ニューロンドへと向かって…
アグリッパが空に散って、そろそろ24時間が経とうとしていた。現在彼らはキャノピー・グロウを抜け、地球上の唯一のヒトが治める町、ニューロンドへと向かっていた。
「見えるだろう?あれがニューロンド、かつては王が治めていた一つの国の首都だった場所だ。」ユンボが倒壊したビル群の中層から暗がりの世界を照らす一つの光の集まりを指さした。
「あれが…ニューロンド。あそこに行けば今のソラリスを牛耳る親玉に会えるわけだ」ネプトは一日経ち、すっきりとした表情でアルケとユンボに振り向いた。ネプトはアグリッパの最期を見て、ソラリスという組織自体に興味がわいていた。かつて父も所属していたソラリスという組織はいかなるものなのか…ネプトはそれを確かめたかったのだろう。目的を失ったネプトを突き動かすのはかつて父の足跡であった。
「私も始めて来た…オーシャノアより…いや、きっとオケアニアスの首都よりも栄えてる…」アルケはニューロンドの規模に愕然とした。
「オケアニアス…聞きなれない地名だけど、もしかしてそれがヴァルカリアンの…どういうところなんだ?」ネプトがアルケにそう聞きかけると、「よくぞ聞いてくれた:!」とユンボがオケアニアスについて突然語りだした。
「ヴァルカリアンの母星であるオケアニアスという惑星は、特徴として表面の約95%が海に覆われた海洋惑星だ。で、陸地は珊瑚礁のような「生きた島」が形成されている。大気は地球と似ているが、酸素濃度が少し高いその影響もあって、頻繁に巨大な嵐が頻発するんだ。深海には「発光珊瑚都市」というのが広がっていてその技術はオーシャノアやムピキウムにも採用されているんだ。ヴァルカリアン《彼ら》は確か、地熱と海洋電流をエネルギー源として利用していたな。まあ、あれだけの地下火山があればそれもわかるがな。」そんなユンボの熱い語りにネプトは圧倒された
「あなたそんなキャラでしたっけ?それにまるで見てきたみたいに…」ネプトがそう疑問を持つのも不思議ではない。ユンボの知識はアルケすら知らない事実すらあったのだから。
「昔…旅で少しばかりな。」ユンボはふと、我に返ったように冷静になりネプト達から目をそらした。
光り輝くニューロンドをアルケは見つめ「綺麗ね」と、一言こぼした。
しかし、ネプトの反応は冷たかった。「いや、この光は彼らの業さ。あの光は、彼らを醜いものをよく映す。行こう、ここからは地下になる。匂いは我慢しないとな」
ユンボとアルケは静かに同意し、再び街を目指し歩みを進めた。
ニューロンドに地上から直接入ることは危険だった。地上では検問所や監視ドローンが常に稼働し、異星種族に対する不審者監視は特に厳重だったからだ。
そのため、彼らが選んだのは「旧都市網」──戦前に建設された巨大な地下インフラ網だった。地中深くを這うように張り巡らされたこの地下道は、かつて物資輸送や避難路として機能していたが、今や忘れ去られた亡霊の通路と化していた。
湿ったコンクリートの匂い、崩れた天井から滴る水音、かつての戦火で焼け焦げた壁面。それら全てが、今のネプトの心情と重なっていた。
その途中、彼らは戦争時代の名残を目撃した。壁に描かれたプロパガンダのポスター、半壊したドローンの残骸、そして道端に眠る旧式のHIパーツを目にした。
「時代が変わっても、捨てられたものは変わらないな」と、ユンボがつぶやいた。
ネプトは黙ってそれを見下ろし、ふと空を仰ぎ見るように、天井を見上げた。「壁を抜けて、空の向こうには……ソーラ・コアがあるんだよな」
その言葉に、ユンボが少しだけ声を低めた。
「……ああ、ソーラ・コア。人工太陽計画の全てがそこにある。もうすぐ私たちが使かる全てのエネルギー源になるものだ。だけど、あれを維持するには……多すぎる命が必要なんだ」
「太陽を灯すために命を燃やす……そんな世界を、ソラリスは変えようとしたのか?」
ユンボは頷いた。「ソラリスの残党である我々はそうさ。あの巨大な光は、希望じゃない。絶望を照らしてるだけだ」
アルケがぽつりと呟いた。「でも……だからこそ、私たちが進む意味がある」
道中、ユンボが口を開いた。「レオンもこうやってこの道を歩いただろうな。何を思ってたか、お前はわかるか?」
