スクランブル・ロワイヤルその1
年に一度、ダルムシュタットが最も熱気に包まれる日。
ノリッジ軍事専門校との合同体育祭の幕が、今、上がろうとしていた。
特殊な強化ガラスで外界と隔てられた巨大な観客席。その一角に陣取る教師陣のエリアは、すでに戦場のブリーフィングルームのような緊張感に支配されていた。
「カイ先生、だったかな? 初めての遠足で来てもらったところ申し訳ないが、私たちの相手にはならんよ」
ノリッジ校の教官が、嫌味を隠そうともせずに言葉を放つ。
「まあ、今年のダルムシュタットは昨年までと比べれば随分と威勢だけはよくなったようだ。だが、またあのポンコツどもで、我が校の最新鋭機に挑むなど――結果は見えておりますがね」
挑発の響きに対し、カイはいつもの気の抜けた笑みを崩さなかった。しかし、その瞳はわずかも笑ってはいない。
「旧型を乗りこなしてこそ、真のエース。私が軍事教官であれば、彼らこそ一目置きますがね……まあ、あなた方には理解できないでしょうけど」
その隣で、招待されたレイ・ソーン少尉が腕を組み、唇を吊り上げる。
「面白い催しじゃねえか。所詮ガキのお遊戯かと思っていたが……どうやら少しは楽しめそうだ」
その瞳の奥に潜むのは、純粋な闘争への渇望。
それを敏感に察したのは、親友ルシヴェールただ一人だった。
「……ああ。本当に、面白そうだ」
視線がスクリーンへ向けられる。そこに広がっていたのは、広大な演習フィールド。
模擬市街地、荒野、森林エリア――地形ごとに異なる環境が緻密に配置され、各パイロットに多様な戦術を要求する。HI24機が乱戦を繰り広げるには、余りある広さだった。
アナウンスが場内に響き渡る。
『これよりルール説明を行う! 種目は――『スクランブル・ロワイヤル』! 両校6チーム、計12チームによる混戦! 敵機の撃破、あるいはフィールド各所に設置されたターゲットの破壊でポイントを獲得! そして――勝ち残れるのは、ただ1チームのみ!』
観客席から轟く大歓声。
昨年から一般公開とメディア露出が始まったこの体育祭は、すでに学内行事の域を超え、都市規模のエンターテインメントとして急速に拡大していた。
ダルムシュタット側カタパルトデッキ。その奥に、ひときわ異様な機影が鎮座していた。
「……改めて見ると、本当に動くか不安になってきますね、これ」
白いパイロットスーツ姿で、サングラスをかけたレティカ先輩が、呆れ半分に呟いた。
「チルの計算によれば、理論上は大丈夫らしいですけど……」
私も、緊張を隠しきれずに答える。期待と不安が入り混じる胸の奥。
旧式のテラスク。しかし、そこに立っていた機体は、もはや原型を留めてはいなかった。
背に融合するように取り付けられた超大型アタッチメント。機体はまるで巨大な砲台を背負って無理やり立っているかのようだった。
コードネーム《テラスク・バージョンCL》。
チルとレティカ――二人の頭文字を冠した、私たちの切り札。
『フィリカ、聞こえる?』
ヘッドセット越しにナミの冷静な声が響く。
『機体各部のエネルギー配分、安定しています。いつでも出撃可能です』
『頑張ってくれよ、僕の分もさ。勝ったらなんか奢るよ』
アキラ先輩の飄々とした声援が、張り詰めた心を少しだけ解きほぐした。
『発進シークエンス開始! カタパルト、スタンバイ!』
カウントダウンが始まり、機体がリニアカタパルトの上を滑り出す。
「フィリカ・エアリア! テラスク、行ってきます!」
『フィリカ、相手は高機動エンジンを装備している機体もいるそうだから気負つけて、それからワイヤー爆弾というのもあるみたい』
ナミの報告を聞き、戦場で自由に駆けてる一機の青い機体が目に入った。
轟音。閃光。
射出された機体は、フィールドに降り立つや否や、全方位からの視線を釘付けにした。
「なんだ、あのダルムシュタットの機体は!?」
「馬鹿げてる! 的じゃないか!」
嘲笑が現実となる。
ノリッジ校の最新鋭訓練機が連携を取りながら襲いかかってきたのだ。洗練されたフォルムは、旧式機との隔絶を如実に物語っていた。
「遅いってんだ!」
回避――間に合わない。
巨大アタッチメントが機体の動きを鈍らせ、回避運動は鈍重そのもの。容赦なく叩き込まれる演習弾。
しかし――装甲には小さな傷しか残らなかった。
「馬鹿な! 本体に当たれば破損する数値だぞ!?」
驚愕するファランクスの目前で、重装備テラスクの先端から、鋭いCQCが飛び出した。補助エンジンが唸りを上げ、私は突進する。
ガキン――!
重い衝撃。
次の瞬間、私は地面へと急加速。揺れる視界の中で、ファランクスの機体が沈黙し、パイロットが脱出する姿が見えた。
「参った! 棄権する!」
即座に小型無人機が現れ、脱出したパイロットと機体を運び出していく。
それを確認し、私は再び空へと浮上した。
――その瞬間。
ドッカーンッ!
