異世界の橋
人外の彼女たちが僕をめぐって〜 僕に拒否権は? 「ないね」「ない」 「ないよ」「ないわね」〜【カクヨム版】で、映画研究部の面々が制作した自主映画の内容です。
ーーここは、異世界。
蒼白い光が王宮の間を満たし、床に刻まれた巨大な魔法陣が、音を立てるように輝きを増していく。
空気が震え、光が弾けた。
――次の瞬間。
まばゆい閃光の中心から、見慣れない制服姿の少年少女たちが次々と現れる。
学ラン、セーラー服――。
中には、小学生や中学生と思しき少女の姿まで混じっていた。
「……ここ、どこ?」
黒髪の女子高生が周囲を見渡し、唇を震わせた。
「な、なんだこれ!? 教室にいたはずじゃ……」
隣で叫ぶのは、部活帰りらしい男子高校生。
誰もが状況を呑み込めず、王宮の荘厳な光景に呆然と立ち尽くしている。
そのとき――。
壇上の奥、金色のステンドグラスの前に立つ一人の女性が、静かに手を掲げた。
白い法衣をまとい、銀髪を結い上げたその姿は、まるで神話の登場人物のようだった。
「私の名は――セラフィーナ。聖女と呼ばれております」
透き通るような声が、広間に響く。
「皆さん、よくぞ来てくださいました! 実は召喚術によって、皆さんをこちらの世界へお呼びしました!」
どよめきが広がる。
「召喚……?」「マジかよ」「夢じゃないのか?」
混乱の中で、セラフィーナはさらに言葉を重ねた。
「突然ですが、皆さんには“魔王”と戦っていただきたいのです」
「えっ……魔王!?」
ブロンドの女子高生が息を呑む。
「そんなこと言っても、俺たち普通の高校生だぞ!?」と男子生徒。
セラフィーナは微笑んだ。
「大丈夫です。皆さんには――“特別な力”が備わっています。その力を解放すれば……戦闘形態になるのです。もちろん、私達もともに戦います」
――王宮の大広間。
大理石の床に燭台の光が踊り、長椅子に並ぶ貴族たちの顔が炎に揺れる。
玉座には王、側には重厚な鎧を纏った騎士団。だがその中央で、異様な存在感を放っているのは──見慣れぬ制服に身を包んだ若者たちだった。
「そなたたちが異界の勇者であるか!! いきなり呼び出してすまないが、これは王国の危機だ。魔王の手先のアンデットたちを倒してくれ」
王の声は震えと威厳を同居させ、広間の空気を震わせる。
黒髪の高校生は眉を寄せる。
「そんなこと、いきなり言われても……」と現代の口調が古風な玉座にぽつりと響いた。
小さな手を握りしめた小学生の少女が、涙目で言う。「私たち、元の世界に帰りたいの。お願いします……」
聖女セラフィーナは静かに頷き、金色のまなざしを少女に向ける。
「ええ。貴方方が我らのために力を尽くしてくださった暁には、必ず帰還の道を用意しましょう」
その言葉は温かく、しかしどこか遠い約束の響きを含んでいた。
「……もう、やるしかないってわけね」とブロンドの女子高生が肩をすくめる。
「なら、仕方ないね……」と男子は俯き、拳をぎゅ、と握る。
若者たちの顔には、恐怖ともう一歩先の覚悟が交錯していた。
――王宮の地下深く。壁に苔が張り付き、蝋燭の炎が揺れる薄暗い空間。
床には巨大な魔法陣がぎっしりと描かれていて、その上に今、制服姿の少年少女たちが並んでいた。
「私の名は――イゾルテ。赤髪の魔女と呼ばれているわ。今から、あなたたちの力を解放する」
とんがり帽子を斜めにかぶり、詰め襟のワンピースがひらりと揺れる赤い髪の女――イゾルテが、にやりと笑った。
その口振りに、本当に何かが起こると感じたのは一瞬のことだった。
魔法陣がじわじわと光り、空気が振動する。子どもが「きゃあ」と叫び、男子はぎゅっと拳を握る。永遠は目を見開き、彩花は腕で顔を覆い、亜紀は眉を釣り上げた。
「なに? なにが起こるの!」
「うわっ!」――男子高校生の一人が声を漏らす。
