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灰陽航路(かすがいこうろ)  作者: Asuga
第一章・1⇔2T@rt
5/28

マッスルが示すもの

「まずいな、奴らはどうやら君を追ってきたようだ」ユンボは焦りが通信に声が漏れる。


「あなたは退避の準備を!奴らがどう出るかわからない」ネプトは落ち着いていた。焦っていても何も変わらないと自分に言い聞かせていた。


「ネプト!中に来る!」アルケの必死の声。彼女はソラリウムE3の注射を打ったばかりで、地上の大気に苛まれるヴァルカリアンの血と戦いながら、ネプトに状況を知らせに駆け付けたのだ。「ここにきてしまう…!」


ドガン!


壁を破って巨大なアウリアン戦闘艇が突入。羽耳を煌めかせた監視兵たちが降下し、光る矢をネプトとアルケへ向けた。


「『罪人』ネプト・アンビション。ソラリス残党アルケ。」リーダーの声は冷徹だった。「天翔の裁きが下る。」


アウリアンの弓が完璧な弧を描く。矢先に刻まれた光の紋章が不気味な低音を発し、周囲の空気さえ歪んだ。それはアウリアン精鋭のみが許される対HI用破壊兵器「堕天の羽根(フォールン・フェザー)」だった。

「なるほど、ここはクローンの…一度接続されればもう、救い出すことはできないというのに。あなたたちが何を目的としているかはわかりませんがここで活動することは許しがたきこと、堕ちよ罪の重さかみしめながら!」


ネプトの視界が鋭く収縮する。アルケは投与直後のソラリウムE3で身動きできない。距離、速度、回避可能率──神経接続が危機を数学的絶望に変換する。0%。通常機動では間に合わない。


(動け…動けよ!!)


思考より先に、脊髄を焼くような命令が神経接続ケーブルを駆け抜けた。「全関節ロック解除! 左舷スラスター逆噴射! 右膝油圧100%解放!」

ガーディアンの旧式OSが悲鳴を上げた。設計限界を超えた無茶な指令。機体の左半身の油圧パイプが内部で破裂し、警告音が狂ったように合唱する。


[警告:左股関節油圧圧力 限界突破]

[警告:機体構造安定性喪失]


それでもガーディアンは動いた。 旧式フレームが捻じれる金属音が水圧音のように重く響く。ハッチ後方にいたアルケに向けられた攻撃からかばったのだ。するとその時、コックピット内のケーブルがネプトの足に偶然絡みつき、ネプトは外へと滑り落ちた。ガーディアンはまるで意思を持つかのように、主人を護るために自らを盾として自重で倒れこんだ。


ちょうどその時──


ドガァァンッ!!!


「堕天の羽根」が、ガーディアンの左肩装甲を無慈悲に貫き、内部で炸裂した。衝撃でコックピットブロックは大きく歪み、操縦席のハッチが吹き飛ぶ。油圧オイルが青黒い血液のように噴き出し、ネプトの全身を濡らした。モニターは一瞬で真っ赤に染まり、警告音は断末魔のように途切れた。攻撃の衝撃でネプトが吹き飛ばされたが、幸いにも命中はしなかった。ガーディアンの機体が大部分の破片を遮ったのだ。しかしネプトも無事なわけではなかった、焼けるように熱い爆風の中で彼は自分の死すら感じ取っていた。


[コアユニット:致命損傷]

[機体機能:完全停止]


ネプトは飛ばされたその場で座りこみ、おぼつかないの視界で機体の損傷を見た。左腕はもぎ取られ、胸部には巨大な穴が開いている。ガーディアンは文字通り、彼を守るために自らを盾とし、その身を貫かれたのだ。


「ガ…ガーディアン…」


ネプトは瓦礫の中から必死に這い出た。全身に油と自分の血が混じり、左腕は不自然に垂れ下がっている。視界は揺れ、耳鳴りが頭蓋を貫く。それでも彼の目は、倒壊したガーディアンの残骸に釘付けだった。コントロールパネルは「堕天の羽根」の爆発でえぐり取られ、黒く炭化している。


「ネプト…!」アルケがよろめきながら駆け寄ろうとしたが、アウリアン兵が俊敏に動き、光る矢を彼女の足元に放つ。地面が炸裂し、アルケは吹き飛ばされた。彼女はうずくまり、ソラリウムE3の投与直後の体が激しい痙攣を起こしていた。ヴァルカリアンの血が地上環境に激しく反乱している。


