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灰陽航路(かすがいこうろ)  作者: Asuga
第二章 陽
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スクランブルロワイヤルその2

「うわー……始まった、始まった! 第二ブロック!」

 スタジアム全体を揺らすほどの大歓声の中、ユナが身を乗り出して叫んだ。観客席から見下ろす巨大な演習場では、すでに12のチーム、24機のテラスクが入り乱れ、砂塵を巻き上げながら激しい戦闘を繰り広げている。頭上にはいくつものホログラムスクリーンが展開され、各チームの獲得ポイントが目まぐるしく更新されていった。


 フィールド上空では、ファランクスの群れが自由自在に飛び回り、対するテラスクは大地に踏みとどまりながら、空を舞う敵を狙撃している。だが、弾丸はことごとく空を切り、命中しない。

 ――ファランクスが高機動だからという理由だけではない。


「すごい砂埃……。砂のエリアにうまく誘い込まれてる。……これが本当のスクランブル・ロワイヤル。普通は、あんな感じなんだね」

 私が呟くと、隣で腕を組んでいたレティカ先輩が鼻を鳴らした。


「当たり前だ。本来、この競技は地上での戦略バトルが基本。遮蔽物に隠れて撃ち、また隠れる――泥臭い消耗戦。でも、去年の末に向こうで配備されたファランクスは違う。高機動なうえに、テラスクと同等の大きさでありながら、重力下で378秒も浮遊可能。……新型の力は伊達じゃないさ」


 その言葉どおり、演習場ではテラスク同士が瓦礫や建物を盾に牽制し合い、時折流れ弾がビルに当たって火花を散らしていた。これこそが「普通」のスクランブル・ロワイヤルの光景。だが、その常識を破壊するように、ファランクスが砂煙の中に消えては現れ、また消えては現れる。その機動力に翻弄され、十機のテラスクはじりじりと追い詰められていった。


「……雑兵の群れだな」

 ノリッジの教官、ドミンが無感動に呟いた。彼の手元の端末には、各パイロットのバイタルデータと機体損傷状況が逐一表示されている。その大半は、無駄な動きによる心拍数の上昇、そして不用意な被弾による装甲損耗で埋め尽くされていた。テラスクが次々と撃墜され、砂煙の中に沈んでいく。


「お祭りですからね。楽しむのが一番ですよ」

 隣でカイが気の抜けた声をあげる。だがドミンは答えず、鋭い視線でただ一機――ファランクスを見据えていた。


「ふっ、我々のファランクスは圧倒的だ。一次戦の結果など、まぐれにすぎん。テラスクごときに、ファランクスが負けるはずが――」


 その瞬間、ドミンの目に、アゼルの駆るテラスクの動きが飛び込んできた。それは戦闘というよりも、もはや「演舞」に近いものだった。


「追い込まれてるね、レイ」

 ルシヴェールが悩ましい表情で呟く。


「チッ……卑怯な連中だ。ファランクス六機でテラスク十機を狙うなんてよ……2チームの戦いじゃなかったのかよ」


「さっき見ただろ。ここの教官も生徒も、ダルムシュタットを毛嫌いしてる。まずはテラスクを潰す――そういう算段だろ」


「気に入らねえな。そもそも、あいつらだけ新型を持ち込んでるのはおかしいだろ」


「ユイチカ君たちも、負けちゃうかな?」

 ルシヴェールがそう口にすると、レイはニヤリと顔を歪ませる。

「へッ、馬鹿言うなよルシィ。あいつは勝つさ」

 レイは二週間を共にした日々を思い返すように言った。


「あ、見て! 会長さんたちのチームだ!」

 ユナが指を差す。メインスクリーンに映し出されたのは、銀色に塗装された巨大なテラスク。無駄な改造は一切なく、それだけで王者の風格を漂わせていた。アゼル・グラードの機体だ。その隣には、黄色い玩具のような色合いをしたテラスク――ユイチカ・ニイガエの機体が続く。二機は、迫り来る六機のファランクスと交戦していた。


――来る。

 思考よりも早く、身体が動く。右後方、ビル三階の窓から、ノリッジのファランクスがライフルを構える。その銃口が自機を捉えるよりもコンマ数秒早く、アゼルの機体は、まるで滑るように半身をずらしていた。

