三ノ刻: 「操り人形師の憂鬱」
《更新が遅延しましたこと、お詫び申し上げます。次回の投稿は12/20前後を予定しております》
《記録の修正が入る可能性があることを予めご了承願います》
鈍い音が赤い絨毯に吸収される。
代わりに低く強い声が響いた。
「ッ……こんのクソ人形!」
「ワタシ人形じゃない!人形好きなだけ!」
「家でずーーーっと座ってるなら人形と一緒だろうが!!」
「ワタシだって働いてるモン!」
キャンキャン喚くラッシュとキーキー言い返すヴィヴィーは今日も絶好調のようだ。
何かと鉢合わせれば言い争う仲の二人を止める者はいない。
いつもの諌め役であるエドアルドとフロストは会食でこの場におらず、今いるのは件の二人とレナード、それからあともう一人。
「ちょっとちょっと〜」
屈強な体からは想像もつかない口調に二人の視線が集中する。
「もぅ…アンタたち、会えばいつも喧嘩ばかりして」
その人物は赤と黒の三つ編みをクルリと巻いた後、頬に手を置いてわざとらしくため息をつく。
「痴話喧嘩は他所でやってよねぇ」
二人は相手を睨み、同時に冗談じゃないとばかりに反論する。
「別に俺たち夫婦じゃねぇし!」
「ソウよ、ジエル!ワタシこいつが旦那なんてドゲザされてもムリ!」
「こっちのセリフじゃボケ!」
仲が良いのか悪いのか、再び言い争いを始めるラッシュたちを横目に、レナードはジエルの近くまで歩いていく。
「ジエルさん、今日はお店休みなんですか?」
「あら、レナードちゃん。お久しぶりねぇ」
間延びした口調で手を振るジエルに、レナードはペコリと頭を下げる。
身長の高いジエルを見上げれば、ばっちりと目が合う。
「そうよ〜今日はお休みなの!折角だからヴィヴィーとカレリーを誘って女子会しようかなって思って来ちゃったわ☆」
ウィンクする彼……いや、彼女は生物学上は男でも、心は世間一般の乙女以上に乙女だ。
あ、そうそう!とベルトポーチをゴソゴソと漁るジエルは、取り出した袋をレナードに渡す。
可愛くラッピングされたそれはクッキーで、市販品として販売されていても不思議ではない見た目をしていた。
「これ、昨日作りすぎちゃったの!よかったらあげるわ!」
「あ、ありがとうございます。とても美味しそうですね」
「あらやだ!嬉しいこと言ってくれちゃうわね〜」
ポンポンと肩を叩く手は優しい。
鍛え抜かれた体からは想像もつかないソフトタッチは、彼曰く「紳士として当然の振る舞い」で、レナードは毎回感心してしまう。
「ジエルさんは良いお相手見つかりそうですよね」
「何よレナードちゃんたら!そんなこと言っても飴ちゃんくらいしか出ないわよ☆」
「出してくれるじゃないですか」
いつ出したのか、ジエルは満足げな笑みでレナードに個包装された飴玉を手渡す。
両手で受け取ったレナードはまじまじとそれを見つめて、そう小さく呟いた。
黄色の水玉模様がプリントされたそれは、口に入れると甘酸っぱい味が口に広がる。レモン味かと、瞬間的に分かった。
「そう言えばカレリーはいないの?」
「多分奥の部屋でくつろいでいると思いますよ。見てきま___」
見てきましょうか?という伺いの言葉は頭にポスっと乗せられる手によって阻まれた。
斜め左を見上げ、金髪のサラサラした髪が視界に入る。
「カレリー、今日は貴方も暇かしら?」
「えぇ暇よ。丁度仕事が落ち着いて、今日一日ショッピングでもしようかと思ってたところなの」
「丁度いいタイミング!」
カレリーはレナードの頭を撫でながらジエルと会話を弾ませる。
「私、新しい服とかピアスを見に行きたいって思ってるの」
「あらいいわね。それなら昼食はイタリアンとかどう?」
「最高じゃない!……ヴィヴィーはどうする〜?」
いつの間にかラッシュと喧嘩をやめていたヴィヴィーが目を丸くしている。
