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プロローグ

 如月幸也は薄暗い森の中を駆けていた。

 頼りになる光は、鬱蒼と生い茂る木々の間から差し込む月明かりしかない。だがそれは常人にとっての話だ。

 幸也は足元もおぼつかないような森の中を、全力で駆けている。

 なんてことはない。幸也には視えているのだから。

「ちっ! 相変わらずしつこいな、婆さん」

 幸也は足を止め、眼前にそびえ立つ大樹を見上げた。

 樹齢六百年はあろうかという巨大な樫の木。およそ人がいるとは思えないほどの高さに、

幸也は視線を注ぎ続ける。

 人影など見当たらない。それでも、幸也は確かに人の存在を察知していた。

 自身のエーテルを振りまき、周囲の状況を把握するという方法で。

「婆さん、いい加減見逃してくれないかな。僕も暇じゃないんだよ、明日も“表”の仕事が入ってるし」

 幸也は肩をすくめながら、大樹に向かって苦笑する。

「フン、見逃せるはずもなかろう。貴様はネクロマンサーに情けをかけるという禁を犯した。よって極刑……いいや、違うか。私はハナからお前が気に食わん。だから殺す」

 大樹の上から声が響く。婆さん、といわれた割にその声は凛としており、みずみずしいものだった。

「……はぁ。僕は何度婆さんに殺されればいいんでしょうかね? まぁ、いいや。ヴェルナールごときとの戦闘じゃ、フラストレーションしか生まれなかったからね。お相手しましょう、アクロマ機関“総帥”様」

 幸也はニヤリと笑い、恭しく頭を下げた。

「相変わらず殺しても殺し足りんヤツだ」

 総帥と呼ばれた者の憎々しげな声と同時に、周囲に無数の光弾が出現する。

「穿て! 聖なる弾丸ホーリーバレッド!」

 総帥は声を張り上げる。その叫びに、眠っていた鳥たちが木々からバタバタと音を立てて飛び立った。

 そのざわめきとともに、周囲に浮かんでいた光弾が一斉に幸也めがけて飛来する。

 幸也は数を数えるのすら憚られる光弾に溜息を洩らすと、キッと表情を引き締め、声を上げた。

「来たれ! 聖騎士パラディン!」

 幸也が叫ぶと同時に、光弾が幸也に全方向から着弾する。

 爆音が鳴り響き、砂埃が巻き起こった。

「フン、やはりこれくらいでは殺せぬか」

 退屈そうな総帥の声が闇に響く。

「当然」

 続いて、幸也の声。  

 涼やかな風が吹き、立ち込めた砂埃をかき消していく。

 砂埃が消えるとそこには、幸也が立っていた。先ほどと変わらぬ位置、変わらぬ姿勢で。

 だが決定的に違うのは、幸也の周りの地面が綺麗に抉り取られているということ。そして何より、幸也の横に、巨大な楯を両腕に携えた光輝く騎士が立っているということ。

「召喚術とは小生意気な」

 総帥の楽しげな声が木々のざわめきとともに響いた。

「なに、ほんの手すさびですよ」

 幸也は微苦笑する。

 このやり取りを他の魔術師が聞いていたら腰を抜かすだろう。酷い場合は気を失うかもしれない。

 それほどまでに、二人の応酬は凄絶だった。その軽薄な会話とはまるで釣り合わないほどに。

 それでも。

「……馬鹿みたい」

 暗闇には緊張感のない第三の声が響いた。

 声の元には、幸也と総帥のやり取りを少し離れたところから眺めている雪の姿があった。

 雪は退屈そうに溜息を吐きだし、近くにあった木に寄り掛かる。

 再び森に爆音が響き始めるが、雪は気にも留めなかった。

「だいたい、なんであの二人はいい歳して恥ずかしげもなく技名みたいなのを叫ぶんですか。イメージの補強が必要なほどレベルの低い魔術師じゃあるまいし。しかも叫ぶたびに技名違うし……」

 顔をしかめながら、雪はブツブツと呟き始める。

 呟き続ける間に、何十回爆音が響き渡ったことか。

「おい、雪。終わったぞ?」

 ブツブツとつぶやき続ける雪を、自分の世界から引きずり出すかのように、声が上がった。

 雪は呟きを止め、間近に迫った声の主を目に留める。

「あぁ、終わりましたか。それで、主人はどうなりましたか? “総帥”」

 雪は姿勢を正し、声の主――総帥に向き直る。

 そこには、ゆるくウェーブの掛った金髪を風に揺らす、年のころは十代前半ばかりの少女が立っていた。

 月明かりに照らされる少女の肌は透き通りそうなほどで、名工の白磁もさもありなん、という様相をなしていた。

「あぁ、あっちで死んでるよ。“いつも通り”ね」

 そんな儚げにも見える少女――総帥は悪びれる様子もなく雪に告げる。

「……まぁ、そうでしょうね。それで総帥、私も殺しますか? 禁を犯したのは私も一緒ですが」

「なにを言ってるんだ、雪。私はアイツが気に食わないから殺したんだよ? なんで愛する雪を殺さなきゃいけないのかね」

 総帥は可笑しそうに口元をおさえ、クスクスと笑う。

「ありがとうございます。で、どうなされるおつもりですか? イズミのこと」

 雪は一抹の不安を込めた表情で総帥を見つめる。

「うーん、正直な話、捨ておいても構わないのだけれど……雪の子供ならこの目で確かめてみたいしな……そうだね、私が直接再審判してこよう」

 総帥は人差し指を顎にあて、考え込むようなそぶりを取る。本当に素振りだけで、実際は答えを用意していたのだろう。そんな表情だった。

「そう、ですか」

 総帥の言葉を受け、雪の表情があからさまに曇る。

「まぁまぁ、そんなに心配しないで。雪の子供なんだから私だって甘く見ちゃうかもよ?」

 総帥は雪の顔を覗き込みながらクスクスと笑い、踵を返した。

 そして数歩進んだところでフイと立ち止まり、振り返る。

「まぁ、もっとも? 父親似だったら即殺だけどね」

 総帥は言葉とは裏腹に快活な笑みを向けると、暗闇の中に消えていった。

「……そっくりですよ。びっくりするぐらい。優しい所なんか特に、ね」

 雪は総帥が消えていった方向に切なげな視線を投げかけ、呟いた。

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