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灰陽航路(かすがいこうろ)  作者: Asuga
第二章 陽
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チャンピオンシップ・トーナメントその1

 十数ブロックに及ぶ《スクランブル・ロワイヤル》。

 スタジアムの巨大なメインスクリーンに、過酷な戦いを勝ち抜き、チャンピオンシップ・トーナメントへの切符を手にした八つのチーム名が映し出される。その中に自分たちの名前を見つけたユナが、弾けるような歓声を上げた。


「やった! やったー! フィリカ、レティカ先輩! トーナメント進出だよ!」


 たった一度の戦い。

 けれど、忘れることのできない、濃密で激しい戦いだった。その記憶を胸に刻み、私とレティカ先輩は、スクリーンに映し出された《CHAMPIONSHIP TOURNAMENT》の文字を、静かに、しかし確かな決意をもって見つめ続けた。


 ダルムシュタットからの進出は三チーム。予選で敗退した他のパイロットたちが、悔しさを滲ませながらも「後は頼んだぞ!」と、私たちのピットに集まってくる。その熱い想いが、嬉しくて、少しだけくすぐったい。

 私たちは、高揚感と心地よい喧騒に包まれていた。


「ナミ! 次の対戦相手のデータ、まだ!?」

「今まとめています! 落ち着いてください、レティカ先輩!」

「トウマ君! 《バージョンL》への換装、間に合う!?」

「問題ない……けど、関節部のサーボモーターに予測値以上の負荷がかかってる。最速での機動は、三分が限界かも」

「馬鹿か、今最大限できることすんだよ!」

 メデス君はトウマ君を強く蹴った。

「分かってるさ!」

 トウマ君もメデス君も気合が入っている。


 予選でパージしたバージョンCLの巨大な残骸から、整備班の仲間たちが、まだ使える追加装甲や内部武装を手際よく取り外していく。

 火花が散り、工具の音が金属を叩くたび、チームの鼓動がひとつになるようだった。それらを、高機動形態へと生まれ変わった私のテラスク――《バージョンL》へと組み替えていくのだ。


「レティカさんのも整備進めて!」

「じゃあ、私が……」

「ここお願いね!」


 整備班の仲間たちが目まぐるしく動く。油と金属の匂い、焦げた匂い。あの独特の“戦いの準備”の空気が、ピット全体を支配していた。


 レティカ先輩は変わらず外向きの顔で、応援してくれる生徒たちに笑顔を振りまいている。

 まるで、私がそこにいないみたいに。そう感じてしまう瞬間があった。――私じゃなくてもいいんじゃないか、とそう感じてしまう瞬間が。


 みんなは優秀だ。だけど、私は――。


「がんばれよー! エアリアさん!」

 男子生徒の声が一瞬、聞こえた気がした。まさかと思って振り返る。


「がんばってね!」

「ノリッジに負けないでくれー!」

「よっ、ルーキー!」


 みんなは、私にも優しい。確かに私がいなくても、変わらなかったかもしれない。それでも、今あの人たちが応援してくれたのは、他の誰でもない――私だ。


 だったら、その期待に応える以外に、私の役割はない。


「ありがとう! 絶対に勝つ!」


 歓声が湧き上がり、ピットの熱気が胸の奥を燃やすように広がる。誰もが、次のステップに上がった実感を噛みしめていた。チームメンバーの顔は、いつになく楽しそうだった。

――でも、この場に、アキラ先輩はいなかった。


 体育祭のHI整備区域の端。チーム《グラード》は、静まり返った空間の中にいた。フィリカたちとは対照的に、そこにはただ音楽が流れているだけだった。


『~逃げたかった~Yeah~灼夏がまだ~俺達から何かを盗んでいく~』


 アゼル会長とユイチカ君は、誰の手も借りず、ただ淡々と自分たちの機体の最終調整を行っている。その姿は、これから戦場へ向かうというよりも、決められた手順をこなす“王者”の風格に満ちていた。