「動くな、『希望』の娘よ」アウリアンのリーダーが冷たく言い放つ。「貴様の『穢れた血』は、連合の研究材料としては貴重だ」


リーダーの視線がネプトに向く。完璧な美貌に、非情な光が宿る。

「そしてお前、ネプト・アンビション。ソラリスの残滓であり、シーフォークらのザーン監視官殺害の罪人だ。裁きは即座に下る」


弓が再び構えられる。矢先の紋章が低く唸る。


その時であった──


「てめえら…俺の客人に手を出しやがったな?、ちっとばかし調子に乗りすぎじゃねえのかぁ!!」


轟音と共に地下区画の奥壁が吹き飛んだ。飛散するコンクリートと鉄骨の塵の中から、鈍く鈍色に輝く巨影が突進してくる。アグリッパのHI「ブレイクハンマー」。旧式陸戦型の巨体を、無数の継ぎ接ぎと追加装甲でごてごてに改造した怪物だ。両腕は文字通りの破城槌ハンマーに換装され、背部からは対空用の多連装ロケットポッドがせり出している。


「アグリッパ!?」ユンボが制御コンソールから叫んだ。「お前の機体はまだ…!」


「整備なんてクソ食らえだ!」アグリッパの怒声が外部スピーカーを歪ませる。「連中のケツの穴を、このハンマーでズタズタにしてやるさ!」


ブレイクハンマーが巨体を捻じり、右腕の破城槌を振り回す。風圧だけですべてが吹き飛ぶのではないかと思うほど空気が揺れた。ターゲットはネプトを狙うアウリアンリーダー機だ。


「愚かな!」リーダー機が軽やかに後退。アウリアン機特有の優雅な跳躍で攻撃を回避すると、瞬時に反転し、三本の「堕天の羽根」をブレイクハンマーのコックピットに向けて放った。


「そんなモン、当たらないんだなぁ!」


アグリッパが叫ぶ。ブレイクハンマーの分厚い正面装甲が、無数のスクラップ鋼板を溶接した即席のシールドのようにせり出した。堕天の羽根が命中──ドゴォン! 炸裂する光。シールドは粉砕され、ブレイクハンマーの装甲にも深い傷跡を刻むが、コックピットは守り切った。


「ハッ! 連合の新兵器も、古い鉄の塊と俺のマッスルには歯が立たねえようだな!」アグリッパの哄笑が響く。


だが、それは無理を承知の挑発だった。ブレイクハンマーのモニターには、機体各部に赤い警告が点滅している。油圧漏れ、関節部の疲労損傷…特に左足の可動域が限界を超えていた。


「ネプト!ガキ!」アグリッパの声が内部通信でネプトの端末に飛び込む。「お前のガーディアン…まだコアユニットは生きてるか!?」


ネプトはよろめきながらガーディアンの残骸に手を伸ばした。えぐれた胸部の奥、火花を散らす配線の向こうに、かすかに脈打つ青い光が見える。バッテリーは尽きかけていたが、コアユニットの信号は微かに点滅している。


「…おそらくだが!」ネプトが必死に叫ぶ。


「よし!なら最後の仕事だ!」アグリッパの言葉は荒々しく、しかし確信に満ちていた。「レオンが愛したおまえの意思は、お前を守る最後の力だ!なら、その意志を…最後まで使え!そのガーディアンで!!!」


「無茶を言う!!」アグリッパの言葉が脳裏で閃光のように走った。ネプトは父の飛行機オブジェを握りしめ、瓦礫の中に埋もれたガーディアンの操縦桿に飛びついた。神経接続ケーブルは切断されていたが、手動操縦系統は辛うじて生きている。


「アルケ!ガーディアンの外部コントロールを…君に渡す!いざというときはガーディアン(こいつ)が僕らを守る最後の盾だ。」ネプトが叫ぶ。


「…わかった!」アルケが応える。彼女は苦しみながらも携帯端末を起動し、ガーディアンの残存システムにアクセスした。


その間、アグリッパは文字通り「盾」となっていた。ブレイクハンマーの巨体をアウリアン機の攻撃路に押し立て、重厚な装甲とハンマーで必死に防戦する。だが、アウリアンの機動は速すぎる。軽快な戦闘艇が翻弄し、堕天の羽根がブレイクハンマーの脚部、肩部を次々と貫いていく。


[警告:左下肢機能停止]

[右肩関節 油圧完全喪失]


「ちっ…!動けるだろう、俺たちはぁ!」アグリッパの歯軋りが通信を揺らす。


リーダー機が優雅に旋回し、ブレイクハンマーの背後の死角へ回り込んだ。コックピット狙いの完璧な狙撃体勢だ。


「さらばだ、旧時代の亡霊」


堕天の羽根が放たれる。


「まだ…終わらねえぞォッ!!」


アグリッパの絶叫と共に、ブレイクハンマーが信じられない動きを見せた。限界を超えた左足への負荷を強制し、機体全体を無理やり反転させたのだ。正面装甲が狙いを外れた堕天の羽根を受け止める──ドガァン! 爆発が起きる。


しかしそれは囮だった。リーダー機の真の狙いは、制御コンソールへ向かうユンボと、ガーディアンの残骸に必死の修理を施すネプトたちだった。もう一本の堕天の羽根が、ネプトの背後のハッチへと放たれている!