そして、少し困惑した表情で視線を彷徨わせた。ぬいぐるみを抱く腕に力が入っている。
「大丈夫よ、ヴィー」
コツ、とヒールを鳴らしてカレリーがヴィヴィーへ歩み寄る。
「私とジエルがいるじゃない」
揺れる瞳がカレリーを映す。慈愛に満ちた彼女の表情を見て俯くヴィヴィーに今度はジエルが軽口を叩く。
「そうよ〜、ヴィヴィーを悪く言う輩はみーんな私がお仕置きしてあげるわ☆」
拳を鳴らすジエルに、固く結んでいた口が綻ぶ。
「……分かった。牧師にデンワしてキくから待ってテ」
無事ヴィヴィーの外出許可が出たため、三人は和気あいあいとした雰囲気で扉から出ていく。
と思っていたのだが、何故かジエルがレナードの肩をガシリと掴む。
「へ?」
「レナードちゃんも暇でしょ?一緒にウィンドウショッピングしましょ☆」
※◆◇◆◇◆◇◆◇※
かつてあった老舗百貨店と大型ショッピングモールの面影を残す「オアシス」という巨大な施設は、文字通り様々な種族が闊歩する憩いの場であり、多様なテナントを店内に入れる商業施設だ。
「別に男でもいいじゃないの。楽しければ性別関係ないわ」
店内に入って数分後、僕は男なので女子会にいるのは不自然では?と、やんわりと途中退場を提案するレナードに対する返答はそれだった。
ジエルの隣でカレリーが口元に手を当てて楽しそうに目を細める。
ヴィヴィーはレナードの腕にしがみついて話す気配はない。右手にクマのぬいぐるみ、左手にレナードの右腕、というおかしな構図が出来上がっていた。
「あの、ヴィヴィーさん」
「ヴィヴィーでイいって言ってルじゃん」
「えっと……」
フードを深くかぶっているせいで、彼女の表情は分からない。けれど声色から少し緊張しているのだけは察せた。
「僕は基本的にさん付けなので、これが僕なりの呼び捨てと言いますか…」
「……レナードって面白いネ」
「え?」
レナードが首を傾げつつ「そうですか?」と苦笑すれば、「そうよ」という笑い声が返ってきた。
「あらやだ!あそこにイケメンが!」
キラキラ通り越してギラギラしたような目つきにカレリーが微笑ましく眺める。
カレリーさん。そこ、和むところじゃないです
呆然とするレナードを尻目に、お兄さーん!とジエルが叫ぶ。
振り返った長身の男性は、手を振るジエルを見た途端、顔を青ざめさせてそそくさと逃げていった。
「逃げちゃったわぁ。残念」
さして残念そうに見えないジエルは自他ともに認める面食いだ。イケメンとイケジョが大好物のバイセクシャル。
単語だけでも強烈な印象を残すジエルと初めて対面した際、レナードは思わず後退りしてしまった。
「ジエルさんは相変わらずイケメンとイケジョが好きなんですね」
「当たり前じゃなーい」
窓ガラスの向こうにある衣装を見て歩き、時々振り返ってはレナードたちに笑いかける。
「私は面食いだもの。綺麗な顔立ちにスーツの殿方、フリフリのワンピースを着た淑女、最高じゃない!写真撮りたくなるし、ナンパしたくなるわ!」
「凄い力説しますね」
ジエルが拳を握るその姿に気圧されながらレナードが呟く。
「そもそも、面食いは悪いことかしら?」
フッと優しく微笑んでレナードを見下ろす。キョトンとした顔で視線を返す彼の隣で、ヴィヴィーはまたかと呆れた表情を浮かべていた。
カレリーは歩きながらテナントの中の様子を流し見している。
「昔っから不思議だったのよね〜。なんで面食いが悪いみたいな風潮があるのかしらって」
コスメショップに目を留めたジエルがアイライナーと書かれたコーナーの商品を手に取る。
「初対面では見た目が重要、面接では見た目もきちんとしなさいって言われるくらいみーんな外見を整えるでしょ?」
「だから外見に惹かれようがどうしようがいいじゃない。面食いだって外見だって、一つの個性よ!」
先に進んでいたジエルがクルリとレナードに向き直る。カツッと小気味よいヒール音がした。
