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灰陽航路(かすがいこうろ)  作者: Asuga
第二章 陽
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《キング・オブ・ザ・ヒル》――丘の上の王様

「――おい、何が起こっている!?」

「防壁が破壊されたぞ! あれは明らかに事故じゃない!」


 モニタールームの空気が爆ぜるように荒れた。教師たちが詰めかけ、警報灯の赤が室内を断続的に照らし出す。怒号と混乱が入り混じり、誰もが状況を把握できずにいた。


 その中で、ただ一人。

 カイは腕を組み、沈黙のままスクリーンを凝視していた。光に照らされた横顔は、もはや教育者のものではない。

 戦場をいくつも渡り歩いた、歴戦の指揮官の目だった。


「カイ先生! 生徒たちに危険が!」

「……いや、待ってください」


 静かに放たれたその低い声は、喧騒を一瞬で鎮めた。

 同僚たちは息を呑み、ただ彼の言葉を待った。


「生徒会から、緊急回線が入っている……なるほどな」

 カイはスクリーンの片隅に映る文字を見つめた。


 そこに表示されていたのは――《アキラ・アンビション》の名と、新たな競技名。


《キング・オブ・ザ・ヒル》


「……これは、君が初めから計画していたのか?」

 誰にともなく呟いたその声に、周囲の教師たちは言葉を失った。


『――これよりルールを緊急改変する。現在フィールドにいる四チームによる――バトルロイヤルを開始する』


 アキラと、生徒会長リヒトの冷静な声が、各機体の通信網を貫いた。


 だが、コックピットの中でそれを聞いたフィリカには、余裕など一片もなかった。

 モニター越しに見えるのは、暴走した二機のHI。薬物に蝕まれ、感情も理性も欠いた獣のような動き。


 そして、破れた防壁の向こうから現れるのは――ノリッジ校の《ファランクス》。

 その機体の外装からも、薬の匂いが漂うような錯覚を覚える。


 合計四機。

 狂ったように踊るHI。


 観客席に牙を向けぬよう、ただ注意を自分たちに引き付ける――それだけで精一杯だった。

 アゼル会長たちと連携して戦う余裕など、どこにもない。


『フィリカ! 聞こえるか!』

 ヘッドセットが震え、アキラの声が飛び込んでくる。


『いいか、よく聞くんだ! この状況を打開できるのは、君たちしかいない!』

「無茶言わないでください! 四機も相手に、抑えるだけで――!」


『違う! 抑えるんじゃない、終わらせるんだ! 作戦を考えろ! アゼルは合わせてくれる、絶対にな!』


 その声には、迷いも、恐れもなかった。

 有無を言わせぬ力が宿っていた。


 アゼル会長が……合わせてくれる?