「ネプト!後ろだ!」アルケの悲鳴。


間に合わない。ネプトは振り返り、迫る破滅の光を見つめた。


その時、地響きがした。


ゴオオオオッ!


倒壊したガーディアンの残骸が、信じられない力で持ち上がった。機能停止した筈の右腕が、アルケの外部制御で無理やり稼働し、機体全体を盾のようにネプトたちの前に押し立てたのだ。コアユニットの最後の灯が、限界を超えた出力で燃え上がる。


堕天の羽根が直撃する──!


ドゴオオオオーン!!!


青白い閃光が地下区画を飲み込んだ。ガーディアンの残骸はさらに粉砕され、胸部コックピットブロックが無惨に吹き飛ぶ。しかし、その犠牲の盾が、ネプトとアルケ、そしてユンボの制御コンソールへの直撃を防いだ。


「よく持ってくれた…」ネプトの声が詰まった。震えるこぶしをふるいだたせ、叫んだ「できたぞ!アグリッパ!!」


「てめえの鉄の馬鹿ァ…なかなかやるじゃねえか…!」アグリッパの声にも、わずかな驚愕と敬意が混じる。


その隙を逃さなかった。ブレイクハンマーは動きを止めたリーダー機へ、すべての残存推力で突進した。重いハンマーを振りかぶる動作は鈍いが、距離は一瞬で詰まる。


「バカな!そんな鈍重な…!」アウリアンリーダーが初めて動揺した声を上げる。


「遅いんだよォ…貴様らはなァ!」


アグリッパの哄笑が炸裂する。ブレイクハンマーはハンマーを振り下ろすふりをし、代わりに機体の巨体ごと、捨て身の体当たりを敢行した!コックピット装甲が、アウリアン機の優美なフォルムに激突する!


ドガガガガンッ!!!


金属が潰れ、砕ける凄まじい音。ブレイクハンマーの正面装甲は完全に崩壊し、コックピットが剥き出しになる。一方、アウリアン機は優美な翼を折られ、機体中央部が大きくへし折れた。両機とも致命傷だ。


「ぐ…ぐおお…!」アグリッパの苦悶の声が、ブレイクハンマーの歪んだスピーカーから漏れる。


「愚か…者…!」リーダー機のコックピットから、血を流すアウリアンが這い出て絶叫する。


アグリッパはコックピットのハッチを蹴破り、油まみれの巨体を引きずり出した。彼の顔には深い裂傷から血が流れているが、目は狂気の輝きを放っていた。

「ハッ…!これが…ソラリスの…答えだ…!」アグリッパが、崩れかけたブレイクハンマーの装甲に寄りかかりながら、リーダーに向かって唾を吐いた。「理想もクソもねえ…!目の前の…仲間を守るためなら…悪魔にもなる…!それが…俺たちの…俺たちが信じた『静かなる太陽』だ…!」


彼の手に、小型の起爆装置が握られている。ブレイクハンマーのコアユニットを自爆させるためのものだ。


「待て!自爆など…!」アウリアンリーダーの声に初めて恐怖が走る。


「ざまあみろ…連合の…エリート様よォ…!」


「後は頼むぜ…ネプト」アグリッパが狂ったようにしかしどこか冷静に笑いながら、スイッチを押し込んだ。


「ああ…あんたはまだなのか…畜生…俺が先…なんだな」彼のだれにも聞こえない最期の言葉はとても弱々しく消えた。


轟発が起きた。ブレイクハンマーのコアが炸裂し、アウリアンリーダー機もろとも灼熱の炎に包まれる。爆風と破片が地下区画を蹂躙し、残るアウリアン兵もろとも吹き飛ばされた。


「アグリッパァア…!」ユンボが制御コンソールから絶叫したが、その声は爆音にかき消された。


ネプトはアルケを庇い、爆風と降り注ぐ破片に耐えた。熱風が頬を焼く。目を開けると、かつてブレイクハンマーとアウリアン機があった場所には、溶けた鉄塊と黒い煙が渦巻くだけだった。アグリッパの哄笑が、耳鳴りのように頭に残る。


「…終わったの?」アルケが弱々しく問う。彼女の痙攣は少し収まりつつあった。ソラリウムE3が徐々に効き始めている証だ。


「アグリッパ、あなたという人は」ネプトは彼の散る姿に敬意を表すようにアルケを抱きしめながら涙を流した。ただこの目の前に広がる現実を直視し、受け止めた。「アグリッパが…彼がやってくれたんだ」ネプトはアルケに自分の顔を見せないよう強く抱きしめた。今の自分の情けない顔を見られないために…

シーフォークとはヴァルカリアンへの皮肉のようなものです。

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