空中に仕掛けられていたワイヤー爆弾が一斉に炸裂し、テラスクを絡め取った。
規定値を超える火力が装甲を削り、警告音がコックピットを満たす。
『フィリカ! ダメージレベル上昇!』
ナミの声が震える。
観客席では、ユナが蒼白な顔でモニターを見つめていた。
「そんな……フィリカ……!」
だが――
「……まだだよ」
隣でチルが、不敵に口元を緩めて呟いた。
「あの装備の真価は、ここからだ。レティカの無茶な構想と、私の完璧な計算が合わさった、悪魔の合体……理論上は、ね」
ファランクスとテラスク両校の機体たちが次々と飛び出してくる。
誰もが理解していた――勝利の鍵は、この異形の機体を沈めることだと。
真っ先に高機動エンジン搭載したであろうファランクスが接近する。
「ダルムシュタットごとき、俺が斃してやる!」
高熱の槍が突き立てられようとした瞬間。
別のテラスクが割り込んだ。軽装型、一本のCQCで熱槍を受け止める。
「やらせるかってんだ」
あの機体はレティカ先輩の機体だ。
「馬鹿か!? サーマルスピアだぞ!」
レティカ先輩のブレードが、赤熱しながら少しずつ溶けていく。
だが同時に――
私のテラスクのメインエンジンが始動。膨大なエネルギーが流れ込み、すべての武装が解放状態へと移行する。
『――今だ! フィリカ!』
レティカ先輩の叫びに応じ、私はトリガーを引いた。
放たれたのは、ビームではない。
閃光弾と煙幕弾。
一瞬でフィールドの一角が白い闇に閉ざされた。
「視界が――!?」
「見えない!」
すると、レティカ先輩は私の武装ホルダーから、剣、クロースクォーターズブレイドを取り出した。
「サングラスはこのためさ!!」
レティカ先輩は浮遊するHIをCQBで次々と吹き飛ばしていく。しかし、撃墜までは持っていけなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
混乱するノリッジ・ダルムシュタット両校のパイロットたち。その頭上から、私たちの声が響く。
「――照準合った!今!!」
アタッチメントに搭載された、無数の小型ミサイルポッドが一斉に火を噴く。回避行動を取ろうとするファランクスたちの足元にあったあのワイヤー爆弾が誘爆し、その動きを封じた。
そして――
「これで、終わりッ!」
バージョンCLの主兵装。機体の全長の二倍に匹敵する、巨大簡易ビーム砲が、溜め込んだエネルギーを解放する。
閃光が、戦場を薙ぎ払った。
ターゲットも、障害物も、全てをまとめて消し飛ばして。
『お疲れ様、フィリカ。』
ナミの安心した声がコックピットに響いた。
「疲れたよ~ あれ?アキラ先輩は?」
『勝ったと思ったらどこかへ、相変わらずの様です。』
ふふっと、ナミは笑った。
私も釣られて笑う。この一か月の一つの集大成のような一戦は、私の中に深く刻まれた。
観客席でレイは、口元を吊り上げる。
「面白れぇ……! あのデカブツ、ただの張りぼてじゃなかったとはな。なあ、ルシィ」
「ああ。僕も知らなかったよ、あんな機体……一体誰が?」
ノリッジの教官は驚愕の顔を浮かべ、口が締まっていなかった。
カイ先生は、ただ静かに、満足げにフィリカ達を見守っていた。
――スクランブル・ロワイヤル第一ブロック終了。
結果は、私たちのチームの圧勝。
ノリッジの生徒たちは呆然とし、ダルムシュタットの観客席は割れんばかりの歓声に包まれる。
敗れたノリッジのパイロットの一人が、拳を握りしめながら呟いた。
「クソ……ダルムシュタットごときに……いや、違うな。俺は弱かった。それだけだ……」
すると、同じく敗退したダルムシュタットの生徒が笑う。
「おいおい、あれと俺らを一緒にすんなよ。俺ら、ボコボコだかんな?」
その場に、自然と笑いが広がった。
勝敗を超え、出会いが生まれる――それこそが、この体育祭の真の勝利なのかもしれなかった。
だが、その裏で――世界は静かに動いていた。
観客席の裏手、薄暗い通路。数人の上級生が、小さなアタッシュケースをノリッジ校の生徒らしき男に手渡す。
「ブツは確かだな」
「ああ。例の『キャンディ』だ。これさえあれば――」
そのやり取りを、柱の影から冷たい目で見つめる影。アキラだった。
「ノリッジに? なるほどね……」
奴らが動き出した。証拠を押さえるなら、今――
アキラが踏み出そうとした瞬間。
「――そこで何をしている?」
背後から低い声。
振り返れば、そこに立つのはノリッジ校の生徒会長だった。完璧な制服の着こなし、氷のような瞳。
「やあ。少し散歩をね。そっちこそ、こんな場所に生徒会長様が? 嫌でも怪しく見えるけど」
アキラはいつもの人懐っこい笑顔で応じる。
「怪しい動きをしたのは、君の方だろう?」
ノリッジ会長は一切の表情を動かさず、冷徹に言い放った。
「ダルムシュタットの副会長、アキラ・アンビション。……君のことは、すでに調べてある」
二人の視線が交錯する。氷と火がぶつかり合うような静かな火花。
一方その頃。
カタパルトデッキでは、次の試合を控える二人の姿があった。アゼルとユイチカ。
彼らのテラスクもまた異形だった。
全身に追加装甲と無数のスラスターを搭載し、機動性と白兵戦能力を徹底的に突き詰めた姿は、まさに「騎士」。フィリカたちの砲台型とは対極に位置する改造機だった。
「行くぞ、ユイチカ」
「はい、会長」
二人は熱狂渦巻く戦場を、静かに、鋭く見据えていた。
次回は10月17日に更新します!