 そんな保証、どこにもない。


 それでも――なぜか、信じられた。

 アキラ・アンビションという男の言葉を。


 フィリカは唇を噛み、操縦桿を握りしめた。

 脳が灼けるほどの速度で回転する。


 敵は四機。

 動きは単調、だが予測不能。

 味方は、私とレティカ先輩。

 そして、敵か味方かも分からないアゼル会長とユイチカ君。


 利用できるものは? フィールドの地形、崩れた防壁の残骸。

 そして――アゼル会長の異常なまでの操縦技術。


「……レティカ先輩、聞いてください!」

 フィリカは、決意を込めて叫んだ。


「これから私がおとりになります。攪乱は私に任せてください。先輩は、アゼル会長たちに合わせて――最後を、お願いします」


『――正気、フィリカ!? うまくいく保証はない!』

「正気なんてあったら、この状況は覆せません!」


 叫ぶと同時に、フィリカの機体が弾丸のように飛び出した。

 CQCブレードをエヲラの機体に突き刺し、ゼロ距離で閃光弾を爆ぜさせる。

 白い閃光が弾け、センサーが一瞬で飽和する。


 狂ったHIたちが、光に釣られた蛾のように、一斉にフィリカへ殺到する。


 フィールドの向こうで、アゼル会長の機体が、わずかに動いた。


「今から私が『小さな黒い魚』……私が四機全部の注意を引きつける!」


《キング・オブ・ザ・ヒル》――丘の上の王様。

 勝利条件は、中央タワーの制圧。


 それが、真の目的。

 フィリカは自らを囮にし、時間を稼ぐ覚悟を決めた。


 あまりにも無謀で、自殺行為に等しい策。


「……面白い」

 アゼルはコックピットで小さく笑った。

「乗った。君というクイーンを守るためなら、喜んでピエロ役を引き受けよう」


 作戦が、始動する。


 ブーストを最大出力まで上げ、フィリカは狂乱する四機の中心へ飛び込んだ。

「こっちだよ! 大きなお魚さん!」


 挑発するように機体を翻すと、敵のセンサーが一斉に反応する。

 獣のような駆動音が、四方から唸りを上げて迫る。


『フィリカ! データリンク、送ります!』

 ナミの声。網膜ディスプレイに、敵機の最短到達予測が秒単位で表示される。


『関節部モーター、リミッター解除! 耐久時間は――90秒!』


 機体が軋み、内部で火花を散らす。

 90秒。その間に、決着をつけなければならない。


 回避、いなし、受け流す。

一瞬でも気を抜けば、機体は引き裂かれる。


 地獄のような時間の中で、フィリカの意識は極限に研ぎ澄まされていた。


 そして――その裏で。

 アゼルとユイチカの機体が、影のように乱戦をすり抜け、タワーの基部へ到達する。


『――今だ!』


 アゼルの声が響いた瞬間、中央タワーの屋上に設置されたサーチライト群が一斉に起動。

 光の奔流が夜空を裂き、フィールド全体を白で焼いた。


 薬物で過敏化した敵パイロットの神経を、光が灼く。

 狂った四機が一斉に動きを止めたその刹那。


「レティカ先輩!」

「言われなくても!」


 二機が同時に反転。

 アゼルとユイチカの機体がタワーから急降下し、滑らかな機動で散ると、一機ずつ、四機の推進装置(スラスター)を正確に撃ち抜いた。


 ブレードとライフルの閃光が交錯し、暴走機は沈黙するように地面へと墜ちて行った。


 何が起こったのか、観客にも、メディアにも、教師たちにも理解できなかった。

 ただ、派手な演出の末に、ダルムシュタットの二チームが勝利した――そう見えただけだった。


 戦いが終わる。

 崩れた防壁が音を立てて崩壊し、かつて二つに分かれていたフィールドが、ゆっくりと一つに戻っていく。


 スクリーンには新たな文字が浮かび上がった。


《チャンピオンシップ・トーナメント決勝戦》


 まるで何事もなかったかのように。


 けれど、本当の意味での戦いは、まだ終わってはいなかった。


 生徒会の判断の元、薬に侵されたポード先輩たち四名は、秘密裏に駆け付けた連合軍の兵士たちによって、速やかに身柄を拘束されていった。この体育祭を、これ以上乱すのを防ぐための、アキラ先輩たちの迅速な判断だった。


 その引き渡しの現場で、私達は連合軍の部隊を指揮する、一人の女性士官と対峙していた。長く美しい銀髪。アナンケー・ウンブラ大尉。

「……ご協力に感謝します、大尉。ダルムシュタット生徒会副会長の、アキラ・アンビションです」


「アンビション……?」

 その姓を聞いた瞬間、アナンケー大尉の瞳が、鋭く揺れた。


「貴方は……ネプトという人を知っている?」

 その問いに、アキラ先輩は、ほんの一瞬だけ、遠い目をした。


「……いいえ。」


「そう…」


 私は、兵士に連行されていく生徒たちの中に、エヲラさんの姿を見つけた。もう薬の効果は切れたのか、彼女はただ虚ろな目で、地面を見つめていた。

「……エヲラさん」

 声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせた。

「……ごめんなさい。私、貴方に、ひどいことを……」


「大丈夫」私は、首を横に振った。「誰も死んじゃいないもの!」


 その一言に、彼女の瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「……ありがとう。……本当に、ありがとう……!」

 その言葉が、彼女の本当の心からのものだと、そう感じた。


 その時だった。


「――お前が! お前さえいなければッ!!」

 絶叫と共に、兵士の拘束を振り切ったポード先輩が、私に掴みかかってきた。

 抵抗する間もなく、彼の指が、私の首に食い込む。


「うっ……ぁ……!」


 酸素が、奪われる。意識が、遠のいていく。首にかけていたネックレスが、ブチリと音を立てて千切れ、地面に落ちた。


 意識が消えていく…そう思った瞬間


 ポード先輩の体が、まるで木の葉のように、横合いから吹き飛ばされた。


「――そこまでだ」

 低く、しかし凛とした声。そこに立っていたのは、アナンケー大尉だった。彼女が、私を救ってくれたのだ。

 ポード先輩は、もはや人間とは思えない、ぐちゃぐちゃな顔で何かを呻きながら、兵士たちに再び取り押さえられ、運ばれていった。


「……大丈夫?」

 アナンケー大尉が、私に手を差し伸べる。私は、咳き込みながら、何とか頷いた。

 彼女の視線が、地面に落ちた私のネックレスに向けられる。二つの、シンプルな指輪。

 彼女は、それを静かに拾い上げると、私の手のひらに、そっと乗せてくれた。

「……大事なものでしょう。落としちゃだめよ」


「……ありがとう、ございます。私は、フィリカ・エアリア、です」


「アナンケー・ウンブラよ」

 私たちは、そこで初めて、名乗り合った。彼女の瞳に、なぜか、ほんの少しだけ、悲しい色が浮かんだように見えたのは、気のせいだろうか。


 少し離れた場所では、リヒト会長が、アゼル会長に事の顛末を話していた。

「……ノリッジの方は、チーム《ピーリア》の連中が、薬を手に入れていたらしい。連中は、エクスムーアという街から、薬を仕入れていたらしい」


「エクスムーア……聞いたことがないな」


「ああ。これからは、連合軍と連携して、君たちの街ハウゼンと、我々のエクスムーアを、同時に調べ上げることになる」


「……一応聞いとくけど、政府軍は、頼らないのか?」

 アゼル会長の問いに、リヒト会長は、静かに首を横に振った。


「アキラ君が言っていた。……『政府軍には、なるべく頼りたくない』、と」


 私は、去っていくアナンケー大尉の後ろ姿を、なぜか目で追ってしまっていた。アキラ先輩も、彼女に何かを感じたのか、険しい顔でその背中を見つめている。


 その時。


 ぐらり、と視界が揺れた。緊張の糸が、一気に切れたのだ。

 倒れそうになった私の体を、隣にいたアキラ君が、咄嗟に支えてくれる。

「……フィリカ!?」


 すると、後ろから足音が響いた。

 いつの間に現れたのか、カイ先生が、静かな、しかし有無を言わさぬ迫力で、そこに立っていた。

「……聞かせてもらいましょうか、アキラ。君が、一体何を考えているのかを」


「カイ先生……。今は、後にしてくれ。フィリカも、疲れてる」


「近いうちにミレイさんと、あの人と会わせていただけますか」

 アキラ君と、カイ先生。二人の間に、今まで見たこともないような、緊張した空気が張り詰めた。


「分かりました」

 それは、ただの生徒と教師の関係ではない。何か、もっと深い場所で繋がっている者たちだけの、特別な空気だった。

少し休みます。色々忙しくなったんで…

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