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灰陽航路(かすがいこうろ)  作者: Asuga
第一章・1⇔2T@rt
6/27

取り繕ってきたもの

 アグリッパとアウリアンの戦闘から数時間が経過し、ハッチへ戻ったネプトとアルケはユンボに案内されるまま、この施設の生活臭のする部屋までやってきた。


「ここも一応は居住空間がある。場所が場所だ、安眠はできないがね」突き放すようにユンボは言うが彼は無念を顔にしたような状態だった。アグリッパを失ったことの悔しさが、彼にも強くあったのだ。「あまりいいものではないがシャワーもある。入るといい」


「アルケが…」ネプトがそう言いかけると、アルケは眉をひそめネプトをじっと見つめた。「女性は、男より清潔を優先すべきだ。ベッドに入るときもそうだろ?」ネプトはアルケに見つめ返すように言った。


そのとき、薄暗い部屋に響くラジオの音声がネプトの心音を止めた。


『こちらヴァルカリアン中央評議会。本日、ヴァルカリアン軍のムピキウム破壊作戦が遂行され、見事成功した。我が同胞を奪ったソラリスの残党がムピキウムすらその手中に収めていたということは我らヴァルカリアンのみならず、星間連合が注目すべき大きな事柄であり殲滅しなければならないという我々の判断は非常に急速であったが適切であったいえる。星間連合は海の管理を我々ヴァルカリアンに一任させたが―――』


わずかに乱れた電子音の後、乾いた機械音はネプトの脳を灼くような衝撃で貫いた。


「……嘘だろ……?」


膝が崩れた。ラジオの音が遠のいていく。まるで深海に沈むかのように、世界が音を失っていく。ムピキウムの崩壊は母の死を間接的に示していた。


「母さん……」


手が震え、壁を殴る拳に力が入らない。全身から熱が引き、空気すら重たく、濁っていた。


「ひどいな…きっとこれもソラリスへの当てつけ、ムピキウムにソラリス残党などいない。そんなこと住んでいる彼らを見れば一目瞭然だろうに…まったくの出まかせをよくも平然と…」ユンボも怒りで肩が震えた。彼のようなあらゆる世界を見てきた先人がこれほど怒りをあらわにしているのを見て、アルケは今、ラジオ淡々と説明されたことがどれほど人道に反しているかを実感できた。


「何のために…何のために、僕はここまで来たんだ……何を……守ろうとして……」ネプトの眼が震える。


ラジオは何事もなかったかのように、次の放送へと移っていた。音楽が流れ、日常が戻る。


だが、ネプトの世界は支柱を失ったように崩壊していた。


母の声も、姿も、温もりも、そのすべてを感じず、今この瞬間、他者の口で母の死を知らされたネプトは必死に過去の母との記憶をさまよった。しかし、どれだけ記憶を遡ろうと現実に消えてしまったことに変わりはない。


「やっぱり浴びてくるよ、シャワー。」ネプトは一人になりたかった。シャワー室で水が跳ねる音に紛れ悲しんだ。温度調節のできないぬるま湯しか出すことのできないシャワーを浴びても顔だけは冷えることはなかった。


その夜、ネプトは一言も発さなかった。涙すら流れず。ただ、暗闇の中に座り続けた。やがて、隣に静かに腰を下ろす気配があった。


アルケだった。


彼女は何も言わず、ただネプトの傍にいた。しばらくして、ネプトがぽつりと呟いた。「どうして……俺だけ、こんなに奪われるんだ……」


アルケはゆっくりと彼の手を取り、座るネプトに抱き着くようにして座った。震える手を、彼女の薄青い掌が優しく包み込んだ。


「ネプト…大丈夫。泣いていいの。怒ってもいい。全部、ここに。私に…あなたの全部をぶつけて…」


彼女の声は微かで、それでも確かに届いた。ネプトの胸の奥、凍えた場所に、温もりが灯るようだった。


ネプトは顔を伏せ、やっと、涙をこぼした。


「もう、誰にも何も奪わせたくない……」


アルケはネプトを押し倒し、彼を胸に抱きしめた。


「なら、私がそばにいる。あなたが進むなら、私も共に行く。ネプト、あなただけは、絶対に一人にしない」


その言葉が、ネプトの封じていた何かを壊した。ネプトはアルケを抱きしめ返した。


「俺は辛かったんだ。ずっと、ずっと誰かに俺は!奪われるのが嫌で…!嫌だったんだ、だって僕は誰かが死ぬなんて考えたくもないし、なのに…」ネプトの会話にもならない子供のような話にアルケはずっと相槌を打った。アルケはこの時初めてネプトを年相応の子供なのだと認識したのだった。


 夜明け前、ネプトとアルケは抱きしめあったままその場で寝込んでいた。ネプトはどこか安心そうな顔を浮かべ、アルケもとても穏やかな顔をしていた。


 そんな二人を見てユンボは「こんな子供がここまで苦しまないといけない世界なんて間違っている…やはり世界というのは人々の思いだけではやはりどうにもならないみたいだよ。ウィル、ヴァルター。君たちはこの世界に本当に希望があるというのか?」空に疑問を投げかけ、ユンボはネプトたちにそれぞれ小さな掛布団を被せた。


ユンボは一人で施設から外へと行き、夜空を眺めた。


(きれいな景色だ…30年前、君たちが守ったこの星から見える輝きは確かに美しい。でも…)


 ユンボが見上げた空には月よりも大きい赤い巨星があった。


「ソーラ・コア…か、地球政府はあれの完成を急いでいる。本当にどこへ消えたのだ、君たちは…」


ユンボが次に目を向けた空には一角獣座が見えていた。

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