 放たれたビームが空を切る。


――左。

 瓦礫の山から、ダルムシュタットのテラスクがサーマルアックスを振りかぶり突撃してくる。アゼルは避けない。ただ半歩、バックステップで下がるだけ。

 空振りして体勢を崩した敵機の懐に潜り込み、最小限の動きでサーマルブレードを閃かせる。正確に、右腕の関節部だけを焼き切った。


 一連の動作には一切の無駄がない。まるで未来から送られてくる映像を見ながら戦っているかのようだった。その異常な動きに観客全員が息を呑み、ユナもまた魅了されていた。


 さらにアゼルの背後――死角となるすべての射線を、ユイチカのテラスクが影のように塞ぎ、音もなく援護を続ける。二機の連携は完璧だった。


 観客席裏の廊下でも、その映像は映し出されていた。


「……すごいな。私には到底できそうもない。だが……鼻につくな。英雄扱いされているのが見え透いていて」

 冷徹な声が響く。ノリッジ生徒会長、リヒト・リヒター。氷のように整った顔立ちに、すべてを見下す傲慢な瞳を宿した男だ。


「はは、手厳しいなリヒター会長。あれでも、うちじゃ最高のパイロットなんだよ」

 アキラは人懐っこい笑みを浮かべて答える。その視線の先では、アゼルの機体がまた一機、敵を無力化していた。


「それよりも本題だ。……何をしていた?」

 リヒトの声は冷たい。


「市場に果実が山積みされているとする。その全てを完璧に把握するのは不可能だ。中には腐った果実も混ざっている。そして、その腐った果実が隣の市場にまで流れ込んできたとしたら……」

 アキラは半歩下がって問いかけた。


「ふん……そういうことか。目星は?」


「半分、といったところ。そっちの事情は分かんないからさ」


「放置すれば、学校の汚点に、やがては弱点に成りかねん……」


「理解できた?」


「まあな。……あのおかしな組織との関係は?」


「それは今度にしよう。リヒト会長」

 アキラは急に神妙な表情をした。


「リヒトでいい。アンビション――来い」

 互いを監視するように睨み合った後、リヒトは踵を返す。不思議な緊張が廊下を支配していた。


ビューン――!!

 三方向から同時に放たれた弾丸を、アゼルの機体は最小限の動きで全て回避した。それはまるで優雅な舞踏だった。


「うそ……今の、見えた!?」

 ユナが信じられないというように声を上げる。


「反応速度がおかしい……。人間の反射神経じゃない。まるで、相手が撃つ前から、どこに弾が来るのか分かっている……そうとしか思えない」

 レティカ先輩がごくりと喉を鳴らす。彼女ほどの腕前をもってしても、アゼルの動きは「異常」に見えた。


「……予測か?」

 レイは端末のデータを拡大する。アゼルのバイタルは驚くほど安定しており、常人ならパニックになる状況でも心拍数に乱れがない。考えられるのは二つ――。


「どっちにしても、化け物には変わりねえか……」

 レイは落胆とも諦めともつかぬ溜息を吐いた。


「……レイ?」

 ルシヴェールが呼びかけるが、その声は彼の耳に届いていなかった。


 アゼルの舞は終わらない。

 敵は彼のテラスクに一撃も触れることができず、全ての攻撃は空を切る。逆に放たれる反撃はすべて急所を正確に貫いていく。そしてアゼルが仕留めるその一瞬の隙を、ユイチカのマシンガンが必ず埋め、援護の弾丸を送り込む。


 気づけば、フィールドに立っているのはチーム『グラード』の二機だけになっていた。観客を魅了しながらの圧倒的な勝利。スタジアムはこの日最大の歓声に包まれた。


 一方そのころ、貴賓室。

 リヒトはアキラのスマートパネルに映し出された薬物情報――その効果から副作用に至るまでの詳細なデータに目を通していた。


「……我が校の生徒が、こんなものを」


「残念ながら、それはこっちも同じ。その薬は一時的に痛みや恐怖を麻痺させる。HIの操縦に影響が出るのは結果を見るより明らかだろう。……もし生徒がこれを使って試合に臨んでいたら? それはもう、ただの『体育祭』じゃ済まない」


 リヒトの顔から表情が消えた。これまで見下していたダルムシュタットの生徒から、自校の腐敗を突きつけられた。その屈辱は、しかし彼の瞳に新たな光を宿させた。


「……このデータ、信じよう」

 彼の瞳は水晶のように澄んでいた。


「もしこれが真実なら、我が校の恥は、私自身の手で濯ぐ。……貸し一つだ、アキラ・アンビション」


「だから言ったろ。こっちも同じなんだ。一緒に返してくれ、リヒト」


 アキラが差し出した手を、リヒトは強く握り返す。水面下で結ばれた二人だけの同盟関係。それは、この体育祭の裏でうごめく、もう一つの大きな戦いの始まりを告げる硬い握手だった。


「さあ、体育祭の本番はここからだ!」


 一方その頃、観客席の外れに銀色の髪をたなびかせた一人の女性がいた。


「エルビスの情報では今日ここで…」

 彼女の呟きは、会場の熱気に吞まれてかき消されてしまうのだった。

次回は10月21日19時に更新します!

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