「面食いが悪いんじゃなくて、面食いかつ性格にカビの生えたおこちゃまがいるから全体の印象が悪くなるのよ!」
ビシッと人差し指を立ててレナードに顔を近づけるジエルに圧倒され、レナードは仰け反る。
右手を前にして制止する形をとるその横では、ジト目になったヴィヴィーがいた。
「ジエル、それ何カイめ?ワタシ聞きアキたわ」
「だってだってぇ〜!この間も面食いって嫌厭されたばかりなのよ?!もう頭にきちゃう!」
プン、という擬音が聞こえそうなほど拗ねるジエルは子供のようだ。身長的にはジエルが大人でヴィヴィーが子供なのに、この場面だけ見ると立場が逆に思えてしまう。
「ジエルは種族全てが平等に個性を主張できる環境を望んでいるから、そういう偏見的な感覚が苦手なのよね」
「もちろん!」
大きく肯定するジエルの動きと連動してピアスが揺れる。雫と星がぶら下がるそれは、青にラメが混じって光を反射させている。
「面食いは悪、みたいな風潮イヤなのよ〜!別に外見に惚れた罪なんて法律ないもの」
ヴィヴィーは死んだ目をして遠くを見つめている。彼女からすれば、耳にタコができるほど聞いている話を延々と聞かされる辛さがあるのだろう。
ここで懐かしのメロディーが流れる。すぐそばで奏でられる曲の出処を探らずとも、ジエルがパパッとスマホに手をかける。
「はいはーい、どうしたの?」
電話向こうの相手と話す彼の表情が目を丸くし、それから明るい口調で相手を落ち着かせるように指をトントンと叩く。
「はーい、それじゃあね〜」
通話を終えた途端、ジエルが両手を合わせて頭を下げる。
「ごめーん!お店の子が体調悪くなって倒れちゃったみたいなの!心配だから様子見てくるわ」
「あらあら、その子の具合は平気なの?」
カレリーが心配そうに眉を下げ容態を尋ねる。幸いにもそこまで重くないのか、ジエルの声に暗さも深刻さもない。
「大丈夫!軽い貧血ですって。栄養摂取用の血液切らしちゃってたんですって」
「それは大変ですね」
吸血鬼は定期的に血を飲まないと貧血症状を起こすことが多い。禁断症状が酷い個体は誰彼構わず襲うこともある。
「一旦様子を見に帰るわ。折角誘ったのにごめんなさいね」
「気にしないで。こっちは好きなようにのんびり歩いてるから」
罪悪感を抱かぬよう軽い口調で話すカレリーはさすが最年長だ。
長く生きる者の余裕さと言えば簡単だが、元々の性質も穏健なのだろう。
「じゃあね〜☆」
乙女顔負けの別れ方を見送り、レナードたちはウィンドウショッピングを再開しようと歩き出し___
クゥゥゥゥ
可愛らしいお腹の音にヴィヴィーが赤面する。
「ごはんにしましょうか」
ニッコリと彼女を覗き込んだあと、カレリーは颯爽とフードコートへ向かい出す。
幸いにも三人が座れそうな席が空いており、レナードたちはそこで昼食をすませることにする。
テーブル席の脇に画面が表示される。和洋中の種類豊富なラインナップから、それぞれ好きな料理を注文して待つ。
十分後、触手人の女性が複数の料理皿を片手にやってきた。
「ごゆっくり〜」
ニコニコと下がっていく彼女に軽く会釈をして、三人は祈りを捧げてから食べ始める。
「レナードってフシギな祈り方するヨね」
食べ終わる頃、ヴィヴィーがレナードの挨拶に言及する。
「ごちそうさま」と手を合わせたレナードの言動後にそんなことを呟いたので、特に他意はないのだろう。
「変かな?」
「ヘンていうか……ココじゃマッタク聞かない言葉だカラ、慣れナい」
「確かに。双子島出身なら不思議じゃないけど、レナードは違うわよね?」
頷くレナードはどう言い訳しようか悩んだ。
転生者は珍しくないが、それでも「転生前はニホンという国があって〜」なんて話しても理解してもらえない。
そんな国、この世界にはない。
「……昔知り合った種族に、双子島から来た鬼人がいたんですよ」