ネプトは虚ろな声で返した。「父は…何を信じてたんだ」
ユンボは答えなかった。ただ、足を止めて背を向けたままこう言った。「分からないのなら生きて確かめろ。お前自身の目で」
「……俺は、父を恨んでた。母を守ることができずに死んだからな。でも、今なら少しだけ分かる気がする。世界を変えようとしたんだな……俺も母を守れなかった、ならばせめて父と同じ景色くらい見たいさ」
アルケがそっとネプトの隣に並び、言った。「でも、あなたはもう一人じゃない。過去は変えられないけれど、これからのことは変えられる。私が隣で戦ってあげるから」
ネプトは頷き、小さく息を吐いた。「アルケ、君がそばにいてくれて……良かった」
アルケは柔らかく微笑み、「私が支える。あなたが崩れそうなときは、私がいるから」と、力強く言った。
ネプトの胸には、ゆっくりと新たな炎がともり始めていた。それは怒りの火ではなく、希望に似た熱だった。
ニューロンド。灰とスモッグの都市の下、ネプトはアルケとユンボを伴い、地下網から抜け出してコンクリートを踏みしめていた。
ソラリスのアジトは、崩れかけた旧地下列車の駅に偽装されていた。駅舎の扉をくぐると、中は静まり返り、壁には人工太陽を否定する反意的な落書きと、金と深緑で描かれた“静かなる太陽の輪”の紋章が光っていた。
ソラリスの内部には制服や階級章は存在しなかった。誰もがそれぞれの衣服を着ており、古びたコートや作業服、あるいは浮浪者のような装いの者もいた。外見は雑多でまとまりがない。しかし、その瞳に宿るものは皆共通していた──決して揺るがない信念と、かつて世界に裏切られた者だけが持つ冷たい怒りだった。
ネプト達が建物へと入ると、その瞳が一斉にネプトとアルケに向いた。そんな中でもネプトは歩みを止めずアジトの最奥へと歩みを進めた。
アジト最奥の一室。かつて駅長室だったその空間は、今やソラリス残党の指揮中枢として使われていた。壁際に無数の古地図と作戦図、中央には長机と端末。椅子に座る女性は、無言でネプトを見つめていた。
「君が……レオン・アンビションの息子か…ルミナだ。それ以外に名を持たないから、それでよろしく」
ルミナの声には、どこか懐かしさが滲んでいた。それは単にネプトの姓を知っていたからではない。彼女は、ネプトの瞳の奥に、かつての戦友──ウィル・トールを見たのだった。
「君の目は……ウィル・トールと同じだ。これも私が生きていた中の数少ない僥倖といったところだろう。」
ネプトはわずかに眉を動かした。「ウィル……トール?」
「私が若かった頃、ソラリスにウィル・トールという男がいた。パイロットとして天才的な腕を持っていた。だが何より、人の痛みに敏感な男だった。」
沈黙が流れた後、ネプトがゆっくりと語った。「俺は、母を殺された。連合に。そして……この世界に絶望しかけた。でも、アルケが俺を支えてくれた」
ルミナは頷いた。「それで十分だ。憎しみも悲しみも力になる。十分に私たちの役に立ってくれそうだ」
ネプトはルミナをまっすぐに見た。「利用するための道具としてか?」
彼の目には恐れがなかった。痛みを乗り越えた者の、静かで確かな怒りが宿っていた。
ルミナは微笑んだ。それは厳しくも、どこか安堵した母のような笑みだった。
「違うね、次に来る新たなる変革の象徴と私は考える。我らのソラリスへようこそ。ネプト」
彼女が差し出した手を、ネプトは迷わず握った。そのとき、ルミナは確信した。この少年は、かつてのウィルに見た希望そのものだ──いや、それ以上の火種かもしれない、と。
そして、ソラリス残党に新たな炎が灯った瞬間でもあった。
しかし、ユンボは陰から少し眉を潜ませながら、遠くを見るようにした。
ルミナは手元の机から、小型の銀色の端末を取り出してネプトに手渡した。それはソラリスの通信・情報端末であり、任務指令や各種記録にアクセスできる貴重なツールだった。
「これがソラリスの端末。今後の任務や状況報告、内部連絡はすべてこれを通して行うことになる。コードネームは……"ドラウグル"。いいね、それでいこう」
「どういう意味なんだ?その"ドラウグル"というのは」ネプトは頷き、端末を手に取った。手の中で冷たく光るそれは、まるで彼の新たな運命を告げる鍵のようだった。
