはいるわよ?でも、シークレットサービスとかCIAには勝てないわね」


 その時、遠くで爆発音がした。おそらく革命軍と治安部隊の戦闘だろう。共和国は本格的に内戦状態に陥ったようだった。


「またバカどもがバカ騒ぎしているわね」


 窓を見やったアナスタシアはつまらなそうに呟いた。彼女の横顔を見ながら、ミオには疑問が浮かんだ。


「気になったんだが、なぜお前は独裁者になる道を選んだ?たしかに父親が独裁者なら引き継ぐしかないかもしれないが、ロシア辺りに亡命くらいはできただろう」


「亡命したところでロシアのポチになるしかないじゃない。生殺与奪の権利を大統領のあのハゲに渡したくないわよ」


「お前はいつ死んでもいいような口ぶりだが」


「まあ、そうなのだけれど、あのハゲの喜ぶ顔は見たくないから。あいつこそ戦犯として裁かれるべきだと思うけれどね」


 ロシア大統領にもジェノサイドの疑いが持たれているが、常任理事国ということもあって結局のところうやむやにされている。そのロシア大統領とアナスタシアが会談をしているのをニュースでミオは見たことがあったが、あくまで嫌われ者同士が戦略上、仲良くしているという感じだった。


「一つ質問に答えたから、私にも質問させてよ。あなたはどうして『桜花』に入ったの?」


 アナスタシアはテーブルに頬杖をつきながらミオの目を覗き込んだ。


「……物心ついた時にはもういたんだよ」


「ふうん。自由民主主義を謳っておいて結構グロいことするのね、日本政府も。唾を吐きかけてやりたいわ」


「日本が嫌いか?」


「いいえ、大好きよ。さっきも言ったけれど、中学までは日本で過ごしていたから。私が嫌いなのは人類全体よ」


 人類全体。アナスタシアは心底、彼ら彼女らを嫌っているようだった。


「人類全体……。わかりやすい悪役だな、お前は」


「白人も黒人も黄色人種も男性も女性も金持ちも貧乏人も、個体差はあれど同じように皆バカ。同じ間違いを何度も何度も繰り返す」


 ある意味では公平だ、とミオは思った。同時に彼女の思想に共感しかけている自分が少し怖かった。


「だがお前もまた、間違いを犯しているのでは?」


「そうよ。でも私は自分が間違いを犯していることを知っている。ソクラテスのように」


「『無知の知』か」


「そう。でも、例えば革命軍のあいつら。彼らは私を悪の権化として殺そうとしているけれど、それも私が今までやってきたことと同じ。私だって、反逆者を『悪』っていうレッテルを貼って殺してきた。笑えてくるわね、自己矛盾に気付いていないんだもの」


 アナスタシアは乾いた笑いを発した。


「バカどもって傲慢よね。正義の味方を気取って悪を成敗したつもりでいる。悪は自分自身かもしれないのに」


「……正義だとか悪だとか、私には分からない。分かろうとも思わなかったな」


 ミオは床を見つめながら呟いた。彼女の人生は殺すか殺さないかで出来ていた。ターゲットだから殺す。そいつが悪い奴だからというのは正直なところ、理由ではなかった。

 だからこそ、つい先ほどアナスタシアに言われて動揺したのだ。自分には頭で考えた「正義」はあるが、心の底の本能として「正義」と「悪」を区別できていないことに気付いたからだ。


「その考えは否定しないわ。ただこの世界のルールではどうも二つに分けられるらしいから、従っておくのが賢いわよ」


「……どうして、人は正義の味方になりたがるのだろうな」


「決まってるじゃない。正義は人間にとって最大の麻薬なのよ。正義を振りかざして人を殴るのはとても気持ち良い。けれど辞められない。なぜなら麻薬だから」


 アナスタシアはミオに対し、明確な解答を与えた。それもまるで生まれた時から知っているかのように、自明の理のように。


「人類全員、麻薬中毒者なのよ。正義というドラッグに溺れるバカな類人猿。だから皆、死んじゃえばいい。薬物中毒は一生治らないって言うでしょう?そこで、私は決めました!」


「……何を?」


 無邪気に語るアナスタシアに、ミオはごくりと唾を飲み込んだ。


「人類全員に殺し合い・バトルロワイヤルをしてもらいまーす!」

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