「そうだったの。珍しいことね」
カレリーさんが驚くのも分かる。
双子島はかつてのニホンでいう鎖国をしているからだ。だからその島の詳細は知られていないし、知ろうとする者もいない。
正体不明の未開の地。それがかの島に対する印象だ。
「その鬼人さんとは今も交流があるの?」
「いえ……病気で冥府へと旅立ちました」
嘘ではない。学生時代に知り合った鬼人は難病持ちで、知り合って半年でこの世を去った。
双子島出身だったのも本当。けれど作法を教わったことはない。
「親しい人がいなくなるのは寂しいわね」
寂寥の滲む声に顔を上げる。頬杖をついて小首を傾げるその表情は、穏やかさと悲哀を感じさせた。
「いえ、」
「もう慣れましたから」という言葉に対して、カレリーは眉を下げただけだった。
※◆◇◆◇◆◇◆◇※
急にカレリーが立ち止まる。
何事かと思ってレナードたちも止まって振り返ると、彼女は一点を見つめたまま動かない。
視線の先には二人組がいた。
片方は人類の男、もう一方はダークエルフだった。
褐色の肌を持つエルフ男性が紫色の瞳をギラつかせている一方で、人類の方は目を充血させてビクビクしている。
「……」
異様なオーラだ。あまり良い気分ではない、波乱の予感がする。
カレリーの目が鋭く細まった。
「レナード」
「分かってます」
硬い声質にレナードが頷く。腕を掴んでいたヴィヴィーも帽子を深くかぶり直し、男たちを睨む。
腰に帯刀している短剣の柄に手をかける。
気取られないよう慎重に。
息を殺して様子を窺う。
「___」
カレリーが何か呟く。
歌うような澄んだ話し方はエルフ語だった。
それも、ハイエルフのみが話せる言語。
「行きなさい」
小さく口から零れた言葉と共にそよ風が二人へ流れていく。
粒子が明滅しながら彼らのところへ行き、そして到着した瞬間___
「?!」
「なっ!」
男たちの周囲に漂う空気が圧縮され、見えない何かにつかまれるような状態になる。
ダークエルフが首をひねってカレリーを睨む。
「ッ…ハイエルフか!」
男の手から黒い靄が出てくる。しかしカレリーが人差し指をスイッと動かすと、彼の手に突風が巻き起こる。
「グッ」
赤い液体がポタリと地面に染み込む。カーペット張りの灰色の床に赤が広がる。
「おい、ギャレット!さっさと放て!!」
ギャレットと呼ばれた男の足元に魔法陣が現れる。
カレリーが魔術式を破棄しようと腕を動かす前に、レナードがガラス張りの壁の縁を踏んで飛び越える。
着地する前の一瞬で男の首めがけて短剣の柄を打ち込む。
声にならない呼吸音がレナードの近くで聞こえる。屈んでいた体勢から立ち上がって横を見ると、バタンと倒れ込んだ彼は白目を剥いていた。
ふぅ、と一つ息をつくと、内側から警告があがる。
〔レイル、まだだ!〕
頭上に不吉な感覚が走る。急いで顔を上げると、魔法陣が今にも発動しそうだった。
〔自動招集術式か〕
「え?」
なにそれ、と聞き返そうとしたが無理だった。
迫る影を反射的に避けて後退する。
「!!」
黒い塊が黒い蒸気を出している姿に、虚無の住人が頭をよぎる。
〔なるほど〕
納得した声にレナードが「ヴィンセント!」と説明を要求する。
「なに一人で納得してるんだよ」
〔いやなに、失敗作を放つ馬鹿もいるのかと感心していただけだ〕
「失敗作?」
塊が咆哮を上げて尻尾らしき長いものを振る。
瓦礫がカレリーの方へ飛んでいくが、粒子により砂となったことで怪我はなさそうだ。
ヴィヴィーも人形を使って破片を投げ返している。金属にぶつかる音が鳴るのを聞いて、黒いソレの頑丈さを知ったレナードは唇を噛む。
「アレは虚無の住人じゃないんだな?」
〔その劣化版の模造品、いや、模倣未満の駄作だ〕
「……そういうことか!」
右側へ体勢を低くして走り出す。レナードの後ろで地面が崩れる音がしたが、確認する余裕はない。