「願掛けさ…さあユンボ、新人達の案内を頼むわ。」
ルミナの声に頷いたユンボが、肩をハッと戻すように立ち上がる
「では行こうか、新人。ソラリスの巣窟ってやつを見せてやる。」
アジト内は古い地下鉄施設を改造したもので、壁にはひび割れが走り、天井からは鉄筋がむき出しになっていた。ところどころには過去のポスターが乱雑に貼られており、中には女性の裸を描いた大人向けのものも混じっている。作戦図や古びたモニター、即席で組まれた通信装置がひしめく。
ドッグと呼ばれる格納庫には、修復中のHIが数十体格納され、作業員たちが火花を散らしてメンテナンスに励んでいた。どのHIも傷だらけで、戦火を潜ってきた証が刻まれている。
「HIがこんなに… ソラリスはテロ組織といわれているが、これだけの兵器があるならほぼ軍隊みたいなものじゃないか」ネプトがそう指摘すると、ユンボはため息をつくようにして振り向いた。
「これも我々の行動でついてきた…民意のようなものさ。ニューロンドの連中がどう思ってるかは知らないが、それ以外のみんなは変革を求めてる」
通路を進むたびに、ネプトはさまざまな風貌の人々とすれ違った。ボロをまとった者、鋲付きのジャケットを着た者、無言で通り過ぎる者、それぞれが過去と現在を背負い、生きていた。
アルケが小声で言った。「ここが、私たちの戦場。きれいじゃないけど……本物の声がある、そんな気がする。」
ネプトは端末を見下ろし、無言で頷いた。彼の瞳には、もう迷いはなかった。
その後、ユンボとアルケはさらにアジトの奥へと案内を続けた。
「こっちが食堂だ。といっても、配給品を温めるだけの場所だけどな」
ユンボが鉄扉を押し開けると、中には金属製の長テーブルと数脚の椅子が並び、片隅には自動加熱調理器が置かれていた。壁には古い劇団ポスターや手書きの献立表が貼られ、炊事当番の名前がチョークで記されていた。
「こっちは娯楽室。ビリヤード台がある。玉はほとんど欠けてるけどな」
薄暗い部屋には、年季の入ったビリヤード台と、壁に無造作にかけられた古いスクリーンがあった。数人の若者たちが煙草をくゆらせながらゲームに興じていた。
さらに奥へ進むと、ユンボは重い扉の前で立ち止まった。
「ここが作戦室。ルミナがよく使ってる場所だ」
中に入ると、円形のホロマップテーブルが中央に据えられ、壁際には過去の作戦記録や惑星の軌道図が貼られていた。複数の端末が稼働しており、年配の構成員たちが静かに作業していた。
「そして、ここが大広間。基本的に集会は大体ここでやる」
吹き抜け構造の広い空間は、コンクリートの床に簡易椅子が無数に並び、天井には廃材を利用した粗末な照明が灯っていた。かつて駅のプラットフォームだった名残もあり、柱には錆びた標識がそのまま残っていた。
「まあ、案内は大体こんなものだろう。聞きたいことがあったらできる限り私に聞くのだぞ」そう言って案内を終えたユンボは誰かを探すようにネプト達から姿を消した。
ユンボからの案内を終えると、ルミナが再びネプトのもとに姿を現した。彼女は小さな金属製の鍵をネプトに差し出した。
「これは地下にある居住区の鍵、君専用の一室のためのね。番号はC-14。最低限の生活はできるようになってるわ、ウェルカムドリンクはないけれど、食堂に行けば日用品は大体そろうから」するとルミナは急にネプトの耳元へ口を運び、「部屋は広くしておいたから、でも声は響くからあまり夜に盛らないようにね」とささやいた。
「よせよ、僕とアルケはあなたが想像しているような関係ではない」ネプトはルミナにそう言ささやき返して、少し機嫌を損ねたように、ルミナからそっと離れ「アルケの分も用意してくれ、僕だけに気遣う必要はない」そう言って、鍵を持って地下へと向かった。
ネプトは少し、自分の部屋というものにワクワクしていた。その手の中にある鍵は、彼にとって初めて“居場所”と呼べる空間の扉を開けるものだったからだ。
ルミナはその様子を静かに見つめていた。すると、ネプトが進む道の反対側からユンボがじっとルミナを見つめながら歩みを進めた。
「何のようだい?ユンボ」ルミナの声はひどく低く、振り返るとネプトには向けなかったテロリストの表情をユンボに向けた。