光が、渦が、世界を包み込むように膨らみ――そして、シュッと一瞬で消えた。
息を呑む静寂のあと、床に残ったのは“変貌”した姿だった。
――肉体は筋骨隆々の異形に変わり、全身が血を浴びたような暗赤に染まっている。
青いラインが脈打つように身体を走り、頭部は巨大な眼を思わせる意匠で覆われ、口は存在しない。
マントは裂けた血布のようにたなびき、鎖が鎖骨を軋ませて、金属音が冷たく響いた。
「うおっ、な、何だこれ……!」と一人が自分の腕を見下ろす。
その手は、もはや高校生のものとは呼べない――だが、どこか“力”を確かに宿している形状だった。
──そして他の者たちも、まるで映画のコスチュームのように変わっていた。
黒のロングコートにサングラス、コンバットスーツにホルスター、背中には刀。胸元には、デフォルメされた“ドクロ”のマークが大きく描かれている。
自動小銃を構えた者、拳銃を両腰に下げた者、全員が凛々しくも過激な“ヴァンパイアハンター”の装いだ。
「これは……」りりが拳をぎゅっと固める。
「あなたたちの深層心理にある“強さ”のイメージを、調整して具現化したのよ!」とイゾルテが得意げに宣言する。
「なぜ――俺だけ、こんな姿なんだ!」と一人が叫ぶと、魔女は肩をすくめた。
「それがあなたの能力よ。一人、それがあなたの“核”なの」
彼はじっと手を見つめ、変わった自分の指先に少しだけ笑みを含んだ。
霧が、王都を覆っている──。
朝焼けにも昼にも夜にも似た、どこか死んだような薄い灰色の世界。
橋の欄干は水滴をまとい、遠くの灯りがにじんでいるだけだった。
塹壕に身を伏せるのは、まだ十代の若者たち。コートの裾は泥で汚れ、銃床に寄せた額には汗と泥が混じる。
彼らの目の前には、霧の中をゆっくりと、しかし確実に迫る影──アンデッドの群れがあった。歩みは緩慢だが、数の暴力。
口のない顔、裂けた皮膚、どこからともなく立ち上る腐臭が鼻を突く。
「まずいわね……騎士団の連中はどうしたの?」
永遠の声が、塹壕の中で小さく震えた。
彼女はM2ブローニングの砲口を覗き込み、弾帯をぎゅっと握る。
「西側の防衛に向かってるってさ」
亜紀は自動小銃の構えを崩さず、霧の向こうを凝視する。
指先が拳の引き金に触れる。
「違う、噂だと王都を捨てて別の都に行くって──」
りりが小さな声で言う。言葉の端は震えていた。彩花が小さく身体を縮ませる。
「じゃあ、ここを俺たちとイゾルデだけで守るってことか……」と異形の一人が吐き捨てる。彼の声はいつもより低く、どこか冷えていた。
霧の中から、ザクッ、ザクッ、ザクッ──。足音か、それとも肉が踏み潰される音か。大量の歩行音が束になって近づいてくる。
「来たっ!」
永遠が合図を送る。彩花の肩が震え、りりは口元を固く引き結ぶ。
亜紀が深く息を吸い、短く言葉を呟く。
「しっかりしな。生きて、帰るんだ」
合図と共に、地獄のような火力が炸裂した。
M2ブローニングが火を噴き、空気が裂け、金属と熱が霧を切る。
自動小銃の火花が散り、銃声が連なり、ゾンビの群れが吹き飛ぶ。
飛沫が舞い、何かが弾ける音がして、見渡す限りのアンデッドの隊列が一瞬ズタズタに引き裂かれた。
だがそれは、まるで水を掻き分ける魚の群れの如く、すぐに埋め戻される奇怪な景色だった。
肉が崩れ、頭が飛び、胴が砕けても、そこからまた足が湧いてくる。彼らは数で押し、歩みを止めない。
「くそっ、終わりがねぇ……俺、前出る!」
一人が叫ぶ。塹壕を飛び出して、霧の中へと突っ込んだ。
光弾が裂け、影が飛び散る。その先で、ゾンビが大きく吹き飛び、血と肉片が空に舞った。誰かが絶叫するように呼ぶ声が、風に消える。
「これでもくらえ!」と亜紀が手榴弾を投じ、乾いた爆発が建物を揺らす。