〔虚無の住人の信奉者とは常々厄介だな〕
虚無の住人に知性はない。無差別的な破壊を繰り返す猛獣だ。いや、知性や協調性を持つ分猛獣の方が動かしやすい。
カレリーたちと合流しようとしたレナードだったが、彼の視界が急に横へズレ落ちる。
「!?」
「レナード!」
足場が崩れたのだと気づいた時には遅かった。
カレリーが何か唱えているが、間に合いそうにない。
黒い猛獣の爪がレナードの目の前までやってくる。短剣を前に持ってきて防御体勢をとるが、直感で骨の一、二本は持っていかれるだろうと冷静に思った。
ここは10階。何処まで落ちるかは不明だが、さすがに生身の人間では衝撃に耐えられない高さだ。
足場となりそうな瓦礫もない。
僕では無理だ
僕では、の話だけど
〔代われ。レイル〕
突然レナードの足元に小さな魔法陣が浮かぶ。
足に力を込めてそれを踏む。
それから猛獣に向かって跳躍し、短剣を持ち直す。
「 『鋭い蒼炎』 」
一言唱えると、短剣に魔法陣がとぐろを巻く。
青紫に光るソレが溶け込むと、黒い短剣は僅かに青い光を帯びる。
刹那、猛獣の腕が焼き切れる。
叫ぶ猛獣を踏み、左側へ飛び上がる。
「傀儡師!」
ヴィンセントの大声を合図に、上にいたヴィヴィーが手を伸ばす。
伸ばす先は当然、猛獣だ。
「そのヨビ方やめろ!殺しヤ!」
ヴィヴィーが手に持っていた何かを投げる。
「 行ケ!リヴァイアサン!! 」
蛇の形をした人形が大きくなる。
猛獣より少し大きくなったソレが口を大きく開ける。鋭く光る牙が猛獣を勢いよく噛んだ。
グォォォォォォ!!
咆哮が建物を震撼させる。
瓦礫の端を掴んだヴィンセントの体に、ビリビリとした感覚が全身を巡る。
体を振り子のように動かし、魔術を唱える。
「 『飛翔する黒風』 」
ヴィンセントの体が180度上へ昇る。身を捩って先ほどいた階層の地面に無事着地し、すぐさま下を覗く。
大蛇はとぐろを巻いて締め殺そうとするわけでもなく、噛みついたまま放さない。
「カレリー!」
今度はヴィヴィーが後ろを振り返り、叫んだ。
呼ばれた彼女が銃を構える。すでに祝詞は済んでいるようだ。
『 』
古代エルフ語が口から紡がれる。
レナードはなんと言ったかは分からなかった。
けれども、放たれた弾頭を核に巨大な氷柱が瞬間的に生成されたことで、ある程度の予想はついた。
「ごめんなさいね」
慈悲のあるその言葉は、無常にも猛獣の体を貫く合図となった。
※◆◇◆◇◆◇◆◇※
カレリーがFPDに事情を説明して引き渡す間、レナードはキョロキョロと誰かを探す。
そして彼は一点に目を留めた。もの寂しげな背中はどこか所在なさげで、今にもこの場から消えてしまいそうなほど弱々しい。
ゆっくりと近づく彼に微動だにしない。気配がレナードのものであると知っているから警戒する気もないのか、はたまた目の前で息絶える生命体に意識を持っていかれているのか。
ヴィヴィーはジッとしたまま動かない。
「ヴィヴィーさん」
優しく声をかける。視線が動き、首をひねって彼を視界に入れる。
遮るものがなくなった彼女の瞳は黒く、虹彩部分は赤い輪のようになっていた。
無言のまま見上げる彼女へ、スッと帽子を渡す。
「帽子、落ちてましたよ」
猛獣が起こした風圧で飛ばされた帽子は、所々汚れている。
泣きそうな目がユラリと揺れる。おずおずと伸ばすその手を、レナードは優しく掴む。
それから帽子をその上に乗せて、ニコリと笑った。
つられてヴィヴィーも力なく微笑む。
「アりがトう」
感謝の言葉に小さく頷いていると、何処かから零れた声が耳に入る。
「あれ、異形人じゃねぇか?」
ヴィヴィーの顔が強張る。帽子を握る手が震えている。
異形人がいるぞ
やだ、虚無の住人がなんでここにいるのよ
今回の怪物もあいつが呼んだんじゃねぇか?