「すいません。音楽なんか……」

「いいさ。それに、聞いてみると案外悪くない」

「整備班は……」

「彼らはもう観客席だよ。初めに調整は終わっているんだ。ただ直すだけでいい」

「勝つだけなら、それで充分ですね」


 反対側の端には、もう一つのチーム《メーレ》の姿。凍てつくような緊張感に支配され、誰一人口を開こうとしない。


「……なぜ、あんなものを使うんだ、ポード」


 パイロットの一人、エヲラが相棒のポード・メーレを詰問するように言う。その声には怒りというより、深い憂いと焦りがにじんでいた。


 ポードは何も答えない。エヲラを見つめているようで、焦点の合っていない瞳。不気味さと苛立ちが漂い、彼は栄養ドリンクのようなものを無造作に呷った。


 エヲラの言う「あんなもの」が何を指すのか――その正体は、不気味な闇のように二人の間に横たわっていた。


「勝てればいいんだ。せめて準決勝くらいはしないとな。一回戦の次の相手は……噂のチーム《エアリア》。あんなふざけたやつらに、この僕が負けるわけにはいかないんだ」

「ポードッ!」


 エヲラがポードの頬を叩く。まるで夢から覚ますように。だが、ポードはエヲラと目を合わせようともしなかった。その瞳の奥には、理性では制御しきれない何かが渦巻いていた。


 同じ頃、スタジアムの来賓室。二人の男が、眼下の光景を静かに見下ろしていた。


「……トーナメントに出てくるか。ポード・メーレ」

 ノリッジ生徒会長、リヒト・リヒターが氷のように冷たい声で呟く。


「ああ。予選での彼のバイタルデータ、そして機体の出力……明らかに異常だ。

 まあ、本戦で使って暴れでもしない限りは、こっちはラクできるんだけど」


 アキラ・アンビションは、ティーカップを傾けながらこともなげに言う。彼らの目的は、もはや自校を優勝させることではなかった。

 この祭りの裏でうごめく闇を、いかにして白日の下に晒すか――。


「そういえばリヒトは、なぜ大会に出ない? 去年のデータで言えば、間違いなくアゼルとも肩を並べられるパイロットのはずだろ」

 リヒトは穏やかな表情で、左の裾をまくり上げた。アキラはそこで目にした。


「……義足」

「まあ、そういうことさ。去年は無茶をした」

「義足なんて、今の時代ボロボロの旧型しかなかっただろうに」

「義足、義手、義眼、義臓器。三十七年前に“改めて生まれた者たち”は、戦い亡き後も碌に発展しなかった。理由は簡単だ。そんな余裕がなかった。私は運が良かった。比較的新しい義足を手に入れられたのだからな」

