大きいだけの塵芥
朝日が整備区画に差し込み、夜通しの作業で油と埃にまみれた仲間たちのテラスクを照らした。
「いよいよ今日…みんな本当にありがとう」
私は、最後の最後まで調整を続けてくれたチームの皆に、深く頭を下げた。
「いいの、私たちが望んだ結果だから」
ミイナ先輩は、顔の汚れもそのままに、ニッと笑って私にサムズアップをくれた。軍学部の彼女は、当初、私のような他学部の生徒がHIに乗ることに納得がいかないそんな様子だった。けれど、この一ヶ月、私たちが本気でこの機体と向き合う姿を見て、つきものが取れたように、今では一番の協力者になってくれている。
ピーッ、という無機質な電子音が、整備区画全体に響き渡った。
「今から輸送機にテラスクを搬入する! 各チーム、直ちに準備してくれ!」
スピーカーから、アキラ先輩の大きな声が聞こえた。
次々と、各チームのテラスクが巨大な輸送機へと運ばれていく。しかし、運ばれたのはレティカ先輩の機体だけ。私の機体――私たちのテラスクは、そのあまりの巨体故に、規格サイズの搬入口を物理的に通ることができなかった。
途方に暮れる私たちに、アキラ先輩は個人的に手配した、一回りも大きな輸送機がゆっくりと近づいてくる。
「何とか乗りきったね。いやはや、骨董品でも運ぶ気分だよ」
タラップから降りてきたアキラ先輩の言葉には、半分呆れの気持ちがあるようにも思えた。
「先輩、それで、どうなんです? あの件は」
機体が慎重に運ばれていくのを見ながら、私は小声で尋ねた。アキラ先輩は細い水筒を取り出して温かそうなものを一口飲むと、やれやれ、と肩をすくめた。
「まあ、ぼちぼちかな。でも、まだ主犯たちの考えていることが分からない。ポード・メーレ。彼はそれなりにいいとこの一人息子だ。薬中ってわけでもないし、かといって友達全員に売ってるわけでもない。僕が確認できたのは、新入生に一度だけ売った瞬間だけだ。要するに、金目的でもなければ、彼が中毒になってるわけでもなさそうなのが、気になるってことさ」
「その新入生は、どうなったんですか?」
「今は一度、泳がせてる。まあ、そのうちに……ね?」
そう言うと、アキラ君は自らの輸送機に合図を送り、砂埃を立てて朝日とは反対の方向へと飛び去って行った。
かと思えば、その空から、巨大な二枚翼を持つ大型の航空機が、悠然と姿を現した。学園の放送設備から、アゼル会長の落ち着いた声が響き渡る。
「ダルムシュタット生徒は全員、第二グラウンドに集合してください。ノリッジ校へのシャトルが出発します」
私はその声を聞いて、先ほどまで話していたアキラ先輩の横顔を思い返していた。接しやすい口調と、人懐っこい顔その裏にそこはかとない何かを私は感じていた。彼は一体、どこまで知っているんだろう。その底知れない不思議さに、ほんの少しだけ、恐怖に近い思いが宿っていた。
シャトルでの移動は、まるで修学旅行のようだった。
仲間たちと乗り込んだ機内では、ユナが「見て見て! ノリッジ校のパンフレットだよ! なんか、すっごくマジメそう!」とはしゃぎ、ナミは「相手の過去の戦闘データを再確認します。油断は禁物です」と端末から目を離さない。チルは、窓の外を流れる雲を見て、「積乱雲。大気中の水蒸気が凝結し、強い上昇気流によって形成される。落下すれば当然痛い」と呟いていた。
私の左隣では、レティカ先輩が腕を組んで、静かに目を閉じている。その横顔は、いつになく穏やかだった。私たちのチームの皆が、それぞれの持ち場で、最後の準備を進めている。
その光景が、なんだかとても誇らしかった。
そしてなぜか…私の右隣にはアゼル会長が座っていた。
「フィリカさん。僕は今回優勝してみせるよ。僕の雄姿しかとその目に刻んでほしい!」
私は、彼の不器用な姿を見て少し、かわいいと思った。
――そして、私たちは、戦場に到着した。
ノリッジ・スクールの威容は、ダルムシュタットとは全く異なった風貌であった。装飾を一切排した、巨大な建造物。寸分の狂いもなく整列し、私たちを出迎える生徒たち。まるで、一つの巨大な軍隊のようだった。冷たく、機械的で、そして、一切の遊びがない。
案内された巨大なハンガーには、彼らのHIが完璧な間隔で並べられていた。全てが、統率の取れた軍用カラーで塗装されている。その中に、私たちの、様々なパーソナルカラーで彩られた、良く言えば個性的、悪く言えばまとまりのないテラスクが運び込まれると、まるで異物が混入したかのように、空気がわずかに緊張した。
「――あれが、噂のダルムシュタットか」
「ずいぶんと、お遊戯会みたいな機体だな」
聞こえてくる、刺のある囁き声。
そして、私たちのテラスクが、その巨体を現した時、ハンガー内の空気が、嘲笑で満たされた。
「なんだ、アレは……」
「ハリボテか? 動くのか、あんなものが」
「デカいだけのただの的だな」
「――ようこそ、ダルムシュタットの皆さん。遠路お疲れ様」
嘲笑を制するように、凛とした声が響いた。ノリッジ校の生徒たちが、モーゼの大海のように割れ、一人の男子生徒が進み出てくる。アゼル会長と同じくらい、いや、それ以上に冷徹なカリスマ性を放つ、ノリッジ校の生徒会長だった。
「特に、そこの大きいだけの塵芥などは特に…楽しませてくれることを期待していますよ」
その侮辱の言葉に、レティカ先輩の肩がぴくりと動いた。しかし、彼女が何か言うより早く、私たちのチームのミイナ先輩が、一歩前に出た。
「それはどうも。せいぜい、あなた達の言うガラクタに食い散らかされないように、お祈りしとくことね」
一触即発の空気。
その時、ハンガー全体に、開会を告げるブザーが鳴り響いた。
「――予選第一ブロック、AからLチームは、カタパルトデッキへ!」
私たちのチーム名が、呼ばれた。
「行くよ、フィリカ!」
「うん!」
仲間たちの声援を背に、私とレティカ先輩は、それぞれのコックピットへと向かう。
ハッチが閉まり、世界から音が遮断される。起動シーケンスが走り、モニターに、外の光景が映し出された。
眼下には、これから死闘を繰り広げる、広大な演習場が広がっている。
私たちの、最初で、たぶん最後になるであろう、最高に馬鹿で、最高に輝かしい戦いが、今、始まろうとしていた。
次のエピソードは10月14日です。