雰囲気似てるもんな
人類みたいな皮をかぶった化け物風情が
恐怖、嫌悪、侮蔑………好意的とはほど遠い視線の数々がヴィヴィーに降り注ぐ。
今回の猛獣は、ダークエルフの証言で虚無の住人のなりそこないだと判明した。
気絶させた魔法師と共に自らの手で神を作ろうとした……彼らの言い分はそれだった。
虚無の住人を信奉する二人は、この失敗作を放てば、もしかしたら本物がやってくるのではないかという馬鹿げた発想で事を起こしたらしい。
〔全く持ってアホな連中だな〕
ヴィンセントが退屈そうに呟くそれに、レナードも同意する。
「早くどっか行けよ」
ボソリと呟かれた誹謗中傷は、しっかりとヴィヴィーの耳にも届いてしまう。
帽子をギュッと握りしめ、体をフルフルと震わせる。
俯く彼女の顔は見えないが、帽子に隠される一瞬の表情と光る粒で全てを察した。
〔ここの野次馬も脳のない輩ばかりだな。根拠のない理屈を囀って己の愚かさをひけらかすとは〕
この言葉にもレナードは深く同意した。
さっさとこの場から離れようとヴィヴィーに呼びかける。
「ヴィヴィーさん」
名前を呼び、しかし既に彼女の左隣にカレリーがいたことで、伸ばしかけた手を引っ込める。
「……」
カレリーはヴィヴィーの右肩にそっと手を乗せる。それから怒りの籠もった視線を烏合の衆へ浴びせた。
視線に怖気づいた彼らはそそくさとその場から散っていく。
相手がハイエルフだと理解したからだろう。精霊族と最も近しい存在の一種族である彼女と真っ向から挑むなんて、一般市民にはできないのだ。精霊に太刀打ちできる術を持っていないのだから、当然のことではある。
「帰りましょう。ヴィヴィー」
優しい声色にコクリと頷く彼女は顔を上げない。帽子を深くかぶり直した彼女の周囲に粒子が集まる。
肩を抱いて歩き出した二人を、レナードは声がかかるまで呆然と眺めていた。
※◆◇◆◇◆◇◆◇※
「たふけて……」
顔が腫れ上がって発音がままならない男はエルフ種だった。
正確に言えば、ダークエルフと人類の混血種である。
「おねはいれす。たふけて、くらはい」
「助けてですって??」
カン、と金属音が地面を叩く。杖のようなそれは、工場の窓から僅かに入ってくる偽物の月光に当たって鈍く光る。
「貴方、さっき私がやめてって言って、やめてくれたかしら??」
またカツン、と杖が音を立てる。
「やめてって言ったのにやめなかった。なら貴方に助けてって言われても、助ける義理なんてないわよねぇ?」
感情の見えない平坦な声に、混血種の男はゾワリと背筋が凍った。
「ねぇ」
呼びかけられてビクリと体を震わせる。額から流れた血が頬から落ちた。
「普通の人ならやってくれるよって言ってたけど、あなたの言う普通って何?」
低く冷たい声だった。異様な寒気が男を恐怖に陥れる。
また杖が地面を叩く音がする。男は耳から飛び出そうなほど煩い心音に何も考えられなくなる。
「ねぇ」
月光に照らされた顔は女性だった。ひどく冷たい視線が男を見下ろす。
「普通なんて、反吐が出ると思わない?」
最後に聞いた杖の音は、恐ろしく静かで美しかった。
「私にとっては、普通が一番『異常』なのよ」
other title: 「それは決して失くならない排他思考」
Other file3:「異形人」ヴィヴィー
種族 異形人
年齢 ??歳
職業 ヴェルディアン構成員(人形使い) 兼 フロストの家政婦
血液型 ??型
人形好きの女性。異形人特有の言語による癖が抜けず、共通語では時々たどたどしい口調となる。
とある事情からカレリーとフロストに拾われ、ルゼロ伯爵の推薦もあってヴェルディアンに所属することとなる。
現在は牧師と呼ばれる養父の守護のもと、フロストの家で家政婦のようなことをして暮らしている。
※◆◇◆◇◆◇◆◇※
Other file4:「ハイエルフ」カレリー
種族 ハイエルフ
年齢 500歳
職業 ヴェルディアン構成員 狙撃担当、精霊術師
血液型 hQL型
凄腕の狙撃手。ハイエルフの純血種であるため精霊との親和性も高い。同族の仲間からは最高の精霊術師として尊敬されていたが、現在は変わり者として避けられている。
優しく悪戯好きな性格のため、いつもフロストやラッシュをからかっている。エドアルドよりも年上の最年長組。
レナードの自己犠牲の強い性格に苦笑しつつ、温かい目で見守っている。
また、ヴィヴィーのことを妹と思って接しており、時々ジエルと共に外へ連れ出している。