「そっか、戦時中は足を失う人が多かったんだったな……」

「ああ。義手や義眼の中には、何百年も型式が変わっていないものすらある」

「聞いたことあるよ。義眼は瞼を切らないと入らないんだっけ。怖い話だ」

「今年は私のようなものが出なければよいのだが……」

「そのために、いざという時は――だな」


 二人の会話には、重い過去と危険な覚悟が滲んでいた。


 ファンファーレが鳴り響き、トーナメントの開始が告げられる。

 広大だった演習場が、巨大な防壁によって二つに分割され、同時に二試合が行える闘技場へと姿を変えた。


 私たちの最初の相手の情報が、ナミから届く。


「ノリッジ校・三年、チーム《シュヴァルツ》……! 去年の準優勝チームか!」


 レティカ先輩が獰猛な笑みを浮かべた。コックピットのハッチが閉まる。先ほどまでの喧騒が嘘のように、静寂が訪れた。


『フィリカ』

 ヘッドセットから、ナミの冷静な声が響いた。

『相手のパイロットは二人とも典型的な近接戦闘タイプです。データ上は、私たちの機動力とレティカ先輩の射撃技術が上回るはず……ですが、油断は禁物です』

「分かってるよ」

『健闘を祈ります』


 その声が、不思議と心を落ち着かせてくれた。


 フィールドへと機体を滑り出す。隣には、深紅のパーソナルカラーを施したレティカ先輩のテラスク。

一方、私の機体は灰色の、少し不気味な外観。

 予選の重装甲とは打って変わって、贅肉を削ぎ落としたその姿は、まるで一振りのナイフのようだった。


 試合開始のブザーが鳴り響く。


 フィールドは市街地戦。

 幾つも立つビルに、私たちは身を潜めた。ファランクスは自慢の軌道砲で私たちを空中から探している。

 そのとき、レティカ先輩は街に機体を下ろし、姿をさらした――ように見えた。


 実際には、ファランクスの視界には彼女は映らない。旧型テラスクと違い、ファランクスは視界が遮られている。おそらく、高速移動時のパイロット負荷軽減のためだ。その仕様を、レティカ先輩は利用したのだ。


 私たちは閃光弾をビルに仕掛けていく。

 そして一本の閃光弾を空に打ち上げた瞬間――チーム・シュヴァルツが動いた。


 仕掛けたフラッシュポイントまで、3、2、1――今だ!


 だが、敵の一機がなにかを察知したように高度を上げ、私の隠れたビルを狙撃した。ビルを貫く弾がテラスクを直撃し、私はコックピットの中で歯を食いしばる。

 衝撃を受け流せず、機体が大きく後ろへ倒れた。


 閃光弾を食らったもう一機が動き出し、レティカ先輩を追う。私とレティカ先輩の距離が少しずつ迫っていく。


 相手の連携は、さすが去年の準優勝チーム。私たち両機に的確な射撃と打撃を浴びせ続けた。


「チッ、しつこいんだ!」


 レティカ先輩のライフルが火を噴く。

 しかし相手はそれを読んでいたかのように、ビルの影へと姿を消す。私が機体を起こそうとした瞬間――


『フィリカ! 右後方、三時の方向!』


 ナミの警告と同時に、背後から強烈な衝撃。サーマルアックスの一撃。追加装甲のないテラスクでは、衝撃をもろに受けてしまう。だが、レティカ先輩が設計した高機動タイプ――《バージョンL》の加速力で、私はなんとか振り切った。


 隙は見えない。

 それでも、私たちは諦めてはいない。


「レティカ先輩!」

「分かってる!」


 言葉だけで、互いの意図が通じる。


 閃光弾は、まだ仕掛けられている。逃げ惑う私の機体を、二機のファランクスが追う。

 その時、ビルの屋上に待機していたレティカ先輩の狙撃が、一機の脚部を撃ち抜いた。同時に、町中に仕掛けた本命の閃光弾が輝く。


 視界を奪われた敵機に、私は反転して肉薄する。


「残り、三十秒位か!?」


 トウマ君の言葉が脳裏をよぎる。ブーストを最大まで吹かし、サーマルブレードを構えた。


「これで、終わり!」


 二機のファランクスの脚部を破壊。チーム・シュヴァルツの降参が認められる。

 激闘の末、勝利を告げるブザーが鳴り響いた。


 観客席から、割れんばかりの歓声。

 私たちは、その声に応えるように、ゆっくりと機体を立ち上がらせた。


 もう一つのフィールドはすでに終わっていた。

 相手のファランクスは、二機ともぐちゃぐちゃな残骸。そこに立っていたのは――ポード・メーレのテラスクだった。


 だが、その機体も例外ではない。ひしゃげた装甲、焦げた脚部。無理な機動による過剰な負荷の痕跡。まるで敵も、自分も、まとめて引き裂くような戦い方だった。


 その常軌を逸した戦いぶりに、会場の歓声が、わずかに困惑と畏怖を帯び始めていた。


「あんな無茶な戦い方……絶対痛いはずなのに」


 レティカ先輩の呟きに、私は無言でうなずく。機体の損傷と引き換えにするような、自棄じみた戦い方。そこには、勝利への執着以上の、歪んだ何かが潜んでいる気がしてならなかった。

次回は10月24日16時10分に更新しますヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3

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