チャンピオンシップ・トーナメントその2
アゼル会長とユイチカ君のチーム《グラード》は、危なげなく一回戦を突破していた。
その戦いぶりは、まさに圧倒的。練度も、技術も、戦略も、他の追随を許さない。彼らが準決勝へと駒を進めるのは、誰もが当然のことのように信じて疑わなかった。
そして――私たち、チーム《エアリア》の次なる相手は、同じダルムシュタット所属のチーム《メーレ》。
一回戦で、自傷行為にも等しい戦い方を見せつけた、あのポード・メーレ先輩のチームだ。
試合前、整備ピットへ向かう通路で、私たちは彼らと鉢合わせた。
「よう、噂のルーキーちゃん。一回戦は見事だったな。……おもちゃみたいなガラクタで、よく頑張ったじゃないか」
ポード・メーレ先輩が、口元を歪ませ、侮蔑と退屈の入り混じった笑みを浮かべて言った。
その隣に立つ少女――彼の相棒、エヲラさんは、まるでガラス細工のお人形さんのように表情ひとつ動かさず、虚空を見つめていた。
他のサポートメンバーたちは明らかに居心地が悪そうで、目を合わせようとすらしない。通路の空気が、じっとりと重く、湿って感じられた。
「……ポード先輩も、あんな戦いをし続ければ、さぞ操縦が大変だったでしょう?」
レティカ先輩が声だけは取り繕って、鋭く睨み返す。
一触即発――そんな緊張が走った、その瞬間だった。
ふわりと、ポード先輩の体から、甘ったるいがどこか焦げ付いたような、鼻を刺す嫌な匂いが漂ってきた。
私は息を詰める。その匂い――ハウゼンの夜、レティカ先輩の周囲で感じた、あの匂いと同じだった。
不安が胸の奥を掴んだまま離さない。
整備の最中も、気づけばそのことばかり考えていた。
そして私は、とうとういてもたってもいられず、単身でチーム《メーレ》のピットへ向かった。
でも、そこにポード先輩の姿はなかった。
代わりに、静まり返った空間にひとり、エヲラさんが立っていた。
「……フィリカ・エアリアさん?」
背後から、か細い声。
振り返ると、彼女はまるで光を失ったような瞳で、私を見つめていた。頬は青白く、指先が震えていた。
そして――人目のない通路で、彼女は、震える唇で全てを語り始めた。
ポード先輩が使っている薬のこと。
それが彼の父、ロワードから与えられたものだということ。
ニューロンドの事件のあと、名ばかりの「ソラリス軍大将」という肩書を与えられ、完全にリュウジ・ニイガエの傀儡と化した父。
その歪んだ支配が息子であるポード先輩を歪ませ、ユイチカ君に便宜を図るよう、ロワードから常に強いられていたのだと。
「父から与えられた『任務』……それが、この薬を使い、この大会で『結果』を出すことだった。何のためにかなんて、私には分からない……でも、あいつはもう、昔のあいつじゃない……!」
その声は嗚咽に震え、瞳から涙がこぼれ落ちた。
エヲラさんは、かつての彼の友人だった。
だからこそ、今の彼を見ていられなかった。
「お願い……。あいつを、殺して……!」
その一言は、私の胸を氷の刃のように貫いた。
「それが、あいつを、あの苦しみから解放してやれる、唯一の方法だから……!」
彼女の言葉は、痛みと絶望の祈りだった。
けれど――私には、それに答える術がなかった。
人の命を奪うことなど、私には……。
返事をするよりも早く、試合開始を告げるファンファーレが、無情に鳴り響いた。
私たちは反対方向へ走り出す。
振り返った視界の端で、崩れ落ちる彼女の小さな背中が、儚く揺れて見えた。
コックピットの中で、私はレティカ先輩に全てを話した。
『……なるほどな。あの匂いは、やっぱり』
ヘッドセット越しに聞こえる先輩の声は、静かに沈んでいた。