彩花がグレネードランチャーの照準を定め、引き金を引く。建物ごと、ゾンビの群れが吹き飛んだ。瓦礫と血煙が天高く舞う。
りりも自動小銃をぶっ放し、連射の音が空または霧を切り裂く。
弾は命中し、相手は一瞬減ったように見えた。しかし、それでも先は見えない。ゾンビたちの波は、どこまでも続いている。
「M2がオーバーヒートしたわ!」永遠が叫ぶ。熱で手が痺れ、砲身が膨張する。弾帯を交換する暇もない。
「私が打って出る。あんた、援護して!」亜紀が塹壕を蹴って飛んだ。
永遠は彼女の背中へ連射を浴びせ、流れを作る。
永遠も続く。
霧の中、彼女は一瞬影になり、再び弾が飛び交った。
やがて、前方で誰かが倒れているのが見えた。亜紀だ。
胸元に深い裂け目、服は血で張り付いていた。彼女は震える体で泥に伏している。
永遠が駆け寄り、膝をついて亜紀を抱き起こす。
「来ちゃダメだったのに……」永遠の声は堰を切ったように震え、目に涙が滲む。亜紀は苦笑を浮かべ、指先で自分の腕を示す──噛まれた跡がある。
「ごめん、もう……だめかも」
声は小さく、それでいてあまりにも冷たい。
血が歯茎に回る前兆のように、時間が残酷に迫っている。
「もし、私がアンデッドになったら……その時は、あんたが──」亜紀は言いかけて、震える手で拳銃を取り出す。
永遠はその手を取って強く抱きしめる。
亜紀の瞳が、薄く笑みを浮かべる。涙が頬を伝う。彼女は弱々しく、しかし決然と銃口を自分へ向ける。
永遠は止めようとするが、言葉が出ない。
銃声が──バンッ──と戦場に木霊する。霧が弾で震え、静寂が一時的に降りる。
塹壕の中では別の地獄が渦巻いていた。
彩花が半狂乱に叫び、りりの肩を揺さぶる。
「どうしよう、もうだめ、帰りたい、帰りたいよ!」彩花の声は子どものそれで、震えが止まらない。
りりは一瞬だけ冷たい眼で彩花を見た。
手のひらがぴんと張りあがり、バシッと彩花の頬を叩く。
音が狭い塹壕の壁に反響する。
「しっかりして。生きて帰りたいなら、撃て!」りりはそう言って、ふらつく彩花の手を取って外へ駆けだす。
霧の中で、りりが倒れる。
彩花が悲鳴を上げて飛び出す。そこには、りりが血にまみれて横たわっていた。
恐怖に支配された彩花は発砲を繰り返す。弾丸が肉を引き裂き、肉片と血が舞う。
彼女は叫ぶ、吠えるように──
「しねっ、しねっ、しねっ!」
銃声、断末魔、金属の擦れる音。
橋の先の世界は、塹壕の中の若者たちの悲鳴と血で満ちていく。
誰かが、遠くで低く叫ぶ。
「──諦めるな。生きて、日本に戻るんだ!」
だが、その言葉は風に掻き消される。橋の向こう側で、アンデッドの群れは、ゆっくりと、確実に、塹壕へと迫り続けていた。
ーその頃ー
月光が差し込む都の眼前の廃墟。
静寂を裂くように、永遠の前に立ちはだかったのは――フロックコートを纏った金髪碧眼の青年だった。
その美貌は絵画のように整っているが、瞳の奥には血の渦が渦巻いている。
「お前が、こいつらの親玉だな」
永遠は一歩前へ出る。
黒髪が月光を反射して揺れ、背中の刀を静かに抜いた。
「どうかな。――我が名は、ロベルト」
青年は薄く笑い、口元から覗く牙が銀に光る。
「お前たちを殺して、王都をいただく」
その瞬間、空気が裂けた。
ロベルトの両手が獣のような鉤爪に変わり、永遠の刀とぶつかり合う。
キィン――!
火花が散り、永遠の黒髪が宙を舞う。
刀と爪が幾度も交錯し、金属音が夜を震わせた。
「くっ……!」
永遠が距離を取る。
その瞳に宿るのは、冷たい覚悟。
次の瞬間、銃声が轟いた。
パァン――!
ロベルトの身体が吹き飛び、永遠の姿が消える。
「なっ――!」とロベルトが振り向いた時にはもう遅い。
背後に回り込んだ永遠の刀が閃光を放ち――
スパァン!