『その薬、タバコに混ぜて売られてるやつだ。私も、少し前まで吸ってた。快感で、痛みも迷いも全部消し飛ぶ。……けど、その分、心も、だ』
身近にあった悪魔の誘惑。
私は、改めてその恐ろしさに戦慄した。
試合開始のブザーが鳴り響く。
開始と同時に、二機のテラスクが獣のような咆哮を上げて突撃してきた。
チーム《メーレ》。
私たちはビル群に身を隠しながら応戦するが、相手の動きは常軌を逸していた。
被弾を恐れず、味方機――エヲラ機にぶつかることさえ厭わない。
ただ前へ。ただ、破壊のためだけに。
『チッ、やってらんない!』
レティカ先輩が舌打ちし、ポード機との直接戦闘に突入する。
私は、街を破壊して回るもう一機――エヲラ機を止めにかかった。
瓦礫を突き破り、私は彼女の前に立ちふさがる。
スピーカー越しに、甲高い音楽が鳴り響いていた。狂ったリズム。
そして、その向こうから聞こえる――甲高い、笑い声。
『アハハハハ! もっと! もっと壊してやる! 全部、ぜーんぶ!』
正気じゃない。
薬は、彼だけじゃない。彼女もまた、その毒に侵されていたのだ。
友を殺してくれと願った、あの儚い少女の面影は、どこにもなかった。
そこにいたのは、破壊の快楽に溺れた、ただの獣。
私はCQCを構え、エヲラ機の腕を切り飛ばした。
金属の悲鳴が、戦場に響く。
彼女の機体はビル壁に叩きつけられ、火花を散らした。
それでもなお、残った腕で、がむしゃらに殴りかかってくる。
その、あまりにも無意味で、悲しい攻撃をいなし続けていた、その時だった。
――轟音。
フィールドを分断していた巨大な防壁が、爆音と共に吹き飛んだ。
土煙の向こうから現れたのは、二機のHI。
ノリッジ校。
『なっ……!?』
反対側で戦っていたはずのチーム《ピーリア》。
その背後、遠くのフィールドでは、アゼル会長とユイチカ君の機体が、ただ困惑したように立ち尽くしていた。
来賓室は、静かな戦場と化していた。
「……やはり、動いたか。ポード・メーレども」
ノリッジ生徒会長、リヒト・リヒターが低く呟く。
アキラ・アンビションは、手元のティーカップを静かに置き、すぐにコンソールへ指を走らせた。
「リヒト、運営委員会に緊急回線を繋いでくれ。僕が話す。これはもう、競技ではすまない。大事になる前に沈静化をするぞ」
「分かっている。メディアには?」
「まだ気づかれていない。この混乱を、競技の“演出”だと思わせる。それしかない。……幸い、サイコーにいい駒は揃いすぎてる」
アキラの瞳が、鋭くモニターを射抜く。そこには、フィリカとアゼルの機体。
彼の内心で、冷たい祈りのような声が響いた。
(頼む。君たちがやってくれなければ、僕の望みも果たせないんだ。)
次の瞬間、アキラの声が、フィリカ達とアゼル達同時に届いた。
『――こちら、生徒会副会長、アキラ・アンビション。チーム《エアリア》、そして《グラード》に通達だ!』
その声には、いつもの軽やかさはなかった。
鋼のように冷たく、揺るぎない響き。
『現在、一部チームによる意図的な競技妨害が発生した。でも、メディアへの影響を考慮して、競技は続行することにした!』
続いて、リヒト・リヒターの静かな声が重なる。
『これよりルールを緊急改変する。現在フィールドにいる四チームによる――バトルロイヤルを開始する。生き残った上位二チームが決勝へ進出だ』
メインスクリーンに、新たな競技名が赤く浮かび上がる。
《キング・オブ・ザ・ヒル》
体育祭は、ここで一度終わりを告げた。
そして、始まる。
――本当の、命の取り合いが。
次回は10月28日に更新します!