首が宙を舞った。
倒れゆく身体に、永遠は静かに刃を突き立てる。
ロベルトの体が崩れ落ち、静寂が戻る。
──同じ頃。
異形の姿となった一人は、無数のゾンビを蹴散らしていた。
咆哮を上げ、血煙をまとい、敵を薙ぎ払う。
その先に――赤髪の魔女、イゾルテが立っていた。
「ふふ……まさか、ここまで来るとはね」
紅い髪がゆらめき、瞳が妖しく光る。
「まさか、あんたが黒幕だったなんてな」
一人の声が低く響く。
「そうよ。だから――死になさい」
イゾルテの手が掲げられると、宙に巨大な魔法陣が展開した。
無数の光弾が放たれ、夜空を照らす。
ドゴォォン!!
爆風が一帯を呑み込み、瓦礫が宙を舞う。
その中を、一人の身体が光の弾をすり抜けながら突進する。
「終わりだ――!!」
右腕に青いラインが走り、放たれる渾身の一撃。
閃光と爆炎が交錯し、世界が震えた。
……そして、静寂。
爆煙の中から現れた一人は、ゆっくりと背を向ける。
「終わったな」
その言葉に応えるように、仲間たちが微笑んだ。
崩れゆく瓦礫の空の下――再び、彼らの日常が始まる。
――異世界の夜明けが、静かに訪れていた。
濃い霧の中、静寂が戻っていた。
硝煙の匂いと、焦げた金属の残り香だけが漂っている。
瓦礫の向こうから、ゆっくりと歩いてくる影。
戦闘の熱がようやく引いたのか、異形の身体は崩れ落ち、ただの少年――“一人”がそこにいた。
傷だらけの手で額の血を拭い、震える声で叫ぶ。
「――永遠っ!」
振り返った永遠の頬を、風が撫でた。
その黒髪の隙間から、涙の跡が見えた。
「……生きていたのね」
そう言う声が、嗚咽に変わる。
二人は、橋へと戻った。
だが、そこに広がっていたのは――希望ではなく、絶望だった。
橋の中央。
瓦礫の下に、動かぬ二つの影。
りり。
彩花。
二人の少女は、抱き合うように倒れていた。
目は閉じたまま、穏やかで――まるで眠っているようだった。
永遠はその場に崩れ落ち、喉を裂くように叫んだ。
「う……うううううううううっ!!」
その声は、煙る朝の空へと消えていった。
やがて、鎧の音が響く。
白銀の鎧をまとった騎士団が、霧を割って現れた。
先頭には金の長髪を風になびかせた女――セラフィーナ。
「……ここは終わりね」
彼女は静かに橋の全体を見渡すと、短く命じた。
「今からこの橋を爆破して、次の敵襲に備えるわ」
「はっ!」と騎士たちが動き出す。
爆薬を運び、導火線を設置していく。
セラフィーナは振り返り、静かに二人へ言った。
「ご苦労さま。……帰還の準備を。もう休みなさい」
しかし、その言葉に永遠も一人も動かなかった。
ただ、りりと彩花の亡骸を見つめている。
「違う……違う……こんなの……」
一人が首を振る。
永遠の肩が震えた。
「もう戻りなさい」
セラフィーナが一歩近づく。
その瞬間――
「黙れっ!!」
一人が銃を抜き、彼女に向けた。
銃口が揺れる。涙で視界が滲む。
「馬鹿な真似はしないで」
セラフィーナの声が冷たく響いた、その刹那――
――パンッ!
乾いた発砲音が、静寂を裂いた。
セラフィーナの身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
胸元から赤が滲み、石畳を染めた。
呆然とする一人。
その視線の先――銃を握っていたのは永遠だった。
「……なんで、そんな顔をするの?」
永遠は泣きながら、銃を取り落とす。
「私は、守りたかっただけ……」
騎士団が叫び声を上げ、混乱の中で退却していく。
その背を、誰も追わなかった。
次の瞬間――
「ぐっ……!」
閃光が走る。
背後から撃たれた光弾が、一人の胸を貫いた。
「かずとっ!!!」
永遠が駆け寄り、血に濡れた彼の顔を両手で掴む。
その頬を何度も叩きながら、震える声で叫んだ。
「どうしたのっ……ねぇ、もう帰ろうよ! 一緒に帰ろう!」
返事はない。
彼の目は、空の向こうを見つめたまま動かない。
永遠は嗚咽を漏らしながら、一人の身体を抱き起こす。
そのまま、橋の上を、血まみれのまま引きずっていく。
霧が濃く、空が白んでいく。
遠くで爆破音が鳴り響いた。
――戦場は、もう誰もいない。
流れる血の跡だけが、確かにそこに「生」があったことを告げていた。
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